第319話 再会

「ジーカス様はどこですか!? さあ、案内なさいレックス殿!! さあ、さあ!!」


 馬車から降りるなり、普段の穏やかさをどこかに忘れてきたかのように目バッキバキで迫ってくるママン。

 これはいけない。

 だが、僕も責任あるヘッセリンク伯爵家当主だ。

 いくら母親でも言うべきことは言っておかないと示しがつかない。


「落ち着いてください母上。文への返答もなく突然いらっしゃるなどやめていただきたい。こちらにも準備というものがあるのです。しかも供回りがこれだけとは。何かあったらどうされるおつもりか」


 国都からオーレナングは、比較的道が整備されているとはいえ結構な距離がある。

 そこを、いくらヘッセリンク色の馬車だとしてもお供二人を連れただけでやってくるなんて。

 ちなみに、ママンのお供は先日の偽物騒ぎの際にメアリに完敗し、国都の屋敷で働くことになった闇蛇の若者二人だった。

 ご苦労様。

 

 僕の苦言に対して、ママンの反応はというと。


「母の記憶が確かならば、供を一人も連れずクリスウッドから国都まで単騎駆けを果たした現役の貴族家当主がいらっしゃったはずですが?」


「この話はここまでにしましょう」


 今回のママンの行動については大目に見ることになった。

 責任あるヘッセリンク伯爵家当主として、懐の広さを見せることも重要だからね。

 

「賢明です。それで? ジーカス様はどちらにいらっしゃるのかしら?」


「文でも説明させていただきましたが、屋敷裏で発見された地下施設にいらっしゃいます」


「そうですか。では参りましょう」


 早く早くと急かしてくるママン。

 いや、僕も焦らすつもりはないんだけど、アポ無しなんかで来るから段取りが狂ってるんですよ。


「だから準備が」


 整ってないと言うより先にママンが捲し立てる。

 

「母は準備万端ですよ? ジーカス様に買っていただいたドレスに指輪。化粧もジーカス様に褒めていただいたやや薄めのもので仕上げて来ましたから」


 なるほど。

 今日の装備はパパンからのプレゼントで固めているわけですね?

 化粧もパパン好みだと。

 なんだろう、ママンったら予想を超えて乙女してらっしゃるじゃない。

 

「兄貴。こうなることくらいわかってたろ? こっちはこっちで色々整えとくから、さっさとお袋さん地下に案内してやれよ」


 メアリの言うとおり、ママンがハイテンションで来ることはある程度予想できていたことだ。

 だけど、ここまでとは思わないじゃない。

 メアリ的にはこのテンションに付き合うの疲れるからさっさと地下に連れて行ってしまえといったところなんだろうけど、そんな弟分にママンが優しい笑みを浮かべながら声をかける。

 

「あら、メアリ。ようやくクーデルに対して素直になったと聞きましたよ? よかったわね。これからもレックス殿を支えてあげてください」


 あ。


「おいこらイカれ伯爵」


 やだー、メアリったら最近トレーニングのし過ぎで力が強くなってるんだから本気で肩なんか掴まれた日には貧相な僕の体なんか即悲鳴を上げてしまうわけなので痛い痛い!!


「もう、メアリったら。伯爵様にそんな無礼を働いたらダメじゃない」


 僕の危機を察したのか、我が家の誇る愛の戦士ことクーデルがどこからともなく現れ、メアリにバックハグを敢行して引き剥がしてくれた。

 いい仕事だクーデル。


「さ、母上。参りますよ。父上をお待たせするわけにはいきませんからね。メアリ、クーデル。留守を頼むぞ」


 あばよ、マイブラザー。


「ちょっと待て! おい、離せクーデル! どこから出てきたんだよお前! くそっ、まじで帰ってきたら覚えとけよ!!」


……

………


「屋敷の裏手にこんな空間があるとは」


 地下に続く道についてはジャンジャック他土魔法使い達に整備してもらい歩きやすくなっているが、念のためにママンの手を取りながら降りていく。


「かなり昔の氾濫の影響で埋まって以降そのままだったようです。しかもヘッセリンクの悪い癖で、こういう大事を歴史書に残さないときた。気付けという方が無理でしょう」


 ママンからはただ一言。

 ヘッセリンクだから仕方ありませんね、とだけコメントが返ってきた。

 ほんとにそれに尽きるから仕方ない。

 僕はちゃんと記録を残して子孫が困らないようにしよう。

 そんなことを考えながら地下を進み、分岐点を超えて最奥の部屋の前に到着する。


「さあ、この先に父上がいらっしゃいます。その前に。お祖父様」


 サプライズの仕掛け人の一人であるグランパに呼びかけると、ドアの中からひょっこりと顔を出してくれた。

 お茶目さん。

 義娘であるママンの姿を見て、珍しく皮肉を含まない本当に優しい笑顔を浮かべる。


「ああ、来ましたか。久しぶりですね、マーシャ。元気そうですなによりですが、馬車の速度はもう少し落とした方がいいでしょう」


 台詞はグランパらしさ全開だけど、優しい声だ。

 きっと生前はいい関係だったんだな。

 ママンも涙を浮かべて口元を覆っている。

 感動的だね。


「お義父様……! まあ、本当に、本当にお義父様なのですね!」


「ええ。残念ながら本物のプラティ・ヘッセリンクです。証拠を見せるなら……ああそうだ。ジーカスと結婚する時、貴方がお父上に切った啖呵の台詞などを」


「疑っておりませんのでそのようなことは不要です。絶対におやめください」


 どうやら涙が引っ込む程度には何かがあったらしい。

 感動を返してくれ。

 そんな僕の感情を置いてきぼりにしつつグランパがドアを開ける。


「さて、では行きましょうか。ああ、レックスに頼まれて小細工をしましたから、ジーカスは貴女が来ることを知りません。思いっきり驚かせてあげてください」


 ドアの向こうの広大な空間には、槍を担いだパパンが一人ポツンと佇んでいた。

 

「ジーカス。貴方にお客様ですよ?」


「お客様? どうせレックスとその家来衆でしょう。それより、先日から外の様子が見えない理由を教えてくれと言ってるでしょう。大方初代様あたりの悪戯でしょうが、遊ぶのはやめてください、と……」


 やや不機嫌そうにこちらに近づいてきたパパンだったけど、僕の隣に立つママンに気づいて立ち止まり、呆然と口を半開きにしたまま、槍を取り落とした。

 一方のママンは涙を流すこともなくしっかりもパパンの顔を見つめている。


「お久しぶりです、ジーカス様」


 ママンの言葉にパパンが駆け出す。

 愛する人に駆け寄る速度としては史上最速だっただろう。

 そのまま無言でママンをきつく抱きしめた。

 

「マーシャ。ああ、マーシャ。久しぶりだな。驚いた。君は、相変わらず綺麗だ」


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