第317話 合流

「温泉があるんですか!?それは素晴らしい。いえ、今回この場所を見つけたのも実はオーレナングで温泉が見つからないかと探索していたからなんですけどね? いやあ、やはり僕は運がいいようだ。さあ、早く案内してください初代様!!」


「おっと、すごい勢いだねレックス。さっきの温泉云々の質問も冗談ではなかったのか。ほら、お祖父さんとお父さんが呆れているよ?」


「問題ありません。今この場では温泉の在処をお聞きするほうが優先されますので」


 テンションMAXで初代様に迫ろうとした時。

 僕の背後で、突然とんでもない破砕音が響いた。


「なんだ!?」


 振り返ると、壁に大穴が開いていた。

 そして、その向こうからやってくる複数の人影。

 歴代当主の新手か?

 当代ヘッセリンク伯爵家全員が臨戦態勢を取る。

 傷だらけのメアリはクーデルが後ろに庇ってくれているから問題なし。

 エイミーちゃんも仲間の状況を考えれば次は自分の番だと覚悟しているのか、僕の横に立ってぎゅっと拳を握り込んだ。

 準備は万端。

 さあ、次は何代目だ!

 

「流石はジャンジャック様。岩盤に囲まれた地下では無敵ですな。フィルミーも素晴らしい精度だ」


「いやいや! 崩落する危険性とか、あるんじゃないでしょうか!?」


「エリクスさんは心配性ですね。大丈夫ですよ。土魔法の気配があります。固定……、いや、維持ですか。とにかく多少無理をしてもこの空間は壊れませんから安心してくれて結構です」


 緊張感を漲らせるこちらとは対照的に、緩い会話をしながら呑気に現れたのは当代ヘッセリンク伯爵家の皆さんだった。

 次は自分の番だと意気込んでいたエイミーちゃんがすごい顔をしている。

 怒り? 

 安心?

 とにかく可愛い顔が台無しよ?


「ジャンジャック。随分派手な登場だな?」


 気の抜けた声で呼びかけたところで、ようやく向こうもこちらに気付いたらしい。

 ジャンジャックが満面の笑みで駆け寄ってくる。


「おお、レックス様! 探しましたぞ! ご報告がございます。この地下、なんと温泉が沸いておりました!」


 ああ、うん。知ってるよ。


「そうらしいな。僕も今しがた聞いたばかりだ」


「おや、既にご存知でしたか。いや、温泉を発見した後すぐにご報告するべく走ったのですが、ここまで辿り着くのに時間を掛けすぎたようです。平にご容赦ください」


 ジャンジャックが言うには、温泉を見つけた後分岐点まで戻って僕が選んだ道に入ったけど、どれだけ走っても風景が変わらずひたすら同じところを行ったり来たりさせられていたらしい。

 そうこうしているうちに同じく彷徨っていたオドルスキ・エリクス組と合流した後、埒があかないしとりあえず壁をぶち破りながら進むか! というなんとも脳筋かつヘッセリンク的な方法論に辿り着いたんだとか。

 誰か止めろよと思わなくもない。

 初代様に視線を向けると肩をすくめていたので、あの人の悪戯で間違いないだろう。

 やってること、ほとんどダンジョンマスターだな。


「いや、問題ない。こちらも先ほど片付いたところだ。それよりも、あー、ジャンジャックとオドルスキは僕の祖父と父を知っているな?」


「もちろんでございます。ええ。存じ上げておりますとも」


 オドルスキが真顔で頷いた。

 真顔だけど、その視線はパパンに向けられていて、必死で喜びを抑ているようにも見える。

 オドルスキをスカウトしたのはパパンだったよね?

 

【はい。亡命してきた隣国の大物オドルスキの扱いに王城側が頭を悩ませている隙に、『ブルヘージュとオーレナングは逆サイドだから都合いいだろ。うちに来いよ』とスカウトしたのがジーカス様です】


 痺れるね。

 それでよく国が認めたものだと思うけど、王様とパパンは仲良しだったらしいから、そのあたりも少なからず影響したのかもしれない。


「お祖父様、父上。いかがですか? 久しぶりの再会は」


「オドルスキ、お前は変わらないな。いや、私がこの世を去った時よりも丸くなったか? 見た目ではなく、人として」


 パパンに声をかけられた途端、オドルスキの涙腺が崩壊した。

 恩人との思いがけない再会に、仁王立ちのまま声を押し殺して泣いている。


「ジャン。貴方は相変わらずヤンチャですね。歳は取ったようですが、枯れてはいないようで安心しましたよ」


 グランパがジャンジャックをジャンと呼ぶと言うことは、かなり昔から知り合いなんだろう。

 カナリア軍の頃からの付き合いなら何十年単位になるのかもしれない。

 涙を流すオドルスキと違い、ジャンジャックは久々に会った親戚に会ったかのような気軽な態度だ。


「おや、プラティ様にジーカス様ではないですか。不思議なこともあるものです。……フィルミーさん、魔力を練るのをやめなさい。あの方達を敵に回すと、死にますよ?」


 ジャンジャックの背後で唯一険しい顔をしていたのがフィルミー。

 どうやら初代様、お祖父様、父上の三人を警戒していつでも迎撃できるよう準備していたらしい。

 うん、対応としては正解だと思うよ。

 グランパもフィルミーに目を向けて笑顔で拍手を送っている。


「ああ、そちらの男前はジャンの弟子でしょう? 素晴らしい反応でしたね。私達を視界に捉えた瞬間から対応を始めていました」


「あのジャンジャックが弟子を取るとはと、父上と驚いていたのだ。鏖殺将軍の弟子よ。お前の師はとんでもなく酷い男だが、諦めてはいけないぞ」


 とんでもなく酷い男認定を受けたジャンジャックはニッコリだ。

 いや、褒められてないだろうどう考えても。


「フィルミー。気持ちはわかるが、この方々は本物のようだ。落ち着け」

 

 戸惑いながらも、僕の言葉でようやく臨戦態勢を解くフィルミー。


「いやあ、新鮮だね。今日ここにやってきたのがレックスを含めて八人。その八人中七人が何の疑問も持たずに私達を本物と認めたことを考えれば、彼の反応は実に貴重だ」


 初代様が面白そうに言う。

 確かに、亡くなったはずのパパンが現れたのに、偽物だ! とか思わず普通に会話しちゃったし。

 それは温泉に辿り着いた以外のどのペアも同じだったらしい。

 みんな流石はヘッセリンクの家来衆だ。

 話が早い。


「いえ、自分も疑いはしましたが」


 唯一エリクスが挙手しながら主張してみたものの、初代様は呆れた顔で首を振る。


「君は好奇心を優先させて僕が本物であることを前提に対応したじゃないか。ヘッセリンクらしさで言えば彼よりも君のほうが上だよ、学者くん」


「最近では一番の衝撃です。当面立ち直れそうにありません」

 

 その言葉を受けたエリクスが膝から崩れ落ちる。

 ヘイ、エリクス。

 ヘッセリンクらしさが上と評されて立ち直れないなんて、歴代当主四人を前にしてだいぶ失礼ぶっこいてるって気付いてるかい?

 メアリも傷だらけなのに優しい顔で肩に手を置くんじゃないよ。


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