第316話 過去のお話2 ※主人公視点外

「ラスブラン侯は何を考えているのやら。貴女のような未来ある女性を狂人と呼ばれる我が家に嫁がせようなどと。風を読みすぎて感覚が狂いでもしたのだろうか」


 ジーカス・ヘッセリンク。

 ヘッセリンク伯爵、プラティ・ヘッセリンクの長子で、若くして魔獣討伐の実績を重ねるレプミア屈指の勇士。

 それにしては意外と童顔、というのが第一印象でした。

 父に言われて『狂人』ヘッセリンク家の男性と見合いをすることになった時はどんな野蛮な態度を取られるのかと若干の不安があったのですが、意外や意外。

 非常に紳士的な態度です。

 

「……ご趣味は?」


 見合い史上最も基本的かつ使い古された第一手を打ってくるジーカス様。

 

「父の風を読む能力が一日も早く衰えるよう神に祈る事です」


 見合いで趣味を聞かれた場合の正解は、お茶や裁縫が正解だとされています。

 しかし、幸い人払いを済ませた後の二人きりの空間。

 どんな反応が返ってくるのか試すつもりでそう答えました。

 ちなみに、毎日朝晩、父の部屋の方を向いて早く衰えろと祈っているのは事実です。


「なるほど」


「なるほど?」


 戸惑うでも嫌な顔をするでもなく、返ってきたのは平坦な納得。

 思わずそのまま聞き返してしまうほど熱のない声です。


「いや、お父上のことが好きではないのだなと」


「好きではないなんてそんな。誤解ですわ」


「それは失礼」


「好きではないのではなく、嫌いなのです」


 大事なことなのでしっかり伝えておかなければ。

 好きではない、だと嫌いでもないと繋がる可能性がありますからね。

 はっきり嫌いだと宣言しておきます。


「それは確かに誤解していたようだ」


 普通、父親に対してこんな発言をすれば鼻白むものだと思うのですが、ジーカス様は表情を変えずうんうんと頷いただけでした。

 読めない方です。


「ジーカス様のご趣味もお伺いしてもよろしいでしょうか」


 そう尋ねると、迷うことなく返答がありました。

 

「ああ。趣味は森で魔獣を狩ることだ」


「それはヘッセリンクの殿方のお仕事では?」


「であれば、仕事が趣味ということになるか」


「ヘッセリンクの方は変わっていらっしゃるのですね」


 ヘッセリンクの仕事はオーレナングの森で魔獣を討伐し続けること。

 命懸け。

 そう、命を懸けた闘争を趣味と言い切りました。

 忘れていましたが、目の前の男性は若くして『無言槍』の二つ名を持つ怪物です。

 私の想像を遥かに超えた何かを抱えているのでしょう。


「ヘッセリンクかどうかは関係ないな。私は私だ。貴女が貴女でしかないように」


「あら。初対面ですのに、知ったようなことを仰るのですね」


「今のところお父上のことが嫌いだということ以外何も知らないな」


 個人的にはそれだけ伝わっていれば充分ですが、見合いという席ではよろしくないことくらいわかっています。


「それだけだと反抗期の娘のようです」


「反抗期か。ちなみに私は反抗期真っ只中だと伝えておこう」


 本気とも冗談ともつかない真顔でそう仰るジーカス様。

 童顔なので反抗期と言われても違和感はそこまで強くありませんが、ヘッセリンクのそれに興味が湧きました。


「詳しく伺っても?」


「ヘッセリンクと聞けばわがままに好き勝手やっていると思われるだろう。実際それも否定しないが、私の場合、父がアレだからな。意外と苦労しているのだよ」


「炎狂い。プラティ・ヘッセリンク伯爵様ですか」


 最もヘッセリンクらしいヘッセリンク。

 歴史上、そう呼ばれたヘッセリンク家当主は複数いたようですが、当代もまたその列に並ぶに相応しい狂人ぶりだと聞いています。

 そんな人間が父親ですか。

 それはお辛いこともあるでしょうね。

 

「初対面の女性に聞かせることではないから詳細は省くが、私の人生の目標はあの男の横っ面を張り飛ばすことだ」


 ニヤリと笑った顔の可愛いこと。

 あら、いけない。

 殿方に可愛いは失礼ですね。


「ジーカス様はお父上がお嫌いなのですね」


「誤解があるようだな。嫌いなのではなく、大嫌い、だ」


 先ほどの私の言葉をなぞるようにそう応えるジーカス様。

 思わず笑ってしまいました。


「ふふっ。奇遇ですね。お互いに偉大な父親を持ちながら好きになれないなんて。……どうされました?」


「いや、ようやく笑ってくれたと思ってな。ずいぶん可愛い顔で笑うのだな」


 可愛い?

 あら、聞き慣れない言葉です。


「笑った理由が父の悪口ですが。可愛いなど、久方ぶりに言われました」


「そうなのか。ああ」


 苦笑いしながらの私の可愛くない返事に納得したように頷くと、こう言いました。


「貴女は可愛いよりも美しいと言った方が適切なのかもしれないな」


「もしかして、口説かれていますか?」


 ありがとうございますとか、嬉しいですとか。

 もっと言いようがあったでしょうに、慣れない褒め言葉を受けて可愛げのないラスブランの部分が出てしまいます。

 しかし、ジーカス様はどこまでも真面目でした。


「まだ口説いてはいないな。もちろん見合いだから口説くつもりではいるのだが、今のはただの感想だ」


「口説くつもりはあるのですね。意外です」


「意外とは?」


「失礼ながら、ジーカス様の一般的に聞く評判というのが、魔獣狩りにしか興味を示さない戦闘狂というものでしたので。女性を口説くおつもりがあるのが、意外でした」


 重ね重ね可愛くないですね。

 まあ、これが私ですので取り繕っても仕方ないのですが。

 ただ、私を口説くつもりがあるというのは本当に意外だったのです。


「私もこれで普通の人間だからな」


「冗談も仰るのですね」


「今のは本気だ」


「それは失礼いたしました」


 わかりづらい人です。

 

「しかし、安心した」


 今までの会話の中に安心できるやりとりがあったか思い返します。

 父親が嫌いだと伝えたこと。

 以上です。

 安心する要素が見当たりませんね。

 戸惑う私をよそに、ジーカス様は精一杯の笑顔だと思われる微笑を浮かべて言います。


「貴女のような可憐な女性が狂人と呼ばれる我が家に嫁入りして辛い思いをしないだろうかと思っていたのが、言葉を交わしてわかった。貴女なら大丈夫だと」


 きっと、顔を合わせてからずっと私のことを慮ってくださっていたのでしょう。

 私もこの短い時間でジーカス様が優しい方だということは理解しました。


「可憐だとか可愛いだとか。随分お上手なのですね」


「本心だからな。可愛いだけではなさそうなのがまたいい」


「今度こそ口説かれていますね?」


 冗談のつもりでそう確認すると、深い頷きが返ってきます。


「ああ、そう思ってもらって差し支えない。私ジーカス・ヘッセリンクは、マーシャ・ラスブラン嬢を口説くと決めた」


 珍しい宣言です。

 初対面のお見合いの場で口説くことを決めたと言われたのは、もしかしたら史上初の出来事なのではないでしょうか。


「まだお会いして時間も経っていませんよ?」


「残念なことに、私も父同様直感を頼りに生きているからな。その直感を信じるなら、貴女以外いない」


 貴女以外いない。

 私『で』いいではなく、私『が』いい、と言われたことに頬が熱くなるのを感じました。


「ラスブランは裏切りと手のひら返しを得意とする家です。そんな家の女を信じる材料が直感だけとは」


 こんな場面でも素直になれないラスブランの血を恨みましたが、ジーカス様は止まりません。


「家は関係ないな。私が貴女、マーシャ・ラスブランに惚れた。それだけだ」


 きっと今、私の顔は真っ赤になっているでしょう。

 特別変わった言葉で口説かれたわけではないのに不思議なものです。

 ただ、嬉しいか嬉しくないかと言われれば前者と言わざるを得ません。


「ちなみに、この短時間で私のどこに惚れたと仰るのでしょうか」


「目だ」


「目」


「可憐な顔立ちのなか、燃え盛る炎のような苛烈さを感じるその目に惚れた」


 ジーカス様と目が合います。

 その視線があまりにもまっすぐ過ぎて目を逸らしてしまいしたが、とても綺麗な目をされていました。


「そんなに意地の悪い目をしているでしょうか」


 私の天邪鬼な言葉にも、ジーカス様はまるで私を甘やかすかのように優しい声で言います。


「意地の悪さなどない、美しい色の瞳だ。ただ、何も考えていない人間の目は、そこまで強い光を灯しはしないだろう」


「それも直感ですか?」


「ああ。それこそ私が父よりも優れていると胸を張れる部分だからな。その自慢の直感が言っている。絶対に貴女を口説き落とせと」




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