第314話 初代様の言うことには1
ふらつきながらもファイティングポーズをとるメアリと、頬を緩ませ引き締めを繰り返して奇妙な表情を浮かべながら横に立つクーデル。
先ほどメアリの発した叫びがよっぽど嬉しかったらしい。
気持ちはわかるよ。
ただ、当代ヘッセリンク伯爵としてお祖父ちゃんのヤンチャはこれ以上容認しかねる。
可愛い家来衆を傷つけられては、いつまでも仲のいい祖父と孫なんてやってられない。
【仲のいい祖父と孫? 直前まで殴り合ってませんでしたか?】
OK、言葉の綾さ。
これ以上メアリとクーデルを傷つけるなら全員召喚で穴の再埋め立ても辞さないぞ、と。
つまりそういうことだ。
そんな僕の考えを読んだわけじゃないんだろうけど、初代様がパンパンと手を打って注目を自分に向ける。
「プラティ。盛り上がっているところ悪いけど、そこまでにしてくれるかな? 楽しみすぎだ」
初代様の指摘を受けたグランパは、メアリとクーデルに向けていた獰猛な笑顔と炎を消し去り首を振る。
「私としたことが、元気な若者と出会えてついやりすぎてしまいましたね。まあ、まだ楽しみたいところですが……。初代様がそう仰るならやめておきましょう」
まるで腹八分目だとでも言いたげなグランパ。
よく考えたら、対メアリ、対パパン&僕、対クーデルと三連戦をこなした後にも関わらず、この人の体力と魔力は尽きることがなかった。
どうかしてるとしか思えない。
「君のような暴れん坊を抑え込むのは本当に大変なんだ。か弱い年寄りの手を煩わせないでくれると助かるよ」
誰がか弱いですか、と毒づくグランパ。
パパンも初代様に呆れたような目を向けているが、そんなものは気にしないといった様子で話しを進めていく。
「さて、諸君。改めて自己紹介をしておこうか。私はペレドナ・ヘッセリンク。初代ヘッセリンク伯を務めていたものだ」
浅黒い肌に雪のように白い髪が特徴の老人。
これは炎狂いさんにも言えるが、老いからくる顔の皺がほとんどないからかとても若く見える。
「当代ヘッセリンク伯爵としては、色々と聞きたいことがあるのですが」
むしろ聞きたいことが渋滞し過ぎてどこから手をつけていいかわからないくらいだ。
そんな僕の言葉に、初代様が笑顔で頷く。
「きみの立場なら当然だろうね。いいだろう。一方的に私が話をすのではなく、質問に答える形にしようか」
「ありがとうございます。では、最も重要なことなのですが、オーレナングで温泉が湧く場所をご存知ではないですか?」
初代様なら知ってるんじゃないですかね?
それさえ教えてもらったらすぐに出ていきますんで、なーんて。
そんな小粋なヘッセリンクジョークを炸裂させた僕の肩を誰かが優しく叩いた。
愛妻エイミーちゃんだ。
「レックス様?」
その笑みの意味は、なにふざけてんの? だろうか。
肩に置かれた手に徐々に力が入っていき、聞こえるはずのないミシミシという音が聞こえる気がする。
ごめんなさい悪気はなかったんです。
「はっはっは! 可愛いお嫁さんだが、すっかり尻に敷かれているみたいだねレックス」
僕がエイミーちゃんの尻に敷かれてるだって?
おいおい、初代様。
これでも僕はヘッセリンク伯爵家の当主ですよ?
それが奥さんの尻に敷かれてるなんてそんな。
「はい。敷かれ心地は最高です」
ヘッセリンク伯爵家当主として嘘はつけなかった。
真顔で答える僕にメアリとパパンが何か言いたそうな顔をしていたけど、初代様はうんうんと笑顔で頷いている。
「それはなにより。夫婦なんていうのは貴族だろうが平民だろうが愛し合うに越したことはないからね。それで? 真面目な質問も歓迎しているよ?」
どうやら、温泉云々はヘッセリンクジョークだと理解してくれていたらしい。
流石は初代様だ。
ここからはお言葉に甘えて真面目に知りたいことを聞いていく。
「では、ここは一体何なのでしょうか」
「私の墓だね」
シンプル。
それも事実なんだろうけど、聞きたいのはそういう表向きな話ではない。
「本当のところは?」
「歴代のヘッセリンク当主を死してなおこの地に留めて、生前に蓄えたその潤沢な魔力を森に循環させることで、魔獣の異常な増加を抑制するための陣かな」
とんでもないことを平然とした顔で宣う初代様。
この人の中では特に隠すことでもないんだろうけど、聞かされた方はたまったものじゃない。
「この地に留めて、ですか。聞く限りではほぼ呪いですね。いつまで経っても成仏できず、この地に縛り付けられるなんて」
この世界に輪廻転生なんていう概念があるかわからないけど、これが本当ならある種の呪いと言っても過言ではないだろう。
言葉は違うかもしれないけど、オーレナングを浄化するシステムに組み込まれるってことだろう?
「まあ、ほぼというか完全に呪いだね。その呪われた仕組みを作り上げたのは何を隠そう私なわけだが。はっはっは!」
全く悪びれた様子のない初代様。
流石はヘッセリンクの始祖。
頭のネジが緩んでるどころかそもそも搭載されていないようだ。
「僕が亡くなった場合も?」
「歓迎するよ、レックス。君はとんでもない魔力を持っているようだし、ぜひ力を貸してほしいな」
どうやら地下遺跡への再就職は避けられないらしい。
「死後も森の管理をしていらっしゃるとは。お疲れ様でございます。ただ、なぜこのような重要な施設の存在が伝わっていないのでしょうか」
最優先で未来に知らせるべきだろう、こんな危ない施設。
先祖が今も頑張ってます! きみも未来永劫森を守る労働から逃れられませんよ、ってさ。
「表にこんな施設を作ると、ただでさえ怖がられていた我が家がさらに敬遠されそうだから地下に設えたんだが。何代目かの時に起きた大きな氾濫で入口が埋まってしまってね。それっきりさ」
「いやいや! 普通いの一番に伝えるでしょう!?」
誰だこんな大事なことを歴史書に残さずファンタジーな戦闘記録だけ残したダメ当主は!!
絶対ここにいるんだからあとで紹介してもらって自慢の往復ビンタをお見舞いしてやろうと心に決める僕に、初代様はキョトン顔だ。
「ヘッセリンクが普通を語るなんて、なんの冗談だい? 大体、この場所が忘れられて起きる不都合なんて、私の墓参りができなくなることくらいだ。些細なことさ」
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