第313話 眠れる王子

 闇堕ちしたクーデル対プラティ・ヘッセリンクの戦いは、終始攻め込むクーデルを祖父がいなし続けるという展開が続いていた。

 笑顔を絶やさず普段よりも更に軽やかかつ滑らかな足運びで獲物を逃すまいと迫る一流の暗殺者。

 それを特級の火魔法使いが紙一重で躱していく画は、思わず見入ってしまうほどの美しさがあった。

 気絶したままのメアリを守ってくれているエイミーちゃんもずっと真剣な眼差しで二人の動き、というかグランパの動きを観察しているようだ。

 火魔法使いで格闘上手なんて、グランパとエイミーちゃんの特徴は丸々被っている。

 きっと、見とり稽古のように自分に取り込める部分を探しているんだろう。

 

「素晴らしい。坊やにしてもお嬢さんにしても優秀ですね。その若さでここまでできれば充分合格点でしょう」

 

 途中からは攻撃を回避するだけだったグランパが大きく距離を取ると、教師が生徒にするように、クーデルに向かって笑顔で拍手を送る。

 その態度に眉間に皺を寄せるクーデル。


「まだ上からモノを仰る余裕があるのですね? 流石は先々代様」


 皮肉とも取れる言葉を受けた『炎狂い』さんは唇の端を吊り上げつつ、なお一層笑みを深めた。

 

「実際、まだ余裕ですからね。連戦と言ってもたかだか模擬戦程度。まさか、私に勝てるなどと甘い夢を見ているのではないでしょうね?」


 クーデルとの一対一が始まる前から自慢の炎を出さず、身体一つで戦っていた祖父。

 長時間の稼働で魔力が尽きたんだろうと思っていたが、どうやら違ったようだ。

 まるでこれまでのことがなかったかのように、数えるのもバカらしくなるほどの炎の弾を展開し、壁に向かって撃ち出す。

 これにはクーデルも、観戦していたエイミーちゃんも驚愕に目を見開いた。


「嘘でしょう? 本当に底無しですね、先々代様は。意地が悪いです」


 追い込んでいる手応えを感じていたんだろう。

 実際、僕の目にもお祖父ちゃんの動きが少し緩くなっていたように見えていた。

 遊んでのか?

 だったら本当に意地の悪い爺さんだよ。


「ええ。だから友人が少ないんですよ。まあ、悲しくもなんともないですが」


「ラスブラン侯爵様は先々代様が好きすぎて、伯爵様に『炎狂い』のように暴れてみろとお説教されてましたが?」


 弄りづらい自虐とともに肩を竦めるグランパに、クーデルが不思議そうに首を傾げる。

 まあ、カナリア公とラスブラン侯がグランパ大好きおじ様なのは間違いない。

 特にラスブラン侯のグランパに対する憧れが強い。

 それを聞いたお祖父ちゃんは顰めっ面だ。


「よりによって私の真似をしろと嗾けるとは。とんでもない祖父ですね。というか、早く息子に当主の座を譲ればいいものを。大方、ロニー君がやめないうちは自分もやめないとか、そんな子供みたいな考えなんでしょうけど」


「あり得ます、ねえ!!」


 嫌そうに首を振るグランパに向かって、ほぼノーモーションで突き出される刃物。

 あ、決まった。

 と思った僕はやはり祖父のことをちゃんと理解できていなかったようだ。

 まるでそれが来るとわかっていたように上体だけで躱し、突き出された腕を素早く掴むと、捻り上げて転がしてみせる。


「今のはいい突きでしたよ、お嬢さん。会話に混ぜて、一番隙のない速度のある攻撃で仕留めにくる。惜しむらくは気合いが入り過ぎました」


 トドメを刺す時こそもっと冷静でいなさいとアドバイスを送る余裕まで見せるお祖父ちゃん。


「ご指導なんか、頼んでいません。早く楽になってくだされば結構です」


 ここしかないと放った必殺の一撃を躱された挙句、簡単に転がされ、アドバイスまでされてしまったクーデルは苛立ちを隠せない。

 メアリ絡み以外で冷静さを欠いたクーデルって珍しいな。


「流石に貴女のような若い人に負けたとなってはこれまで私に屈してきた皆さんに申し訳が立たないですからね」


 ニコニコでもニヤニヤでもなく、ヘラヘラと笑うグランパ。

 煽りなのはわかるが、これは腹が立つ。

 パパンも隣で小さく舌打ちしてるし気持ちは同じのようだ。


「さて。楽しい時間ですが、そろそろ終わりにしましょう。頑張ったご褒美に、いいモノを見せてあげます。避けるか受けるかは任せますが、とても痛いので前者をお勧めしますよ?」


 そう言って形作ったのは炎の弾。

 さっきと変わらない?

 とんでもない。

 縦も横もクーデルの倍以上ある馬鹿みたいなサイズの火球だ。

 

「正気ですかお祖父様!? クーデル、全力で回避しろ! 洒落にならん!!」


「あれほどの出力を見せるとは、父上もよっぽど楽しかったのだな」


 楽しかったお礼に出す物史上、これほど不適切なものがあっただろうか。

 あんなもの、殺意の塊でしかないだろう。


「言っている場合ですか! あんなもの食らったらクーデルの丸焼きが出来上がりますよ!」


 慌てる僕を尻目にキャッチボールでもするようなフォームで放たれた火球は、空気を切り裂か轟音を立てながらクーデルに襲いかかる。

 投球モーションと球の速度が合ってないんだよ!!


「クーデル!!」

 

 流石の危険察知能力で、僕が呼んだ時には火球の効果範囲から逃げ出すことに成功していたクーデルだけど、あと数瞬遅れていたらとんでとないことになっていたのは間違いない。

 そして、クーデルの絶体絶命はなお今継続していた。

 逃げた先に待ち受けていたのは、火球を放ったばかりのグランパだ。

 

「よくできました。私にあれだけ振り回されて脚にキテいたにも関わらず、しっかり避けることができましたね。でも、お終いです。ゆっくりお休みなさい」


 悪魔というのはこういう風に優しく笑うのだろうと納得してしまうような笑みを浮かべ、高々と足を振り上げるグランパ。

 踵落とし!?

 ちょっと、それは!!

 エイミーちゃんがクーデルを守るべく飛び出し、ミケも僕の感情に反応して突っ込んでいく。

 しかし、その二人よりも先にグランパに辿り着いた勇者がいた。


「だから、そいつに、俺の許可なく勝手に触るなっつってんだろうがよお!!!」


 気絶していたはずのメアリだ。

 いつ目が覚めたのかわからないけど、クーデルのピンチに獣のような咆哮を上げながら猛スピードで突貫し、今にも足を振り下ろそうとするグランパに対してドロップキック気味にぶちかました。


「うおっ!?」

 

 体勢的に回避が叶わずぶっ飛ぶグランパ。

 パパンが横で小さくガッツポーズを見せたのは気にしないでおこう。


「メアリ!? 無茶をするな!!」


 受け身も取れずにそのまま倒れ込んだメアリを、クーデルとエイミーちゃん、ミケが庇うように囲む。

 メアリ渾身の一撃を食らったグランパは、ノーダメージのようで埃を払いながらゆっくりと立ち上がった。

 その顔にあるのは満面の笑み。

 

「眠れる王子様が覚醒しましたか? まさか日に二度もまともに打撃を受けるとは思っていませんでした。いいでしょう。本気で相手をしてあげます。二人でかかってきなさい!!」


 

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