第312話 ヘッセリンクの本流
「余計なこととは心外だね、プラティ。そのお嬢さんは君を探して彷徨っていたんだよ? 『炎狂いはどこ? 炎狂いはどこ?』ってさ。こんなに熱烈に追われるなんて、男冥利に尽きるってものさ」
ご丁寧にクーデルの声色を真似て迫真の演技を見せる初代。
芸達者なんだなと感心する僕とは対照的に、グランパは苦い顔だ。
「馬鹿も休み休み言ってください。その子はどう見ても闇の者でしょう」
「まあ、闇の者だなんて! お上手ですね先々代様ったら。ふふっ、ふふふっ」
瞳孔が開き切ったまま笑うクーデル。
何がお上手なのかさっぱりわからないけど不味い状態なのは理解した。
「ほら見てください。初代様の悪ふざけが彼女を悪い方向に向かわせていますよ?」
今のクーデルは、いつもの
気の弱い人間なら失神しかねない得体の知れない圧と元々の美貌が相まって、いっそ神々しくすらある。
しかし、そんなグランパの抗議を受けても一切動じない初代は、笑顔でこんな質問を返した。
「なら聞くけど、お嬢さんの標的がジーカスで、プラティが私の立場だったとする。さあ、君はお嬢さんをどう扱うかな?」
そりゃあ、標的に近づかせない一択だろう。
今のクーデルは、下手したら周りにいる無関係の人間も巻き込みかねない危うさを放っている。
「脇目も振らずにここまで連れてきてジーカスにぶつけるに決まっているじゃないですか」
「つまりそういうことさ」
ためらうことなく即答するグランパとそうだよねとばかりに満足げに頷く初代。
あ、この人達はダメな先祖なんだなと理解した瞬間だった。
それはパパンも同じようで、ゆっくりと首を横に振っている。
「我が身内ながらひどい会話だな。いいかレックス。あの二人のような人間こそヘッセリンクの本流。面白そうならとりあえずやってみて、後のことはその時考えればいいという思想の持ち主だ」
なるほど、いってみようやってみようの精神か。
まさに世間一般で広まっているヘッセリンクのイメージそのものだな。
初代からちゃんとネジが緩んでた、と。
「はた迷惑な思想ですね。面白そうなんていう曖昧な判断で動いた結果、事後の処理が面倒なことになることもあるでしょうに」
宰相に叱られたりエイミーちゃんに叱られたり。
あれは大変だった。
主に精神的に。
「プラティ・ヘッセリンクとは長い間父と子の関係にあるが、腹立たしいことにあの人の判断が裏目に出るのを見たことがない」
なるほど、お祖父ちゃんはある意味のパーフェクトヘッセリンクだったのか。
やりたいようにやるけど絶対ババを引かない強運の持ち主。
うらやましいことだ。
「それもまたヘッセリンクの本流にある人間の力なんでしょう。僕には真似できません」
そもそも僕は常識人系護国卿だからね。
そんな風に考えていると、パパンが疑わしげな視線を送ってくる。
「まさか。お前は私の目から見ても完全にあちら側だ」
嘘だと言ってよパパン。
「それこそまさかです。僕は面白いかどうかだけではなく、ヘッセリンクに利益があるかどうかもちゃんと考えて動いていますよ?」
最近で言うと、エスパール伯との諍いだってそうだし、ブルヘージュとの小競り合いだって、偽物騒動だってそうだ。
常にヘッセリンクの収支がプラスになるような選択をしてきたつもりでいる。
グランパ達みたいに面白いかどうかで家の運命を左右するなんてそんな無責任なことするわけないじゃないですか。
「では聞くが、『面白そう』と『家の利益』。どちらを優先する?」
「前者です」
「つまりそういうことだ。おめでとう息子よ。お前はしっかりあの二人と同じ列に並んでいる」
なるほど。
いや、おかしいな。
考えてたことと口から出た言葉がどこかで変換されてしまったようだ。
初代、グランパ、僕。
一緒に並べられると、僕までヤバいやつみたいじゃないか。
いけない、これ以上の新規狂人ポイントは欲してないというのに。
「お話はお済みになりましたか? 先々代様あ。もういいですよね? メアリの仇をとっても」
ナイフをクルクルと回しながら、一層笑みを深めるクーデル。
ニヤリでもニコリでもなく、ニチャアという擬音がぴったりの湿度の高い笑顔だ。
「いや、坊やは死んでませんよ? 気を失ってるだけです。だから仇をとる必要はないのではないですか?」
なんとか宥めようとするグランパ。
いきなり炎を撃たないところをみると、意外と女性には優しいのかもしれない。
「メアリが私のためにたくさん頑張ってくれたから嬉しくて我慢してましたけどお、愛するメアリを傷つけられてずっとずっと腸煮え繰り返ってましたあ。だから、お覚悟」
怒りを前面に押し出しての台詞ならわかる。
でも、ずっと笑顔なんだよ。
笑顔で腸煮え繰り返ってますは、膝の震えが止まらない。
そんな僕を尻目に、闇蛇特有のステップから間合いを詰めてナイフを一閃するクーデル。
グランパが軽快な足取りで後ろに下がると、深追いせずその姿をじっと観察する様子を見せた。
「どうやら怒りに身を任せているわけではないようですね。仕方ありません。お嬢さんにもさっさと眠ってもらいましょう」
「眠るのは先々代様ですよ? 私が深い深い眠りにつかせて差し上げます」
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