第307話 相棒

「遅い! まだ視線を合わせようとしていますよ!」


「はいはい! 無理に動きを合わせにいかない! 良さが死ぬでしょうが!」


「あー、ダメですね、全然なってません。そんなことじゃ、孫の足を引っ張りかねませんよ? しゃんとしなさい!」


 プラティ・ヘッセリンクからゲキが飛ぶ。

 ゲキが飛ぶたび、炎と拳と蹴りも一緒に飛んでくるからたまらねえ。

 こんなにボコボコにされたのはいつ以来だろうな。

 記憶にあるのは爺さんとオド兄に捕まった時か?

 なんとかクーデルには近づかせねえように身体張ってるけど、むしろそう動くように誘導されてる気すらする。

 まあ、誘導されてることがわかったって、その誘いに乗る選択肢しかねえし。

 それ以外はクーデルが的になるだけだ。

 多分この爺さん、手加減って言葉を確実に知らねえからな。

 とりあえずクーデルには指一本触れさせるつもりはない。

 そう気合いを入れ直し、油断したつもりなんか微塵もねえのに、ほんの一瞬の隙をついて炎を目眩しにしながら近づいてくる爺さん。

 化け物が!


「やる気が漲った敵というのは大変厄介なものですが、やる気を漲らせたその瞬間。その瞬間だけは、身体に力が入るもの。そこを見逃さなければ、ほらこのとおり」

 

 身構えた時には、右の拳が顎に入り、次いで脇腹のいいところに左の拳が突き刺さる。


「メアリ!」


「来るな! 離れてろ!」


 脳の揺れと脇腹の痛みで膝が折れそうになるのを、クーデルの悲鳴を聞いてすんでのところで持ち堪えた。

 ヘッセリンクに勝とうなんて端から思っちゃいねえが、あいつの前でだけは情けねえとこ見せられねえんだよなあ。

 既にいいとこなくボコボコにされてるんだけどさ。


「実体がなくて体力が底なしなのはわかるけど、疲れるのがこっちだけなのは反則だろ」


 どんなカラクリかわからねえ。

 だけど、全く疲れる素振りすら見せねえのは人ならざる者ってやつだからだろうとそんな軽口を叩くと、なぜか攻撃の手を緩めてきょとんとした顔をするプラティの爺さん。


「ん? おかしなことを言いますね坊や。確かに私は一旦死んでいますが、疲れは感じますよ? 疲れていないように見えるのは、生前から体力自慢だったからに他なりません」


 鬼ごっこで負けた記憶はないですねえと笑った顔が、敵を煽ってる時の兄貴そっくりだ。

 鬼が鬼ごっことかなんの冗談だ。


「そんなとこまで兄貴に似てるのかよ。とんでもねえなヘッセリンク。近衛や国軍が泣くぜ」


 体力完備の魔法使いとか、国軍なら喉から手が出るくらい欲しい人材だ。

 まあ、人的問題が大き過ぎて採用は見送られるだろうがね。


「魔法使いに体力で負けてどうするんですかねえ。ロニー君にはそのあたりを厳しく言って聞かせていたんですが」


 ロニー君?

 ああ、カナリアの爺さんか。

 

「その薫陶のおかげで爺さん世代だけで見れば、レプミアは世界最強だろうよ」


 あのすぐ脱ぐおっさん達の頂点に君臨するカナリアの爺さんが憧れた男。

 冷静に考えたらとんでもねえもん相手にしてるな俺達。


「その言い振りだと若い世代は物足りないということですね。まあ、あなた方のような見所のある若者もいるのだから一概には言えないのでしょうが。どうしたんですか? すごい顔してますけど」


「……褒められると思わなくて驚いたんだよ」


 今の今まで鬼みてえに殴る蹴る燃やすしてた相手からお褒めの言葉とか、そりゃ複雑な顔になるだろ。

 俺の言葉に大袈裟に肩をすくめるプラティの爺さんは、やっぱり兄貴にそっくりだった。


「褒めるところがなければ褒めませんよ? そうですね。そちらのお嬢さんはとても気が利くようです。恐らく、誰と組んでも最大限味方の能力を引き出してあげられる。そんな動き方が見てとれます」


 まあそうだな。

 一番効率よく動けるのは俺と二人で組んだ時だろうけど、クーデルは人を良く見てるから。

 誰が相方でも上手くやれると思う。


「そして坊や。決して打たれ強くもないくせに攻撃が恋人に向かないよう盾になり続けた。自分が倒れたあとのことを考えていない点ではとても賢いとは言えませんが、愛という観点で見れば合格点をあげてもいい」


「いや、なんだよ愛って」


 それ、褒められてるのか?

 俺がまた複雑な顔でもしてたんだろう。

 やれやれとばかりにため息をつきながら首を振られた。

 動きの一つ一つがことごとく兄貴なのやめてもらっていいかな。


「素直になれないところは減点ですが、まあ男とはそういう生き物ですからね。馬鹿息子みたいに大っぴらに惚気ないだけマシというものです」


「惚気も何も俺とクーデルはそういうんじゃねえから」


 好きだなんだとかじゃない。

 俺とクーデルの関係を表す言葉で一番しっくりくるのは、相棒。

 物心ついた時から一緒にいるから、何を考えてるか手に取るようにわかる。

 絶対に、クーデルと一番上手くやれるのは間違いなく俺だ。


「私とメアリはそういうのです」


 ちょっと黙ってろよ相棒。

 プラティの爺さんもケラケラ笑ってんじゃねえよこの場の空気どうしてくれるんだ。


「素直にならないと大事なものを無くしますよ? なんせヘッセリンクは敵が多い。私も国都を歩いていると毎回どこかの貴族の手の者に襲撃されたものです」


「あんただけだよ。兄貴は穏健派だからな。……穏健派? まあ積極的に敵を作らないという意味で」


「自分の言葉に疑問を持つ程度には、孫が穏健ではないのはわかりました」


 穏健なはずなのに穏健派と呼んだら違和感が凄くて訂正しちまった。

 まあ、少なくとも、少なくともこの爺さんよりは穏健だよな、うん。


「さて。そろそろ坊やの体力も限界でしょう? 次で一本取れなければ、私の拳が恋人に向くことになりますからそのつもりで」


「ふざけるなよ、意地でもクーデルにゃ指一本触れさせねえ。あと、恋人じゃねえっつってんだろ。相棒だ相棒」


「はあ……。無自覚も極まると厄介ですねえ。まあそれでいいとしましょう。では、いきますよ? 頑張って生き残りなさい」


……

………


「これは、なんということでしょう……」


 あの鏖殺将軍ジャンジャック殿が目を見開き驚愕を表している。

 こんな師匠を見るのは初めてだ。

 屋敷の裏庭に現れた謎の地下空間。

 突き進んだ先で現れたそれを見た瞬間、師匠は前述のような反応を見せたあとその身を翻し、もと来た道を走り出した。

 

「フィルミーさんも走りなさい! 急ぎますよ!」


 なにがそこまで師匠を駆り立てるのか。


「まさか、ここで温泉が湧いているなんて! すぐにレックス様にご報告しなければ!!」

 

 

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