第308話 父子

 屋敷の裏手に現れた謎の地下ダンジョン……というには薄暗いだけの一本道が続くだけのだだっ広い空間。

 戦闘員を連れてカチ込んだはいいけど、分岐で四組に分かれたあとも特に事件が起きるわけでもなくエイミーちゃんとのお散歩タイムが続いている。


「全く記録がないことが不思議ですね。これだけ大規模な施設であれば、仮に事故で埋まったとしても何かしら伝えられていてもおかしくないと思うのですが」


 エイミーちゃんの言うとおり。

 自然にできたものではない以上、ヘッセリンクの誰かが作った施設には違いない。

 趣味で作ったにしては大規模過ぎるため、何かしらの意味がある施設なんだろうけど、それならそれで普通なら記録を残すのが当たり前だ。

 残念ながら普通ではない我が家には、当然のようにその記録はないのだけど。


「なんと言っても、我が家の歴史書はどこと小競り合いをして勝ったとか、こんな凶悪な魔物を討伐したとか、そんなことばかり書かれているからな」


「ああ、闘争以外はささいなこととばかりの」


 エイミーちゃんも当主の妻として歴史書には目を通してくれている。

 その評価は、『読み物としては胸躍りましたが、ヘッセリンク家の歴史はほとんど学べませんでした』だった。


「ここだけではなく、他にも伝わって然るべきのとんでもなく重要な事柄が切り捨てられている可能性は否定できない」


 屋敷の前の広場に魔力流したらそっちも陥没したりしないだろうな。

 こうなってくると、広過ぎる屋敷にも僕の知らない仕掛けがあるんじゃないかと疑ってしまう。


「しかし、魔獣はおろか虫の一匹も現れないとはな。他の皆のほうも同じなのだろうか。そうだとすればだいぶ肩透かしだ」


 ジャンジャックなんかは鼻息も荒くフィルミーを引き連れて全速力で消えていったからな。

 あれでなにもいませんでしたなんてことになったらフラストレーションが凄そうだ。


「レックス様は、ここをどうされるおつもりですか?」


「他の皆の調査結果を踏まえてだが、何もなければ埋め直して封印だな。エイミーと出かけるなら、ジメジメした地下よりも明るい森の方がいい」


 愛妻と地下デートなんて変わった趣向で悪くはない気がするけど、分岐までとそのあとは本当に一本道のみで風景も変わらない。

 それなら色鮮やかな花が咲き、季節によって緑の濃さが変わり、魔獣というアクセントが効いている森の方が飽きないだろう。


 どれだけ歩き続けただろうか。

 目の前に現れたのは木製の扉。

 

「行き止まりにあからさまに怪しい扉、か。エイミー離れていなさい」


 ここは夫としては僕が前に出るべきだな。

 扉を開ける前に、いつでも召喚獣のみんなを呼べるよう心づもりをしておいて……なんてやっているうちにエイミーちゃんが前に出て笑顔でこちらを振り返る。


「いいえ。僭越ながらここは私が」


 止める間もなく、エイミーちゃんの放った前蹴りで、扉がひしゃげながら奥へと飛んでいった。

 

「……なんとも豪快だな」


 もう、僕のワイフはヤンチャなんだから!

 なんておちゃらけてる場合じゃないらしい。

 珍しく切迫した声色でコマンドからの警告が届く。


【レックス様、最警戒を。来ます】


「来い! ミケ! マジュラス!」


 飛来する巨大な物体。

 間一髪でマジュラスの召喚が間に合い、瘴気で飛来物を撃ち落とす。

 轟音を響かせながら地面に落下したのは、柱……じゃないな。

 馬鹿みたいに長くて太い槍だ。

 これに似たものが、屋敷の玄関に飾られてるのを見たことがある。

 つまり、そういうことだ。


「ほう、やるじゃないか。流石は私の息子だ」


「久しぶりの再会にしては、随分と手荒ではないですか? 父上」


【『巨人槍』ジーカス•ヘッセリンク本人に間違いありません。しかし、既に亡くなっているのも事実です】


 そうだよね、あんな冗談みたいなサイズの槍を振り回す人間、パパンしかいないよね。

 亡くなったと見せかけて実は生きてた、なんて展開はあり得ない。

 なら、アンデッドか?

 それにしては肌艶もいいし言葉も明瞭だ。

 

「なんにしても、お元気そうでなによりですが……、どうなっているのですか?」


「さあな。私も詳しいことはわからない。普段は意識だけがこの地下に存在しているのだが」


 謎が謎を呼ぶのでこの質問はやめよう。

 わかってない人間がわかってない人間に話を聞いたって迷宮入りするだけだ。

 

「それはたしかによくわかりませんね。しかし、お一人でこんな地下に閉じこもっていては、さぞかし退屈でしょう」


 僕の言葉にぴくりとも表情を変えないで首を振るパパン。

 この表情筋の動かなさは、やっぱり亡くなってる影響なのかもしれないな。


【お父上は生前から『表情筋死んでる』と評判の方でした】


 失礼なこと言ってすいませんでした!

 ああ、ヘラのあれはこの人からの遺伝なのか。

 ママンはこの表情を読めてベタ惚れだったんだから、愛娘の表情を読むくらい朝飯前だったのかもな。


「一人ではないから退屈はしないさ。姿は見えないが、歴代のヘッセリンク家当主が全員ここにいるぞ」


「なるほど。意味がわからない」


 率直な意見に肩をすくめるジーカスさん。

 

「だろうな。私も意味がわかっていない。が、事実だ。もちろんお前の祖父もいるぞ。今は私同様肉体を得て他の部屋に行っているがな」


 祖父って、ラスブラン侯とカナリア公が憧れてたっていう、『炎狂い』ってやばそうな二つ名で呼ばれてたあの?


「お前の家来衆が遭遇しているかもしれないな」


 頼む!

 ジャンジャック・フィルミーの戦闘狂土魔法コンビが当たっていてくれ!

 オドルスキはともかく、メアリ、クーデル、エリクスの三人には荷が重過ぎる。


「まあ、流石のお祖父様も父上とは違っていきなり攻撃したりはしないでしょう、はっはっは!」


「はっはっは! それを言うなら流石のプラティ・ヘッセリンクだぞ? 目が合った瞬間に炎を投げ込んでくるに決まっているだろう。あの人の感性は野生の魔獣とほぼ同じだからな」


「部屋に入るなり槍を投げ込んできた父上に言われたくはないでしょうね」


 似たもの親子め。

 グランパもパパンもタチが悪い。

 身内に野生の魔獣と感性が一致する人間がいるとか怖過ぎるだろう。


「いきなり扉を蹴破られれば敵対もやむを得ないと思わないか?」


 それはごもっとも。

 痛いところを突かれたので話をすり替えることにした。


「ああ、紹介しましょう。妻のエイミーです。カニルーニャ伯爵家のご令嬢で、今はこのオーレナングで僕と共に魔獣を狩る生活を送ってくれている愛妻です」


「エイミーと申します。お義父様のお話は、お義母様から伺っております」


 エイミーちゃんが頭を下げると、パパンの口角が微かに、ほんの少しだけ上がったように見えた。

 なるほど、不器用な男の精一杯の微笑み。

 これはママンもトキメキやむなしですね。

 

【まさに。『私にしか見せないジーカス様の微笑み』にお母様はキュンキュンが止まりませんでした】


「ジーカス・ヘッセリンク。愚息が世話をかけているな。……マーシャは元気にしているか?」


 最初に聞くのがママンの近況なんて、本当に好きなんだな。

 エイミーちゃんもそんなパパンの質問に満面の笑みだ。


「ええ。とてもお元気です。出産のために国都の屋敷でお世話になっている時に、お義父様のことをどれだけ愛していたか、またどれだけ愛されていたかをたくさん聞かせていただきました」


「そうか。マーシャをどれだけ愛していたかについては一言では語り尽くせないのだが、しいて一言でまとめるなら」


「父上。自然な流れを装って惚気ようとするのはおやめください」

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