第306話 墳墓と炎と暗殺者 ※主人公視点外

 自分の指摘を受けた初代ヘッセリンクを名乗る男性が、笑顔で頷きました。


「正解だよ、若き学者君。まあ、繰り返しになるが、私が本当にかどうかは保証できないのだけどね」


 騙りにしては自然体ですし、なによりこんな場所でヘッセリンク伯爵ごっこもないでしょう。

 であれば、偽物の線は薄い。


「不勉強で申し訳ないが、私は貴方を知らない。しかし、ヘッセリンクというものを嫌と言うほど見てきた経験と直感からすれば、貴方がヘッセリンクなのは間違いない」


 オドルスキさんも同じ考えのようです。

 先代と当代、二代にわたって側近として仕えてきたオドルスキさんの言葉には説得力がありますね。

 男性もその言葉に満足そうに笑っています。


「なるほどなるほど。で? 君はどうかな学者君」


「オドルスキさんが言うならそうなのでしょうが、断定できる材料に乏しい状況です。なので、貴方がペレドナ・ヘッセリンク様だと仮定してお話しさせていただけたらと」


 初代様(仮)というところです。

 いえ、十中八九本物なんでしょうけど、確証が得られないのであれば疑う余地を残しておかなければ。


「自分で言うのもなんだが、私がヘッセリンクを騙る偽物で、実は亡霊や悪霊の類だとしたら、君達は大変な目に遭うのではないかな?」


「その時はオドルスキさんに貴方を斬り伏せてもらったうえでここを埋め直すだけです。特段オーレナングとヘッセリンク伯爵家に影響はありません」


 その場合は、もっと丁寧に埋めることを進言しないと。

 ジャンジャックさんにお願いして二度と人が入れないようにする必要がありますね。

 間違ってお嬢様やユミカちゃんがこの穴に入ったりしたら大変ですから。


「ふむ。なかなかどうして。肝が座ってるじゃないか。これは評価を改めなければいけないね」


 評価を改める?


「いえ、その必要はありません。当代ヘッセリンク家来衆でも一、二を争う強者が隣にいるから強気に出ているだけなので。自分一人なら、とっくにうずくまって震えています」


「淡々としているものだ。今の若者は皆そうなのかな? 騎士君」


 初代様(仮)の問いかけに、オドルスキさんは苦笑いを浮かべて答えました。


「まあ……、そうですな。少なくとも当代ヘッセリンクの若手家来衆は冷静です。私達の方がはしゃぎすぎて叱られることも、二度や三度じゃ済みません」


 確かに、皆さんはもう少し落ち着いていただいてもいいのではないかと思わなくもありません。

 特にお酒の席でのはしゃぎ過ぎは反省してほしいです。

 

 それはさておき、ここまでのやりとりで話しがわかる方だと理解できたので、聞くべきことを聞いておきましょうか。


「初代様とお呼びしても?」


「構わないよ。お近づきの印にペレドナと呼ぶことも許すけどどうだい?」


「遠慮いたします。それで初代様。ここは一体なんなのでしょうか」


 それは残念と肩をすくめる初代様。

 それでも誤魔化すつもりはないらしく、両手を広げて笑顔を深めます。


「端的に表すなら、墓だよ。だいぶ古くなってきたが、元々は僕が召された時に作られたものさ。まあ、今は『ヘッセリンク』の墓になっているけどね」


……

………


「クーデル! 行ったぞ!」


「大丈夫よメアリ。見えてるわ」


 俺とクーデルがとんでもねえハズレくじを引いたことは理解した。

 目の前の兄貴に似た男。

 どう考えてもヘッセリンクの縁者だ。

 もっと言うなら、多分あれ、兄貴の爺さんで『炎狂い』とか呼ばれてたやべえ奴だろ。

 いや、理屈に合わないのはわかってる。

 俺がヘッセリンクに捕まった時にはもうこの世にいなかったはずだからな。


「ほら、次が行きますよ? 油断してたらあっという間に燃えてしまいますから、精々頑張りなさい」


 小指の爪の先くらいしか思考する隙を与えないような炎の弾幕。

 俺もクーデルもすんでのところで躱し続けてるが、こりゃしんどいわ。


「性悪加減が兄貴の比じゃねえな。聞いてたとおりのネジの緩み具合だ」


「緩いんじゃなくて外れてるのよ、頭のネジが。まさか目が合った瞬間に火の玉が飛んでくるなんて」


 クーデルも目の前の男の正体に気づいてるらしい。

 恥ずかしいくらい派手な真紅のローブを着た、火魔法に長けた兄貴そっくりの男。

 レックス・ヘッセリンクの祖父、先々代ヘッセリンク伯爵プラティ・ヘッセリンク。

 それを指摘してみると、少し休憩しましょうと笑った男が優雅に一礼してみせた。


「ご名答。私はプラティ・ヘッセリンク。孫が世話になっているようですね。歓迎しますよ、若き家来衆の皆さん。まあ、欲を言えば私がレックスの相手をしたかったのですが」


 口の端を吊り上げる笑い方。

 ああ、あれはここから来たんだなって妙に納得しちまうくらいそっくりだ。

 

「歓迎の仕方、手荒過ぎるだろ。悪ぃが、あんたみたいな危険人物、兄貴にゃ近づかせねえよ!」


「本物でもアンデッドでも関係ないわ。先々代様、お覚悟を」


 二人で炎を掻い潜って迫ると、魔法使いとは思えない足捌きで後ろに下がっていく。

 速さなら明らかにこっちが上なのに、撹乱で撃ってくる炎に拍子を狂わされて気がついたら間合いの外だ。

 くそっ、爺さんも肉体派の魔法使いかよ。


「はっはっは! 覚悟するのは貴方たちですよ? このプラティ・ヘッセリンク、まだまだ若者に遅れはとりません」


 十分な射程を確保した瞬間に複数の炎が放たれる。

 当たりはしねえけど、身体の近くを通り過ぎる炎の高過ぎる熱からは、はっきりと殺意を感じた。

 噂どおり、話せばわかる感じじゃねえのな。


「マジで兄貴そっくりだよ爺さん! 笑い方なんかそのものだぜ。親父さんよりも爺さん似なんだな」


「それは祖父と孫ですからね。似ていても不思議じゃないでしょう。まあ、私はあの子よりもヤンチャではないですが」


「言ってろよ!!」


 クーデルから俺にしかわからないような視線が飛んでくる。

 飛び出しをずらせ、か?

 その理解で正しかったようで、クーデルが数瞬先に前に出ていき、俺がそれを追う。

 クーデルに放たれる炎。

 いくら手練れでも、この魔法を撃ち終わった瞬間は隙になる。


「魔法使いの懐に迂闊に飛び込むと、危ないですよ?」


 完璧な連携だった。

 相当な腕の魔法使いでも今の拍子なら刃が届かないわけがない。

 だけど、最接近した瞬間、魔法使いのはずの男が自ら前に出てきて俺の腹に膝を叩き込んできた。

 

「メアリ!? 殺すわ!!」


 吹っ飛んだ俺を見てクーデルが殺意を漲らせて吠える。

 それでもなお爺さんは薄笑いだ。

 ヤバさが、想像を遥かに超えてやがる。


「若い者には負けられません。それが、孫の家来衆ならなおさら、ね。しかし、君達はとても素晴らしい相棒同士なのでしょうが……目を合わせ過ぎる。それでは次の動きを悟ってくれと言っているようなものです」


 視線を読まれてた?

 まじか、視線交わしたのなんかほんの一瞬だぜ?

 怖過ぎるだろヘッセリンク。

 

「まさかあの『炎狂い』から指導してもらえるとは思わなかったぜ爺さん。貴重な機会だ」


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