第304話 不思議を発見す
当代ヘッセリンク家来衆の常識人組であるハメスロット、エリクス、メアリから温泉探しの同意を得た僕は、次の日には早速動き始めた。
まあ、ジャンジャックとフィルミー、あとは領軍に所属する土魔法使いのスケジュールを抑えるだけなんだけど。
目処は約ひと月。
流石に趣味のために多忙な家来衆を長期間拘束するほど放蕩貴族ではない。
しかし、予定は未定とはよく言ったものだ。
誰も予想だにしなかった事件が起き、楽しみにしていた温泉掘りを一時中断せざるを得なくなってしまった。
その事件が起きた現場を視察し終えたエリクスがメガネを押し上げながら呟く。
「あれほど念押ししたにも関わらず、初日から問題が起きるなんて。自分はとても驚いています」
「おいおいエリクス。俺たちが仕えてるのは、あのレックス・ヘッセリンクだぜ? 格が違うんだよ、格が」
事件が起きたのは温泉掘削祭りの初日。
さらに言うなら、家来衆全員が見守るなか、ジャンジャックとフィルミー、さらには領軍の魔法使い二人による土魔法の共演でファースト掘削を行った時だった。
掘った場所は屋敷の裏手にある雑木林の一角。
掘り起こしても屋敷に影響がない程度の距離をとって、魔法使い達が一斉に地面に作用するよう魔力を解き放つ。
本来なら、合わせた魔力を螺旋状に回転させることで徐々に掘り進んでいく予定だったが、オープニングアクトということで派手に魔力を注いでもらったのがいけなかったらしい。
熟練の土魔法使いであるジャンジャックと、新進気鋭のフィルミー、ベテラン土魔法使いの二人の魔力は混ざり合い、重なり合って地面に干渉し、地面の一部を大きく陥没させる。
そして次の瞬間。
それに連鎖するように次々と周りの地面が土埃を上げながら同じように陥没していき、最終的には大きな空洞が口を開けていた。
「まあ、そう言われればそうなのですけど、これはあまりにも予想外です。正直、お師匠様も頭を抱えていらっしゃいました」
ただ地面を陥没させただけならいい。
ここは僕の領地だし、そこで地面を陥没させようと誰に叱られることもない。
問題なのは、発生した空間が人為的に作られたものの可能性があるということだ。
具体的には、朽ち果ててはいるものの、柱や燭台の跡があるのが地上からでも確認できた。
「ハメス爺やエリクスの反応は至極まともだよ。普通は唖然とする。オド兄やクーデルのほうが世間的には異端だよ」
頭を抱える常識を残している組と比べて、ヘッセリンク万歳の非常識組の反応の対比は敢えて言葉にすることもないだろう。
ただ、どこまで行っても世間的に正しいリアクションが前者なのは間違いない。
「それを聞いて安心しました」
「お前達、僕の目の前でわざとやっているな?」
僕をチラチラ見ながら責めるような会話をするのはやめてもらっていいですか?
僕だって予想してなかったよこんなものがあるなんて。
「そりゃそうだ。尊敬してやまない雇い主の野郎が、あまりにも当たり前のように変なもの引き当てやがるからさ」
責めるようなではなく本当に責めていたようです。
尊敬してるなら雇い主の野郎とか呼ばないと思うけどどうだろうか。
「その言い振りで本当に尊敬されているのか不安になるな。言ってはなんだが、僕だって戸惑っているんだぞ?」
「へえ? 意外だわ。兄貴のことだからあの明らかにやばそうな空間に突っ込んでいくと思ってたけど、流石にそこまではしないか」
馬鹿なことを言うなよ兄弟。
「いや、それは確定事項だ。もちろん突っ込むとも。そうではなく、王城側にどう話をするか、という意味で戸惑っている」
僕の回答に頭を抱えるメアリとエリクスの若手コンビ。
最近二人の仲が良過ぎてクーデルがおかしなテンションになっているのを見かける。
そっとしておく方針だ。
「伯爵様。それは戸惑いではなく、ただ面倒だと思っていらっしゃるだけでしょう。というか、本気であの空間に入られるおつもりですか?」
「本気も本気だ。あんなものが出てきて、『よし、よくわからないから埋め直すか』とはならないだろう」
大方、昔のヘッセリンクが遊びで作った修行場かなにかだろう。
それが歴史とともに朽ち果ててあんな感じに埋もれてたんじゃないかと思う。
地下に作る必要性?
ヘッセリンクの行動を考察することほど無駄なことはないと思う。
「文官としてはぜひ埋め直していただきたいのですが。何かあった時、あまりにも屋敷から近すぎます」
「近すぎるっつうか、屋敷の敷地内だからな。なんだよ、『掘削祭りの開催を宣言する!』、からの爺さんとフィルミーの兄ちゃんの土魔法炸裂! からの地面陥没! からの謎の地下空間出現って」
「なんだ、お前達はわくわくしないのか? 足元に広がる謎の地下空間だぞ? 一男子として、よくわからないから埋め直そうなんて、そんな消極的な対応ありえない」
「伯爵様には一男子の前に一貴族であることを思い出していただきたいのですが……。ええ、個人的には未知の何かが得られる可能性に好奇心が疼いていることは否定しません」
文官の顔から研究者の顔に切り替わったエリクスが不敵に笑う。
そうだろうそうだろう。
君はそっち側だと思っていたよエリクス君。
一方のメアリは、そんな友人の変わり身に苦い顔だ。
「うっわ。エリクスの悪いとこでてるよ。やめとけよお前。ただでさえうちの兄さん方は兄貴を止める気ねえんだから」
そう諭してみるメアリだったけどもう遅い。
残念ながらエリクスの目はバッキバキだ。
「でもメアリさん、足元にあんなものがあることがわかったんですよ? 存在を知らなければそれでもよかったんですが、見つけてしまったからには知らないふりもできないでしょう?」
「目が怖えよ。落ち着け研究バカ」
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