第303話 ダメ、絶対

 家来衆に運が悪いと思われていたという衝撃の事実に驚きを隠せない僕。

 どうやら相互の認識に齟齬があるみたいだ。

 これはいけないな。

 家来衆との認識のズレは速やかに補正しておかないと、いざという時に大きな歪みを生む可能性がある。

 あと、キメ顔がムダになってとても恥ずかしい。


「落ち着いて聞いてくれ我が愛する家来達よ」


「いや、落ち着くのは兄貴だよ。え、そんなに動揺する?」

 

 おっと、家来衆からの不運認定四連発を受けて若干声が震えてしまったようだ。

 落ち着けレックス・ヘッセリンク。


「自分で言うのもなんだが、僕はかなり運がいい方だと思っているんだ。それこそ、レプミアで一、二を争うほどに」


 僕の主張に顔を見合わせる三人。

 代表して口を開いたのはエリクスだった。

 ハメスロットから送られる強いプレッシャーに負けたらしい。


「理由をお伺いしても?」


「人との縁、これに尽きる。まず第一に、お前達の存在だ。これほどの実力者を複数従えていたヘッセリンクが、いや、レプミア貴族が僕の他にいただろうか」


 ジャンジャックやオドルスキ、メアリなんかの元々ヘッセリンクに属していた家来衆は言わずもがな、フィルミーやクーデル、エリクスなどのスカウト組も驚くほどの働きぶりを見せてくれている。

 我が家の人的収支は過不足ないどころか大幅にプラスだ。

 この点だけ見ても充分に幸運だけど、みんなを納得させるための二の矢三の矢も用意してある。


「もちろん家来衆以外の縁にも恵まれている。それはアルテミトス侯であり、カニルーニャ伯であり、カナリア公であり。僕のヤンチャに目を瞑り、時には厳しく指導してくださる諸先輩方との出会いは、運が味方したとしか言いようがない」


 揃いも揃って肉体派なところがひっかかりはするけど、おじさま方とはかなり良好な関係と言っていいだろう。

 エスパール伯とその一派の皆さんを除けば出会ったおじさま方との間に諍いはない。

 特にカナリア公やアルテミトス侯とは一緒に温泉に浸かる仲だからね。

 国を代表する重鎮のおじさま方と縁を結べていることを幸運と言わずなんと言うのか。


「そして、なにより愛する妻エイミーとの出会いだ。さらに今はサクリもいる。一つでもボタンの掛け違えが起きていればこれほど順風満帆な生活が送れたかどうか」


 エイミーちゃんとの出会いはレックス・ヘッセリンク史上最大にして最高の出来事だと言っても過言ではない。

 可愛くて優しくて腕力もあるという三拍子揃った僕の妻。

 そして、その最愛の妻との間に生まれた長女サクリもすくすくと育ってくれている。

 次元竜の召喚なんていうのはまあ、オマケだ。

 

 僕が、レックス・ヘッセリンクが幸運だと思っている理由を述べ終わると、再び視線を交わす三人。

 はかったように頷きあうと、メアリが穏やかな笑みを浮かべる。


「なるほどね。そう聞くと、確かに兄貴はすげえ幸運の持ち主っぽいわ」


「そうだろう?」


 やっとわかってくれたか。

 家来衆との考えの溝が埋まったことにほっとしたのも束の間。

 メアリの言葉はこう続いた。


「ただなあ。エイミーの姉ちゃんと結婚する時にはアルテミトス侯爵んとこのガストンに絡まれたろ? あと一歩でアルテミトス領が更地になるところだったよな」


 思い返すと、あれは不幸な行き違いだった。

 しかし、今やガストン君は心を入れ替えて次期アルテミトス侯爵の座にまっしぐら。

 同世代としては積極的に仲を深めていきたいところだ。


「結婚式で王太子が未来の右腕宣言なんかしたせいで各方面から睨まれて、十貴院でエスパール伯爵に吊し上げられたり。フィルミーの兄ちゃんとイリナの結婚絡みもあってあと一歩でエスパール領が更地の危機だったよな」


 エスパール伯はあの一連の流れがきっかけでダイゼ君に伯爵の座を譲る決心をしたんだったか。

 最終的には森の交流会を経てちょび髭と一緒に憑き物が落ちたような顔してたし、今後はきっと仲良くできるはずだ。


「最近だとブルヘージュ絡みやらラスブラン絡みやらもあったな。兄貴の言葉を借りりゃ、どっちもボタンの掛け違えがあれば更地になってた可能性は否定できねえ」


 ブルヘージュとは今後定期的な交流が図られるはずだし、ラスブランとも苦手意識を持たずに積極的に絡んでいこうと思っている。

 

「その間に氾濫も起きましたね」


「そうな。改めて並べてみるととんでもねえ。これ、この一、二年で起きてるんだぜ?」


 確かに濃ゆい日々だった。

 だが、その分充実した日々だったとも言える。

 

【今の指摘を受けてもなお、爽やかかつ満足げに微笑みを浮かべるレックス様。流石です】


「繰り返しますが、伯爵様が人に恵まれていらっしゃること、この一点については仰るとおりレプミアでも一、二を争う、いえ、他の追随を許さぬほどの幸運の持ち主であることに疑いはありません。ただ、いかんせん動かれるたびに困難が付随するのもまた事実でございます」


「しかもまあまあきっついやつな」


 なるほど。

 つまり三人とコマンドはこう言いたいわけだな?

 エグいトラブル体質のくせに幸運なわけないだろう、と。

 

「しかし、そんな状況でも怪我一つせずに乗り切っているのだからやはり幸運だと言えるのではないだろうか」


「あのな、兄貴。本当に幸運だったら無駄に他の貴族に絡まれたり他の国に絡まれたりしねえの。仮に今回森を掘り返すとするだろ? 絶対なにか起きるからな?」


「我々家来衆は伯爵様がなされたいのであれば森を掘り起こすことに反対はいたしません。が、お願いがございます。絶対に温泉以外のものを掘り当てないでくださいませ。絶対に」

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