第302話 豪⬜︎ 凶⬜︎ 悪⬜︎
僕には、裏街の地均しと並行してやらねばならないことがもう一つある。
メアリとクーデルが担当のゴロツキとのお話を終えて戻ってきたタイミングで根回しをすべく、ヘッセリンクの大番頭ことハメスロットとその弟子であるエリクスを部屋に呼んだ。
まだあまり大々的には発表できないアクションなので、この場にいるのは僕、メアリ、ハメスロット、エリクスの四人だけ。
本当はメアリも外して欲しかったが、よからぬこと企んでる気配がするからとソファにごろ寝したまま動こうとしなかったので諦めた。
「集まってもらったのは他でもない。ハメスロット、エリクス。オーレナングに温泉は湧くと思うか?」
単刀直入にそう訊ねると、二人は揃って似たような表情を浮かべる。
端的に表現すると、『何言ってんだ、こいつ』だろうか。
「さて。伯爵様。もう一度仰っていただいても?」
流石はハメスロット。
表情は不遜でも言葉使いは忠臣のそれだ。
「オーレナングに温泉が湧くと思うか? と言ったのだが」
僕は同じことを何度聞かれても丁寧に応える系の上司なので、ハメスロットのパードゥン? にも笑顔で対応する。
「聞き間違いではなかったのですね」
やはりあの表情は『何言ってんだ、こいつ』で当たっていたらしい。
まあ、言わんとすることはわかる。
また愉快な伯爵様が何か言い出したぞ、と。
「そうだな。とりあえず本気ではある。で、どう思う? もし少しでも可能性があるのならジャンジャックとフィルミーに掘削を頼もうかと思うのだが」
鏖殺将軍と竜殺しの師弟コンビにやらせる仕事ではないことは重々承知している。
だけど自領に温泉があるなんて、最高じゃないか。
ちなみにジャンジャックは温泉が大好きなようなのでほぼ確実に乗ってくれると踏んでいる。
僕の質問を受けてハメスロットは眉間に皺を寄せて目を瞑り、エリクスは片手で口元を隠すようにしながら、それぞれ思考の海にダイブしていたが、やがて二人の間でアイコンタクトが交わされた。
口を開いたのは師匠ハメスロット。
「さて。あまりにも突拍子もないご質問ですので、なんとも申し上げようがないのですが……。無理なのでは?」
「その心は」
「長いヘッセリンクの歴史においてそのような動きを行った履歴がございません。もしそのような可能性があれば、既に歴代当主のどなたかが試されているのではないでしょうか」
我が家の雑すぎる歴史書を熟読したというハメスロットが言うなら間違いないだろう。
僕もヘッセリンク伯爵として勉強のために読んでみたが、記述の大半が他所の家との喧嘩と、魔獣との闘争についてという、ほぼアクションファンタジーな歴史書だった。
確かに温泉に関する記述はなかった気がする。
「なるほど、一理ある」
「それでも挑戦されるのであれば、それこそ深層や、その奥にあるという灰色の世界を掘り起こしてみられてはいかがですか?」
ハメスロットらしからぬ過激な提案だけど、確かにあの辺りはそういう意味で言えば手付かずだ。
脅威度BやらAが闊歩する中で掘削作業なんて、普通ならしない。
「なるほど、一理ある」
うんうんと頷く僕に、それまで我関せずと寝そべっていたメアリがツッコミを我慢できないとばかりにソファのうえで上体を起こす。
「ねえよ。誰がそんなとこまで温泉浸かりに行くってんだ。魔獣の湯治に使われるのが関の山だっつうの」
「流石に冗談だ」
いや、本当に。
僕だってそこまで不謹慎じゃない。
「しかし、普段頑張ってくれている家来衆に報いるためにも温泉というのはいい考えだと思ったんだがなあ」
そう呟くと、それを聞いたハメスロットが驚いたように目を見開いた。
え、なに?
「我々のことを思ってのお考えだったのですね」
すごく失礼なことを言われた気がするけど気のせいだろうか。
メアリ、エリクス、笑うんじゃありません。
「当たり前だ。それ以外にどんな理由があってこんな突拍子もないことを聞くというのか」
「伯爵様なら、面白そうだというだけで充分なのでは?」
「否定できないところがなんとも」
面白そうだからで動き出すのはヘッセリンクの本分ではあるけど、今回の出発点は家来衆への福利厚生の充実を図るためだからね。
しかし、ヘッセリンクの本分か。
直近でラスブラン侯に焚き付けられたばかりだったな。
炎狂いの孫らしく在れ。
「よし。ジャンジャックとフィルミーを呼んでくれ。あと、領軍の土魔法に明るい者も全員待機だ」
魔獣の森掘削祭りの開催をここに宣言します。
「いやいや! ハメス爺の話聞いてたか? そんな面子集めてどうすんだよ。森中適当に掘り返すつもりか?」
僕が?
無差別に掘り返すなんてそんなパワープレーを?
ははっ。
「流石はメアリ。よくわかってるじゃないか」
正解だ。
なあに、僕はこれでもあのクソッタレの森を愛してるからね。
そこまで無茶をするつもりはない。
ただ。
「僕が敬愛してやまない、かの豪傑ロニー・カナリア公がこう仰っていた。温泉を掘り当てるのに必要なのは広い土地と優秀な土魔法使い。そして、運だと。これはもう、成功が約束されたも同然だと思わないか?」
渾身のキメ顔を家来衆に向ける。
レプミア広しと言えど、さらにはヘッセリンクの歴史が長いと言えど、僕よりも運のいい人間がいただろうか。
いや、いない。
そんな思いを乗せたキメ顔を見た家来衆三人の反応はというと。
「あー、惜しい。最後のやつが絶望的に足りてねえわ」
嘘だろメアリ。
「残念ですがメアリさんの言うとおりかと。ヘッセリンクの末席に座ることを許されて間もない自分でも、伯爵様はお世辞にも運がよろしいとは」
え、エリクスまで?
ハメスロット、ハメスロットはどうだ!?
「右に同じでございます」
コ、コマンド?
【大丈夫です。レックス様には他にいいところがたくさんありますから、ね?】
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