第301話 その男、頑固親父につき
今回は決して長い間家を空けていたわけではなかったけど、オーレナングに帰ってきた途端、帰ってきたぞ! という気持ちが溢れてきた。
ラスブラン侯にぼっこぼこにされたあとなので、魔獣の巣である森の緑にすら癒しを感じてしまった。
馬車を降りると、そこには愛する妻子が待ってくれていた。
「お帰りなさいませ、レックス様」
「うー! だっ!」
二人の癒し効果は抜群だ。
ラスブラン侯?
知らない人ですね。
「ああ、今戻った。家族というものは癒されるものだな」
エイミーちゃんとサクリの笑顔を見ただけで疲れが取れた気がする。
今回の疲れの原因が精神的なものだから余計そう感じるのかもしれない。
「まあ! おかしなレックス様。ラスブラン侯爵様も実のお祖父様ですよ? 家族ではないですか」
「前言を撤回しよう。愛する家族というものは癒されるものだな」
ラスブラン侯が実のお祖父ちゃんなのは間違いないけど、化け物じみてて家族感が薄い。
そもそもお祖父ちゃんで癒されることはあまりないのかもしれないけど。
立ち話しもなんなので、執務室で軽い情報交換を行うことにした。
「あとで皆にも正式に報告するつもりだが、偽物騒ぎは無事に解決した。僕の名を騙った男の処分についてはラスブランが請け負ってくれるらしい」
「レックス様がご納得されているのであれば私から申し上げることはありません」
解決したならそれでいいと言って微笑むエイミーちゃん。
可愛い。
今すぐ抱きしめたいが、我慢だ。
「そうか。今日は久しぶりにエイミーと酒でも呑んで、ゆっくりと眠りたいものだ」
「う! だっ!」
僕の言葉を受けたサクリがむずがるように声を上げると、エイミーちゃんがコロコロと笑う。
「あらあら! 自分を仲間外れにするなと抗議しているみたいですよ?」
妻子ともに、なんて可愛い生き物なんだ。
「あっはっは! すまないなサクリ。もちろんお前も一緒だ。可愛い一人娘を仲間外れにするわけないじゃないか」
そんな会話しながら頭を撫でてやっていると、トテトテと誰かの足音が聞こえてきた。
この可愛さのみで構成された足音。
間違いなく天使のそれだ。
「お兄様! おかえりなさい! 偽物は? 偽物はやっつけたの?」
案の定、執務室に飛び込んできたのはヘッセリンクの天使ことユミカ。
僕に勢いよく飛びついたあと、メアリ、クーデルの順でハグし、オドルスキに抱きかかえられた。
メアリを除く全員の顔がだらしなく緩んだことを誰が責められるだろうか。
「心配するなユミカ。僕の名を騙った罪人は、お前の自慢の義父が鉄槌を下してくれたぞ」
副首領の顔に痣ができるほどの強烈な一撃。
まさに鉄槌だ。
「そうなの? お義父様凄い!」
首にぎゅっと抱きつかれてさらに頬を緩ませるオドルスキ。
こんな聖騎士は嫌だ、どんな聖騎士? というお題の答えになりそうなくらい緩み切っている。
「オドルスキ。お前も疲れただろう。今日は早めに休め」
「いや、しかし。いえ、ではお言葉に甘えさせていただきます。長い間家を空けていましたので、今日はアリスとユミカと共にゆっくりさせていただきましょう」
「やったあ! ねえねえお義父様。エリクス兄様も誘っていい? エリクス兄様、またご飯食べずにけんきゅうしてたんだよ! きっとお腹空いてると思うの」
オドルスキの言葉に両手を上げて喜んだユミカがそんなことを言う。
我が家の若手文官の悪い癖がまた出ているらしい。
僕の指示で寝るようにはなったけど、今度は食べる時間を惜しんでるのか。
「エリクスめ、まったく仕方のないやつだ。あれほどちゃんと食べて休めと言っているのに」
本当に護呪符の素材提供を制限してやろうか。
身体が資本だということを理解してもらわないと。
「まあ、こればかりは仕方ありませんな。ユミカ、エリクスも連れてきなさい。もし渋るようなら明日は私と二人で訓練だとでも伝えれば言うことを聞くだろう」
オドルスキのマンツーマン指導を選んででも寝食忘れて研究したいとなるとそれはもう止められないが、普通ならあり得ない。
優しい脅迫だこと。
「うん! じゃあエリクス兄様のところに行ってくるね!」
嬉しそうな笑顔でオドルスキの腕から飛び降りると、そのまま走り去っていく。
「ユミカは今日も天使、か」
「ユミカちゃんは毎日天使です。もちろんサクリも天使。二人が誰かの元に嫁ぐ日が来ると思うと、今から涙が出そうになります」
今もうっかり想像してしまったのか、若干目が潤んでいるように見える。
「おやおや。気が早いことだ。ユミカはまだ十になる歳だし、サクリに至ってはまだ生まれたばかりだぞ?」
まあ、僕は贔屓にしている酒蔵にサクリとユミカが結婚した時に、相手となる男と呑むための酒を今からオーダーしているので人のことは言えないんだけど。
もちろん金に糸目をつけず、最高の材料を使うよう依頼している。
サクリの夫と飲む酒は『盗人必殺』、ユミカの夫と飲む酒は『天敵必殺』にすると決めている。
これには酒蔵の主人も苦笑いだったが、ラベルにもこだわるよう指示しているのでいいものが出来上がるだろう。
「わかりますぞ、奥様。私とアリスも、ユミカの花嫁姿を想像して涙ながらに酒を呑むことがありますからな」
「流石にどうかしてると思うぞ?」
何を肴に酒を飲んでるんだ二人とも。
そんなことじゃユミカが結婚するまでに干からびるよ?
「まあ、まだまだ先の話だ。さしあたっては目先の話をしよう」
「ゆっくりされるのではないのですか?」
エイミーちゃんが不安そうな顔をしているが、こればかりはお仕事なので仕方ない。
「それがそうもいかなくてな。レプミア中のゴロツキ達が、名目上僕の配下になっている状態だ。何かがあってからでは遅いので、早急に地均しを行う必要がある」
「なるほど。では、レックス様自ら?」
「いや。流石に僕が動くと目立ちすぎるからな。メアリ、クーデル、そしてリズ達に動いてもらうつもりだ」
皆には再びレプミア全土に散ってもらい、副首領が粉を掛けたゴロツキさん達に改めてご挨拶をしてもらうことになる。
その際に偽の外套は回収。
言うことを聞いてくれない人については、まあ、肉体的なお話になる可能性もある。
「あいよ。ちょっと行ってちょっとお話ししてくりゃいいんだろ? 兄貴の偽物が誰に接触したかもわかってんだ。簡単なお仕事だよ」
頼もしいメアリの言葉にクーデルも頷く。
「リズさん達四人と私とメアリ。計五組で動けばいいのね」
「なんで俺とお前が一組計算だよ。別に動いた方が効率いいだろ」
メアリ御自慢の電光石火のツッコミが炸裂するも、まるで効いていないとばかりに笑みを深めるクーデル。
「メアリ。どうせ負けるんだから無駄は抵抗はやめないか」
勝てないものは勝てない。
違うかい? 兄弟。
「うるっせえよ。早急にっつったのは兄貴だろ? 一日も早く済ませるなら俺とクーデルが別で走った方がいいって」
ふむ、一理ある。
一理あるが、それとこれとは話が別だ。
ああ、僕の中に眠るラスブランの血が騒いでいるな。
風を読んだ結果、このような結論に達した。
「僕は早急になどとは言っていない。そうだな? オドルスキ」
「仰るとおりです」
「いや、真面目にやれよ」
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