第299話 疲労困憊

「疲れたな……。とてつもなく疲れた。ブルヘージュとの小競り合いなど比にならないくらいだ」


 一件落着のあと、宿に戻った僕を襲ったのはとんでもない疲労感だった。

 部屋に入った瞬間に気が抜けてしまい、メアリとオドルスキが見ているにも関わらずソファに沈み込む。

 ちなみに、クーデルはママンの護衛としてラスブラン邸に残ってくれているのでここにはいない。


「あんだけ一方的にぼこぼこにやられる兄貴なんか初めて見たからな」


 ラスブラン侯のマシンガン説教を思い出したのか、メアリは苦い顔だ。


「いや。宰相殿には何度か一方的にやられてるな。エイミーやハメスロットにも。しかし、その時は僕に非があってのことだったからな。今回は、ただただ大貴族の圧というか、迫力に呑まれてしまった」


 お供もつけずに単騎駆けしたり、王太子を城から抜け出させて酒盛りしたりしたことを叱られるのとは訳が違う。

 バッキバキに血走った目の祖父兼大貴族から、『ヘッセリンクの割に甘いんだよ! もっと遠慮せずに暴れてみせろよ!』と理不尽なことを迫られる恐怖。

 

「よくよく考えりゃ、言われる筋合いのねえことばっかだった気がするんだよなあ」


「メアリの言うとおりです、お館様。先々代様への憧れがあるとはいえ、その在り方をお館様に押し付けようなどと」


 そう。

 冷静になって振り返ればいくらでも反論は可能だった。

 父方の祖父が好き過ぎて、僕にもそうなってほしいという強い思いが招いた暴走だったらしいから、放っておいてくれ、僕には僕のやり方がある、でお終いだ。

 それができなかったのはただただ迫力に負けたということだろう。


「ラスブラン侯なりにヘッセリンクのことを考えて動いていただいていたようだから文句ばかりも言えないのだが」


「あの連中がもってる兄貴や俺たちの情報が古かったのも祖父さんの仕業だっていうんだから芸が細かいよな」


 僕が抱いていた違和感。

 副首領の持っている情報のチグハグさについては、ラスブラン侯の操作によるものだつた。

 脅威度Aの魔獣を召喚できることや、家来衆がとんでもない化け物揃いなことを知れば、流石に勝ち目はないと動きを止める可能性がある。

 そこで、ラスブラン侯は自ら副首領に『確かな』情報として僕の召喚獣が組織を襲った時から変わらないこと、家来衆も先代の頃より質が落ちていて与し易いことなどを伝えたらしい。

 少し調べれば真実がわかりそうなものだけど、そもそものヘッセリンクに関する噂がどれもこれも派手すぎて嘘くさいこともあり、副首領はラスブランという大貴族からの情報提供を信じた。


『他にも色々と手管を用意していたんだけど、まさかあんな薄っぺらい情報を鵜呑みにするなんて思いもしなかった。人を口説くと言う一点においては光るものがあったけど、よくあれで暗殺者組織の幹部なんか務めていたものだ』


 ラスブラン侯は笑っていたが、そんな男がNo.2だったんだから、潰される直前の闇蛇が末期状態だったことがわかるというもの。

 そのあとも微に入り細に入り、副首領と元闇蛇の動きをコントロールするように虚実入り混じった助言を繰り返したお祖父ちゃん。

 ちなみに、間違い探しのような偽の外套はラスブランの仕掛けではなく、副首領自ら集めた情報をもとに作られたものでした。

 雑だよ副首領。


「小者でしかない男を暴発はさせないが、動きも止めさせないように扱う。その匙加減を間違えずに、思い通りに事を運んだんだ。流石としか言いようがない」


 結局、副首領はお祖父ちゃんの掌の上で激しく踊らされただけだったわけだ。

 

「カナリア公といい、ラスブラン侯といい、あの世代は化け物揃いですな。そこに、炎狂いたるプラティ・ヘッセリンク様も加わるとなればそれはもう」


「さぞかし時の陛下や宰相は頭を抱えることが多かっただろうな」


 問題児が三人もいたら気が休まらなかったんじゃないだろうか。

 僕の世代は今のところ僕だけが問題児だから、王様や宰相も恵まれているね。


「俺としては元同僚連中をまとめて保護してもらってたようなもんだから祖父さんに文句ばかりも言ってられねえわ」


 見方を変えればそうなるわけだ。

 ある程度仕上がった情報網に加えて、探すつもりだった元闇蛇の人間まで引き渡してもらったとなっては至れり尽くせりと言ってもいい。


「偽物の処遇だけは譲ってくれなかったが……致し方ない」

 

「笑顔で、『直接首を刎ねていくかい?』だとさ。怖過ぎるだろ。いや、兄貴が許してくれたなら俺が責任持ってばっさりやっても良かったんだけど」


 お前も怖いよメアリ。

 そんなこと許す訳ないだろ。

 

「根城で捕らえた元闇蛇のなかで積極的に闇蛇再興に協力していた者についても従弟殿が炙り出してくれた。手段は教えてくれなかったがな」


 たまに顔を覗かせるブラックアヤセを見ると心がざわつく。

 具体的に何をしたのか絶対教えてくれないからなおさらだ。

 

「異常に明るいから全然違うのかと思ったけど、やっぱり似てるよな、アヤセの兄ちゃんと祖父さん。特に何か企んでるような笑い方がさ」


「アヤセ殿も立派なラスブラン、ということですな。幸いあの方はお館様を心から慕っていらっしゃる様子。敵対することはありますまい」


 陽のラスブラン、アヤセ。

 オドルスキの言うとおり、僕がよっぽど間違わない限り味方でいてくれるだろうけど、念のために定期的にオーレナングの特産品、魔獣のお肉を送ることにしよう。

 

「残った連中は、また国都の屋敷においてもらっていいのか? 流石に人が多過ぎる気がするんだけど」


「母上がそれで構わないと仰ったのだから僕から言うことはない。ヘラもそろそろクリスウッドに嫁ぐし、サクリもオーレナングで育てることに決まった。母上のためにも人が多い方がいい。それに、お前達が抑えた二人は戦力として期待が持てるしな」


「全然。今のままじゃ兄貴の期待にゃ応えられねえよ。一回オーレナングに連れて行って爺さんやオド兄にある程度鍛えてもらわなきゃな」


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