第297話 第十楽章〜父と娘〜
「ラスブランが? 利益を追求しない? どうしたのですか父上。流石に耄碌されましたか?」
困惑顔の祖父を超える困惑顔でとんでもなく失礼なことを仰る母。
耄碌という言葉のチョイスには思うところがあるようで、ラスブラン侯も渋い顔だ。
「流石に失礼だと思うよマーシャ。順を追って説明しようか。部屋と軽食の用意を。そこで怖い顔をしている子達も来なさい」
てっきり僕と母上だけかと思ったら、僕がめった打ちに遭っている間、揃って鬼の形相を浮かべていたオドルスキ達にもついてこいと手招きする祖父。
「家来衆もですか?」
これ以上は暴発の危険性もあるので別室待機させておきたいんだけど。
「もちろんだ。真意を伝えたほうがいいだろう? その綺麗な顔をした二人組には特にね」
メアリとクーデルが元闇蛇なことは当然のようにバレているらしい。
いつも思うけど、どこから漏れるんだろうか。
通されたのは会議室などではなく、ラスブランの食堂。
大きなテーブルに軽食、というか朝食が所狭しと並べられていた。
壁際に控えようとする家来衆に、『君たちはレックスの家族だろう? それなら遠慮はいらないよ。さ、座りなさい』と声をかける祖父。
本当に読めない。
切り取る部分で善人にも悪人にも見える。
これがラスブランか。
「さて。どこまで話したかな? ああ、あの男をラスブランに呼び寄せたところだった。これは単純に、好き勝手にうろうろされるよりも私の支配下に置いておいた方が監視がしやすいからだね」
「監視と仰いますが、その実、放置していたのではないですか?」
言葉に棘を含ませるママンと、その程度では痛痒を感じないとばかりに笑顔を崩さないお祖父ちゃん。
温度差がすごい。
「半分当たりだ。まあ、思い切ったことをする予兆が見えたら留まるよう指示くらいはしていたよ」
基本好きにさせておいて、本当に被害が出そうな動きが見えたら抑え込んでたよ、と。
その回答にママンは眉間の皺を一層深くする。
「そんな手間をかけてまで、すぐに教えてくださらなかった理由が全く見えません」
「おやおや。わからないかな? あれほどラスブランらしさを備えていたマーシャもすっかりヘッセリンクに染まってしまったようだ」
ラスブラン侯の全力の煽りを受けて、なぜかママンは満面の笑み。
「それは最高の褒め言葉です」
鋭い皮肉返しが祖父に突き刺さった。
かと思いきや、こちらもなぜか笑みを浮かべたままだ。
「だろうね、褒めたのだから」
褒めてたそうです。
どう聞いても煽りだったろ!?
わからない!!
メアリとオドルスキに視線を走らせると、二人も激しく首を振っている。
だよね?
クーデルだけは憧れの目でママンを見ているがあの子はまあいいや。
「すぐに教えなかったのは、あの男はもう少し裏街への影響を強めることができると踏んだからさ。ヘッセリンクに復讐なんて救いようのない夢想家だが、元闇蛇の副首領という肩書きは伊達じゃなかった。おかげで今やレプミアにある裏街の大半はレックス・ヘッセリンクの息がかかった状態にある」
「あら、まるで収穫時期まで待っていたかのような物言いですね?」
「とても的確な表現だねマーシャ。そのとおり。裏街、なんていうといい印象はないだろうが、そこに住む人間の情報は馬鹿にならない。しかも、基本的には疎まれている存在だから、その土地を治める貴族も放っておいていることが多い。これは使えるのではないかと思ったよ」
闇蛇の元副首領が、組織再興を夢見て丹精こめて育てたレプミア全土を網羅する裏街ネットワーク。
それを成長し切るまで待って、収穫時期になった途端乗っ取るつもりらしい。
大貴族怖い。
「だからと言ってレックス殿の名前を騙る痴れ者を泳がせるとは」
「ゆくゆくはレックスの下に組み込まれるんだ。偽物とはいえ、その方が都合がいいじゃないか」
……乗っ取るのは僕らしいです。
情報網の整備に乗り出したらしい僕の動きを察知したラスブラン侯。
せっかく偽物がヘッセリンクの名前でそれらしいものを作っているんだし、邪魔になるものでもないのだから然るべきタイミングで奪って我が家に渡すつもりだった、というのが祖父の言い分だ。
本当かどうかはわからないけど、嘘と証明する術もない。
それはママンも同じようで、正しく苦虫を噛み潰したような顔をしている。
ヘッセリンク側からの異論がないことを確認したラスブラン侯はほんの一瞬表情を緩めると、ここからは助言と苦言だ、と呟いて話を進める。
「情報網を整備するために闇蛇の人材を探す。そこまではいい。ただ、そこからの動きがあまりにも遅い。大方、ヘッセリンクを恐れる周囲に配慮して秘密裏に動こうと思ってのことだろうけど」
「その通りです。我が家もいつまでも狂人ではいられないと」
僕の回答に、理解できないと言わんばかりに首を振る祖父。
いやいや、貴方とママンのやりとりより遥かにわかりやすいでしょう?
「それが間違いだと言っているんだ。なぜ家の特徴を捨てようとするのか。存在意義を薄める理由はなんだい?」
「父上に狂人として周りから恐れられる悲しみはわからないでしょう」
母上の真顔でのフォローに唇の端を歪めるラスブラン侯。
あー、この顔僕もよくやるけどこんな風に見えるのか。
これは腹が立つ。
今度また使おう。
「その恐れすら利用して散々利益を得てきたのがヘッセリンクだろうに。今更それを捨てたところでなんになるというのか。隠したところで闇蛇を集めていることなんかすぐにバレただろう? 慣れないことをせず、『ヘッセリンクは情報網の整備に乗り出したぞ!! 標的は元闇蛇の人間だ!!』と正直に叫べばよかったんだ」
めちゃくちゃ言うな母方の祖父よ。
そんなことしたらヘッセリンクの評判がとんでもなく下がるでしょうが!
僕の抗議するような視線の意味に気付いたのか、肩をすくめるラスブラン侯。
「賭けてもいいが、そんなことでヘッセリンクの評判は悪くならないよ。なぜといって、間違いなく今が下限だからね」
これ以上下がらないんだからもっと派手にやれよ、と。
本当に無茶を言う。
「意外でした。普通はヘッセリンクらしさを抑えてヤンチャを控えろと言われそうなものなのですが。ラスブラン侯からもっと暴れていいとお言葉をいただくなんて」
ラスブラン侯が、カナリア公なんか目じゃないくらいヘッセリンクらしく暴れろと煽ってくるのがどうも解せない。
僕の質問に答えたのはなぜなママンだった。
なぜか、満面の、どちらかというと邪悪な笑みを浮かべている。
「いい質問ですレックス殿。その答えは、このクソジジイの憧れの人が貴方の父方の祖父、プラティ・ヘッセリンクだからです」
ちょっと意味がわからない。
ヘッセリンクのお祖父ちゃんに憧れるのと派手に暴れるよう煽ってくるのにどんな関係があるのか。
そう思ってラスブラン侯に目を向けると、なぜか今日一番の不機嫌顔だ。
「別に、私は彼のことは好きでも嫌いでもないさ。ただ世話になったことは否定しないよ」
先ほどまでと違い、ぶっきらぼうに吐き捨てるような物言いのラスブラン侯。
明らかに触れられたくない様子だけど、ママンは攻め時だと踏んだのか手を緩めない。
「いいえ、嘘です。レックス殿に求めるものが、明らかにプラティ・ヘッセリンクだったらそうするという水準ですもの。父上がお義父様に憧れているのは存じ上げておりますが、それを若い世代に押し付けるのはおやめください」
「だからそれは違うと」
「この侯爵様は、レックス殿に炎狂いのように強く、何者にも屈さず、煙たがられることを鼻で笑うようなヘッセリンクになってもらいたいのでしょう」
「はあ、それほどの方だったのですか。ヘッセリンクのお祖父様は」
そう訊ねると目を瞑り、観念したようにゆっくりと語り出すお祖父ちゃん。
「……、ああ。あの男は凄かったよ。同じ時代を生きた貴族の大半が彼を蛇蝎の如く忌み嫌っていたが、私やカナリアのクソガキなんかは可愛がってもらった口でね。身体的にも精神的にも向かう所敵なし。キッカケさえあれば王族すら燃やしかねない危険な男だった」
「絶対真似をしたくないのですが」
どんな危険人物だ。
すごく気になるけど若くして亡くなってるらしいから、会えないのが惜しい。
ラスブラン侯にボッコボコにされた僕を見たら何を言われるのだろうか。
しっかりしろよ若造、くらいは言われるかもしれないな。
「気にする必要はありませんよ。貴方は貴方らしいヘッセリンクの形を見つければいいのです」
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