第295話 第八楽章〜得体の知れぬ恐怖〜
暴漢達をアヤセに任せた後、マジュラスに確認してもらい比較的近くにいたメアリとクーデルと合流すると、黒装束の人物二名を加えた四人組になっていた。
いや、理由は知ってる。
拘束されてた世話役の男性から聞いた話だと、彼らの中では戦闘に特化した男の子と女の子が無謀にもメアリとクーデルに挑み、案の定惨敗したらしい。
ではなぜ僕が踏み込んだ時にその子達がいなかったのかというと、二人が無理やり連れ出したからなんだとか。
世話役から、涙ながらに二人を助けてくれと頭を下げられた身にもなってくれ。
なんで僕が悪者扱いされなければならないのだろうとモヤモヤしたのは秘密だ。
連れてきてしまったものは仕方ないし、今更返してきなさいとも言えないので五人でオドルスキの移動している方向へ向かうことにした。
メアリが僕のことを紹介すると、目に見えて動きが硬くなったけど、ユミカ用の高級飴玉を与えることで優しいお兄さんアピールに成功する。
……多分成功したはず。
気を取り直してオドルスキの行方を尋ねたところ、マジュラス曰く、オドルスキともう一人が少しだけ戦闘のような動きを見せた後、オドルスキ以外の人間が物凄い速さで移動を開始したらしい。
相手は逃げ出したという闇蛇の副首領だろう。
まさかオドルスキに単身で挑んだのか?
薄々勘付いてたけど、相手が持ってる情報が古すぎたり正確性を欠き過ぎて気持ち悪いんだよなあ。
僕の召喚獣がヘッセリンクの悪魔Ⅰのときのままだったり、外套の色が若干違ったり、オドルスキの実力を過小評価してたり。
ただただ夢見がちな小悪党ならそれに越したことはないんだけど。
しかしオドルスキに追いついた時、そんなことを考えていた僕こそ甘い夢を見ていたことを思い知らされる。
「ここに戻ってくるわけか……。勘弁してほしいものだな」
辿り着いたのは、ラスブラン侯爵家の屋敷。
誰かの別宅なんかではなく、昼に訪れた祖父達の住む本宅。
控えめに言っても最悪だ。
屋敷の前に佇んでいたオドルスキが僕達に気付いて振り返る。
流石に一人では踏み込めなかったか。
「お館様! お早いご到着で。メアリとクーデルもご苦労だった。首尾は?」
「ああ、ばっちり。一人残らず転がしておいた。アヤセの兄ちゃんが面倒見てくれてるってさ。あ、こいつらは気にしないでくれよ。ただの現場見学だから」
なんの現場を見学させる気だとか、いきなりシチュエーションがヘビー過ぎるだろうとか、言いたいことはあるがそれどころじゃないので置いておこう。
オドルスキ、二人が怯えてるから強い視線はやめてあげなさい。
怖くないよ、ほら、飴玉もう一つあげるからね?
「それで? お前の方はどうなんだオドルスキ」
「はっ。根城から逃げ出した男がお館様の名を騙っていたという言質を得ました。その後刃を抜かれたので応戦したのですが、一当てしただけで逃走。後を追った結果、こちらに逃げ込むのを確認しております」
やっぱり敵はラスブランと繋がっていた、か。
叔父対甥?
祖父対孫?
まさか従兄弟対決なんてことにはならないよね?
「なあメアリ。なぜ僕のささやかな願いはことごとく神に届かないのだろうな」
「あ? 単純に嫌われてんじゃねえの?」
メアリの冷たい回答に反論したかったけど、最近僕もそう思わなくもないので反論のしようがない。
神様、僕が何をしたというのでしょうか。
【事あるごとに頬を張り飛ばすなどと発言されているからではないかと愚考いたします】
心が狭いよ神様。
まあ、起きてしまったからには仕方ない。
敷地に入ると、当然夜警の兵士に止められたが、名乗って外套を見せると驚愕の表情を浮かべて建物の中に走り去った。
「どうするつもりだよ兄貴」
「どうするもこうするも。正直に話して賊を引き渡してもらうだけだ」
「上手くいけばいいけどな」
ここまできたらこれ以上の面倒が起きないことを改めて神に祈るだけだよ。
もう二度と頬を張り飛ばすとか言わないのでどうか大人しく偽物を引き渡してもらえますように。
いるかいないかわからない神様にそんな空手形を切りながら待っていると、ラスブラン侯爵自らが護衛を引き連れてエントランスまでやってきた。
寝ぼけた感じなど一切なく、昼間会った時と変わらずシャンとしている。
「おやおや、レックス。昨日の今日、というか、体感的には今日の今日か。こんなにすぐに訪ねてくるとは思っていなかったよ」
相変わらず柔らかな笑顔と口調で語りかけてくるお祖父ちゃん。
敵対的な態度は一切見せない。
これで闇蛇と繋がってたら本当に怖いよ。
「お祖父様。こんな時間に申し訳ございません。お耳に入れたいことがございます」
「ああ。お前の名を騙る愚か者のことだろう?」
一切悪びれた風もなく、まるで朝ごはんのメニューを聞かれて答えるような気軽さでそんなことを言う母方の祖父。
くそっ!
やっぱり知ってた!
神よ!
いつかお前の両頬を首がもげる勢いで張り飛ばすから覚えておけ!!
「どこまでご存知なのですか?」
「それは簡単に教えてあげられないな。ただの祖父と孫ならいいが、ラスブラン侯爵とヘッセリンク伯爵としての立場がある。手札は然るべき時まで伏せておかなければ」
僕の質問に笑みを深めながらも明確な回答は返してくれない。
が、これはもう全部知っているということでいいんだろうな。
「先ほどまでの一連の流れもご存知なのでしょうね。確か監視はつけないと仰っていたように記憶しているのですが」
「あっはっは! そんなの嘘に決まってるじゃないかレックス!」
まさか信じてたの? とでも言いたげに腹を抱えて爆笑するグランパ。
まじか、この爺さん思ったよりやばい人だぞ。
一頻り笑って気が済んだのか、涙を拭いながら僕の肩をポンと叩く。
「お前のヤンチャな面は祖父としても貴族としても理解しているから、しっかりと監視は付けさせてもらったよ。まあ、気付いていただろうけどね」
マジュラスがいなきゃ気づかなかったです。
しかし、握手した手で頬を張る、ね。
そこまで大袈裟じゃないにしてもその片鱗を見たな。
フィジカル系のおじさま方に慣れすぎててこの手のタイプへの対応方法がわからない。
正攻法でいくしかないか。
「では、先ほどここに男が一人逃げ込んだはずです。引き渡していただけないでしょうか?」
「さてね。私も歳だ。誰のことを言っているのかな?」
この、隠す気ないけど一応とぼけましたみたいな態度。
わかるよ。
ただの煽りだって。
僕もやるからね、大丈夫、苛立ったりしてませんとも。
落ち着いて話を引き出さないと。
「お祖父様」
「レックス。祖父としての助言だが、煽られたと自覚した時点でいくらか頭に血が上るものだ。その時は、ゆっくりと息を吸って吐くといい。条件反射で言葉を紡ぐと、利益を取り逃がすよ?」
何が風見鶏だ。
そんな可愛もんじゃないだろこの爺さん。
得体の知れない恐怖を感じながら返す言葉を探していると、それまで纏っていた不気味さを綺麗さっぱり霧散させて微笑みかけてくる。
「とまあ、意地悪はここまでにしよう。さあ、罪人を連れてきなさい」
ラスブラン侯の命令を受けて、あっさりと偽物らしい男が玄関の奥から連れて来られる。
うん。
隣領のチンピラ君が言っていたとおり細身の魔法使い風だが、頬に酷いあざができている。
「ひどい傷だ。なんということを」
失敗して逃げ込んできたからってそこまでしなくてもいいじゃないか。
ラスブラン侯爵に抗議の視線を向けるとなぜか呆れたような顔のお爺ちゃん。
「それについてはお前の家来衆の聖騎士に殴られてできたものだから私を責められても困るね」
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