第294話 幕間〜炎狂いと狂った風見鶏〜
※《作者よりお知らせ》
本日は、二話更新です。前話、第293話もぜひご覧ください!
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あれはまだ四十路を少し越えたばかりの新緑が爽やかな季節だったと思う。
屋敷に届いた封書には、積み上げられた金塊という悪趣味の権化のような印がしてある。
まあ、我が家の足輪がついた鳥の印も皮肉が効きすぎて悪趣味だとは思うけど、このヘッセリンクがいてくれるだけで我が家がまともに見てもらえるのだから感謝が止まらないというものだ。
文の内容は、すぐに国都に来いというもの。
相変わらず自分本位の物言いだと呆れながらも、すぐに動けと訴えかけてくるラスブランの本能に従い翌日には国都に旅立った。
面談に指定されたのは国都にある貴族御用達の高級料理店。
の看板を提げている割には臓物の煮込みや酒精の強さだけを追い求めたような酒を出す、高級店の皮を被ったなんとも大衆的な店だ。
私が店に着くと、呼び出した張本人は既に一杯やっているところだった。
「やあ、ご無沙汰だね。急に国都に来いだなんて相変わらず強引なことだ。そういうところだよ? 貴方が好かれないのは」
「大きなお世話ですよ。ヘッセリンクもラスブランも十貴院の鼻つまみ者でしょう」
私の皮肉を鼻で笑うのは、プラティ・ヘッセリンク。
『炎狂い』の名で知られる、ヘッセリンク伯爵にして護国卿という国を代表する重鎮貴族。
誰にでもこの語り口なのでわかりづらいが、歳は彼の方が一つ上だ。
「違いないね。私としては真面目に家の色に染まっているだけなのだけど、これがなかなか難しい。最近思うんだ。もしかしたら父や祖父は思いのほか小物だったのかもしれない、ってさ」
ラスブランとはこうあるべき、と育てられてきた私としてはそのとおりに振る舞っているつもりなのだけど、父や祖父がやり過ぎだと言ってくるたびに、この程度でガタついてどうするのかと思うことが多くなってきている。
「君の祖父のことはよく知りませんが、お父様ははっきり小物でしたよ? 格付けしたがる割には家格しか誇れないところがなんとも」
人の父親を小物認定しながらせせら笑う炎狂い。
「自分で言うのはいいが、他人に言われるのはなんだか嫌だな」
「我儘ですね相変わらず。まあいい。君は派閥だなんだで忙しいでしょうから手短に。君、お嬢さんがいましたよね? 未婚の」
娘?
なんの話だろうか。
この男のことなので、またバカな真似をしている貴族を見つけたから、その貴族の後ろ暗い情報を渡せなどと言ってくるのだろうと予想していたのに、思い切り肩透かしを食った感じだ。
「ああ、いるよ。マーシャと言ってね。自慢の娘さ。小さい頃からこれは素晴らしいラスブランになるぞと期待していたんだ」
「おや、過去形ですか?」
「ん、いや。どうも我が家のあり方に疑問を待っているみたいでね。あの子の目に、ラスブランのやり方は不正義に映るらしい」
父や祖父に言われるのはいいが、娘にやり過ぎを指摘されるのは辛いところだ。
まあ、だからといってこの生き方をやめるわけにはいかない。
娘との溝を埋めるのはとっくに諦めている。
「握手した翌日に同じ手で頬を張り、またその翌日にはその手で肩を抱く。まあ、正義とは言い難いでしょう」
最終的には肩を抱くのだからいいのではないかと思うのだが、これだからラスブランは、と呆れたような表情の炎狂い。
ヘッセリンクには言われたくないと思った私を誰が責められるだろうか。
「表面上は、ね。まあ、跡取りでもないから裏の裏まで読めとは言わないが、父親としては悲しくなるものさ」
「落ち込んでいるところ申し訳ないですが、話を続けますよ? 私に息子がいるのは知っていますね?」
娘がいるか確認されて、息子がいる事を知っているか念を押される。
なるほど、そういうことか。
「もちろん。ジーカス・ヘッセリンク。『無言槍』だったかな? 余計なことを語らず槍一本でただひたすらに魔獣を屠り続けるヘッセリンクの最新作」
ヘッセリンクにしては大人しいが、父や祖父のような特殊な技術ではなく、その身体一つ、槍一本で魔獣を屠る姿が、歴代のヘッセリンクとは一味違う恐怖を与えると噂の次期ヘッセリンク伯爵。
そう言うと、炎狂いは嫌そうに首を振る。
「そんなにかっこいいものではありません。ただ口下手なだけなのに周りがそれを勘違いしてるだけです。それでそのジーカスなんですがね? 女っ気がなくて困っているのですよ」
十貴院所属の伯爵が十貴院所属の侯爵に行う相談ではないが、私達世代で女性の問題を解決したいなら、選択肢は一つだ。
「国軍にでも放り込んだらどうだい? 暴れん坊ロニーのとこにでも送ったら手解きしてくれると思うよ? あいつは学生時代から君のことが大好きだからね」
カナリア公爵家のロニー・カナリア。
歳は私の一つ下だが、小生意気なクソガキで、私との相性はすこぶる悪い。
が、女性問題解決の手腕においてはやつ以上に頼れる男がいないのも事実。
野犬のような男がなぜかこの炎狂いには懐いていたので、その息子のことなら喜んで力を貸すだろう。
「女好きにしたいわけじゃないんですよ。ロニー君に任せたらヘッセリンクの血を引く子供が国中で生まれかねませんよ?」
思わず口に含んだ酒を吹き出しそうになった。
レプミア的には悲劇だが、個人的にはこれ以上ないほどの喜劇だ。
「それはいいや! レプミア総ヘッセリンク化計画! みんな狂人ならそれはもう一般的ということだね。それで? 君のとこの息子とうちの娘に見合いでもさせたいと。そういうことかな?」
「話が早いのか遅いのかはっきりしてくださいな。まあ、そういうことです。ラスブランとヘッセリンクの婚姻。楽しいことになると思いませんか?」
ふむ。
いいね、確かに楽しそうだ。
「個人的には大賛成だよ。ヘッセリンクとラスブラン。嫌われ者同士が結び付いたら、反転して人気者が生まれるかもしれないね」
「個人的には、ですか。では、ラスブラン的には反対、と」
「いや、消極的賛成かな。派閥や親戚連中がうるさいだろうなあと。まあ、最終的には私なら何か考えがあるんだろうといい方に勘繰ってくれるだろうからね」
気持ち悪いことこの上ないが、最終的に結果を出せば過程など関係ない。
それがラスブランというものらしい。
もう一度言おう。
気持ち悪いことこの上ない。
「嫌な男ですね君は」
「貴方にだけは、本当に貴方にだけは言われたくない。現在のレプミア貴族で嫌な男の順位をつけたら一位が貴方で僅差の二位が私のはずさ」
本当は大差でと言いたいところだが、悲しいかな自分が好かれていないことも自覚しているので、僅差という表現に落ち着いた。
「僅差だと自覚してるところがまたいやらしいんですよ、昔から」
そう言いながらもこの男は定期的に私を誘って飲み明かすのだから嫌われてはいないのだろう。
「話を戻すよ? 総合的に考えて、君のとこのジーカスとうちのマーシャの見合いには利益がたくさんありそうだから賛成。だけど、上手くいくかどうかは二人の相性次第だ。無理強いしてこれ以上娘に嫌われたくないからね」
これは本音だ。
積極的に娘に嫌われたい父親などいない。
貴族の当主などという因果な商売をしていなければ子供達を甘やかしたいと思う程度には人間らしさは失っていない、はず。
「結構です。愚息には全力で口説くよう伝えておきます」
私の返答に満足そうに頷く炎狂い。
口下手なジーカス・ヘッセリンクがどのようにあの子を口説くのか見ものだ。
「ああ、聞き忘れていたけど、なぜマーシャなんだい? 私の娘だから、というわけではないんだろう?」
「目」
「め?」
「目が良かった。あの目は、きっとヘッセリンクにぴったりだと、そう思ったんです」
どこかの夜会で偶然私が連れているマーシャを見かけたらしい。
しかし、なんとも抽象的で要領を得ない理由だ。
「まあ、確かに可愛い顔をしているけど、そこまで特徴的かな?」
「そういう意味ではないんですが、まあそういうことです。では詳しい日程はそちらに任せます。私はオーレナングに戻るので文を送ってください」
用は済んだとばかりに席を立つ炎狂い。
おそらく明日の朝にはオーレナングに向かって旅立ち、魔獣討伐の日々に戻るつもりなのでしょう。
しかし、それはあまりにも時間がかかりすぎて効率が悪い。
それに、私のラスブランの本能が、再びこの機を逃すなと激しく警鐘を鳴らしている。
「いや、今から二人を国都に呼ぼう。可能な限り迅速に。一秒たりとも時間を無駄にせず事を運びたい」
「はっ、風見鶏の本領発揮ですか? これは縁起がいい。では、屋敷にいますからそちらに連絡を。ああ、酒席の誘いも大歓迎ですよ?」
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