第293話 第七楽章〜練習の成果〜 ※主人公視点外

 偽物と見られる男は、見た感じ文官のような細身だったがなかなかどうして。

 深夜の闇をものともせずかなりの速度で走り続ける身体能力は、流石は闇蛇の大幹部と言ったところか。

 そんなふうに感心しながら追跡を続けていると、道が複数交わる比較的開けた場所でおもむろに足を止めた。

 こちらを振り向いた顔に焦りはなく、余裕すら感じる笑みを浮かべているように見える。


「なんだ、鬼ごっこは終わりか?」


「聖騎士オドルスキだろ? あんたみたいなバケモン引き連れてちゃ気が気じゃねえからな。余計な労力使いたくねえから逃げてたが、やめだ」


 声から緊張や動揺が感じられないところをみると、虚勢を張っているというわけではなさそうだ。

 私が誰か知ったうえでこの対応ができるということは、余程腕に自信があるのか、なにか奥の手があるのか、ただの阿呆か。


「ほう。確認するが、それは投降するという意味ではないのだな?」


「誰が投降するかよ。あの日以来、俺が地下に潜ってどれだけ手間暇かけて地均ししてきたと思ってんだ」


 落ち着いている、という評価は撤回せざるを得ない。

 私の言葉を受けた男は目を大きく見開き、わなわなと震えながら暗闇の中で憎々しげに声を上げる。


「レックス・ヘッセリンクがやってきたあの日! 命からがら逃げ出すしかなかったあの日! 栄光ある闇蛇が跡形もなく潰されたあの日い! 俺は誓った! どんな手段をつかってでも、絶対にもう一度闇蛇を復活させるってな!」


 狂気を宿した目でこちらを睨みつけてくる男。

 夜の闇の中でもその瞳だけはギラギラと怪しい光を灯していて、どこか異様な雰囲気を醸し出している。


「レックス・ヘッセリンクの名前は国中のはみ出しものによーく効いたぜ? 『護国卿』? 馬鹿言うな、やつらには『狂人』のほうが響くに決まってんだろうがよ」


 確かに。

 二つ名の印象からすれば、チンピラやゴロつきはお館様が自分達寄りだと共感しやすいのかもしれないな。

 

「組織作るにゃ人が必要だ。まともな奴は引っかかるわけねえんだが、頭のねえ腕自慢共は、あのレックス・ヘッセリンクから声がかかったって、そりゃあ大喜びさ。いまや国中ほとんどの裏街がレックス・ヘッセリンクの傘下よ」


 ひっひっひ、と下品な笑いを漏らす男。

 人材の質は度外視で量を確保するための策か。

 しかし、流石はお館様。

 名前だけで国中の裏街をまとめ上げることが可能とは。

 これは奥様に教えて差し上げねば。

 

「あとは、万一のときゃレックス・ヘッセリンクに全部おっ被せることができるのも都合がいいわけさ。馬鹿共が調子に乗ってなんかやらかしたところで、なにもかもレックス・ヘッセリンクが悪いってなもんだ。いかにもやりそうだと思ってもらえるだろ?」


 なんとも否定しづらい問いかけだ。

『レックス・ヘッセリンクが国中の裏街を締め上げて傘下に収めようとしている』。

 これを聞いた大半の人間は、そんな馬鹿な! ではなく、ヘッセリンクならやりそうだ、と思うだろう。

 ヘッセリンクとはなんとも因果な家だ。


「まあ、後ろ盾もありゃあするが、あんま近付くなって言われてるんでな。だせえまとめ方すると、レックス・ヘッセリンクへの復讐を兼ねて利用してるってわけよ」


 男が自慢げな表情で説明を終えた。

 人を集められて、万一の時は隠れ蓑にできて、復讐もできる。

 男にとってはいいことだらけ、といったところだ。

 が、そんなことは諸々どうでもいい。


「つまり、貴様がレックス・ヘッセリンク伯爵の名を騙る罪人ということで間違いないということだ」


 大切なことはその一点のみだ。

 ぺらぺらとお館様の名前を騙った理由を述べてくれたが、私としてはそんなことはどうでもいい。

 この男は、私の敬愛するレックス・ヘッセリンク伯爵の名を騙った。

 そのこと自体が許されざる愚行であり、そこに至った経緯など聞く価値もない。

 それを聞いたところで、この痴れ者の罪が軽くなることなどあり得ないのだから。


「おいおい、せっかく冥土の土産にはなしてやったってのに感想が淡白過ぎるだろ」


 私の反応が気に入らなかったのか、興を削がれたと言うように眉間に皺を寄せる男。

 冥土の土産とは楽しいことを言う。

 まさか、ここで私の命を狙おうというのだろうか。

 ちょうどいい。

 練習の成果を試してみるとしよう。


「いや。あの闇蛇の幹部だと聞いてどんな大人物なのかと少し期待していたのだが、人の名を騙って得た成果で悦に入る策士気取りの小物だったのでな」


「あ!? なんだとこら……」


 私の投げ掛けた言葉は、男の自尊心を刺激することに成功したらしい。

 それまで余裕すら見せていた男の声に険が籠り、重心が前に乗るのがわかった。

 

「ああ、すまない。突かれたくない部分だったか。夜の闇でもわかるほど顔を真っ赤にするほど怒るとは思わなかった」


 ブルヘージュとの小競り合いでは上手く相手を煽ることができず皆に笑われた私だが、それではいけないと一生懸命練習した成果が表れたことに、ついつい頬が緩みそうになる。

 お館様の所作や言動をよく覚えているメアリに付き合ってもらったのが良かったのかもしれない。

 練習する姿を見たユミカにもお館様そっくりだと言ってもらえるまでに成長した。

 やればできるじゃないかオドルスキよ。

 

「まあ、なんにせよ貴様のくだらん妄想も今日で終わりだ。冥土の土産に、本物のヘッセリンクがどんなものかを教えてやろう」


………

……


※《作者よりお知らせ》

本日は、二話更新です。12:00更新予定の次話もぜひご覧ください!

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