第292話 第六楽章〜先輩と後輩〜 ※主人公視点外

 偽物の根城に踏み込んだ私達は、懐かしい顔と再会した。

 闇蛇の元副首領。

 小柄で痩せた顔色の悪い男で、名前は……、なんだったかしら。

 もしかしたら教えられていなかったのかもしれないわね。

 教えられていても遠い昔のことすぎて忘れているのかも。

 まあ、それは置いておいて。

 元副首領は流石に私達のことを覚えていたみたい。

 薄ら笑いを浮かべながら戻ってこいだとか、闇蛇を復活させるための準備をしているだとか調子のいいことを言っていたわ。

 この様子だと、私達が来ることを知っていたみたいね。

 独自の情報網?

 それとも、やっぱりラスブランと繋がってる?

 いえ、そんなことは捕まえてから聞けばいい。

 短いやり取りで私達に協力する意思がないことを悟ったのか、男は意外な行動に出る。

 余裕綽々の態度から一転。

 逃げ出したわ。

 へー、あそこに隠し扉があるのね。

 

「あーあ。めんどくせえなあ。オド兄。頼んでいいか?」

 

 メアリが頭をかきながら気怠げに言う。

 そんな彼に、オドルスキさんは意外そうに首を捻った。


「構わないが、お前はそれでいいのか? 逃げた男と決着をつけたいのではないか?」


「そんなんで逃したら元も子もねえから。さっさと追ってとっ捕まえといてくれよ。オド兄も、ちゃんと腹立ててるんだろ?」


 私達も偽物騒動に怒っているけど、それは他の家来衆も同じ。

 特にジャンジャックさんとオドルスキさんの二人は静かに、でも深く怒っているわ。


「当たり前だ。お館様の名を騙る不届き者など、抹殺するほかない」


 ほらね?

 眉間に皺を寄せながら奥歯をギリギリいわせてるとこなんて、怒りなんて表現じゃ生ぬるいんじゃないかと思うほど。

 アリスさんは、その厳しい表情が渋くてたまらないとか言ってるけど、とても理解できない。


「捕まえるだけな!? まあ、とにかく追ってくれ。俺達はこっち片してから合流すっから」


 オドルスキさんはメアリの言葉に軽く頷くと、体格に似合わない軽やかな足取りで元副首領が逃げた隠し扉の向こうに消えていった。

 元副首領は気づいてるかしら。

 この鬼ごっこの鬼は、本当の鬼よ?


「おい、隠れてねえで出てこいや。ヘッタクソな気配の消し方しやがって」


 二人きりになった家の中。

 メアリが宙を睨みながらイライラしたようにそう言うと、天井から一人、壁の中から一人。

 小柄な影が刃物片手に飛び出してきた。

 あらあら、子供じゃない。

 可愛い顔をした男の子と女の子。

 二人は目線を交わしながら、年齢にしては様になっている足運びでメアリに迫る。

 

「舐めんなクソガキがっ!!」


 時間差で間合いに入る動きなんてなかなかだと思うのだけど、もちろんメアリには通用しないわよね。

 苛立ち混じりに一喝しながら軽々と二人をいなすと、同時に床に転がしてみせた。

 あら、あれは私とメアリがクリスウッド領で運命の再会を果たした時、不幸な行き違いで斬り合いになった私達を止めるためにジャンジャックさんが使った技じゃない。

 こんなとこで二人だけの思い出を披露するなんて。

 もう、可愛い。


「ダメよメアリ。その子達は私達の後輩かもしれないのにそんなに厳しくしちゃ。可哀想じゃない」

 

「むしろ甘やかすんじゃねえよ。今のところこいつら、明確に兄貴の敵だぞ?」


「そういう意味では、相変わらず駒を作るのが上手みたいね。こんな子供達を手元に置いて技術を仕込んでるなんて」


 今の動きを見ればわかるわ。

 この子達、私達が子供の頃に教えられたものと同じ動きを叩き込まれてる。

 しかも、かなり筋がいい。

 ヘッセリンクで鍛えたら、とてもいい戦力になりそうね。


「感心してる場合か、胸糞わりい!」


 メアリは相変わらず優しい。

 明確な敵、なんて言いながらこの子達の身の上を思って怒っているのね。

 

「不幸中の幸いはまだこの子達が現場に出ていなさそうということかしら。まだ引き返せるわ」


 素人臭さというか、動きのぎこちなさを見ればまだ仕事をしたことがないというのは明らか。

 今の段階で見つけてあげられてよかった。


「……そりゃそうかもしれねえけど。くそっ! よりによってあのクソ野郎に育てられてるガキどもがいるなんて」


「仕方ないわ。あの頃の私達なんて、自分すら助けることができなかったんだから。前を向きなさい、メアリ。あの時助けられなかったのは事実。でも、今回すんでのところで助けることができたことも事実よ」


 あの頃の自分にもっと力があったら、なんて傲慢ね。

 メアリはヘッセリンクに、私はアデルおばさん達にそれぞれ助けられて今があるの。

 なら、この子達は?

 私達が助けてあげればいい。

 

「まだ助けられるかどうかわかんねえけどな。見てみろよあの目。昔の誰かさんみたいな目えしてやがるぜ?」


 ガラス玉みたいに透き通っているのに、憎しみを満ち溢れさせているあの目。

 懐かしいわ。


「本当ね。小さい頃のメアリそっくり。生意気だけど寂しがり屋さんで、よく私のベッドに潜り込んできてたあの頃のメアリに」


 お姉ちゃん、一緒に寝ていい? って不安げに聞いてくるメアリなんて可愛過ぎて頷く以外の選択肢ないじゃない。

 もちろん、今でも一緒に寝るのは問題ないわよ?


「やる気満々の後輩が見てる前で緊張感とかねえのかな」


「おかしなことを言うのねメアリったら。この程度でヘッセリンクに勝てると勘違いしている夢見がちな子供相手に、緊張なんてするわけないじゃない」


 助けてあげるべき可愛い後輩ではあるけど、現状の戦力は脅威度Dの魔獣以下。

 緊張しろというほうが無理でしょう。

 

「怖っ」


「深い眠りについたお姫様の目を覚ますには、王子様の口づけか頬への張り手と相場が決まっているのだけど。王子様の口づけは私のものだから張り手でいいわね?」


 この二人に言うことを聞かせるには私達が自分より格上だとわからせる必要がある。

 履き違えた自信を持った子供相手には、どちらが上かわからせればいい。

 私もヘッセリンクで嫌というほど体験したわ。


「どんな理論だよ! と言いてえとこだが、この場で一番適切で効果的だと認めざるを得ない」


「いきなり二人張り倒したメアリが言うと説得力があるわね」


「後輩指導は先輩の役目だろ? 心配するなお前ら。俺についてくりゃ悪いようにはしねえ。改めて、俺はメアリ。元闇蛇所属のケチな暗殺者だ。知ってるみてえだが、今はヘッセリンク伯爵の家来衆やってる」


「クーデルよ。私もメアリと同じ。ヘッセリンク伯爵様に師事して、愛とは何かを追い求めているわ。それとメアリの妻よ」


 これは大事なことだから強調しておかないと。

 なんせ二人のうち一人は可愛い顔の女の子だもの。

 女の子は好きだけど、メアリを好きになられたら困ってしまうわ。


「だから、その手の嘘はややこしいからやめろって!」


 可愛い。

 メアリが大きな声を出す時は照れ隠しだって、伯爵様が教えてくれたの。


「メアリは照れてるだけだから気にしなくていいわ。さあ、かかっていらっしゃい。先手は譲ってあげる。初めから本気で来なさいな。あとで、あれは本気じゃなかったなんて言い訳、私たちの世界では通用しないわよ?」



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