第291話 第五楽章〜追跡開始〜

 アヤセ直属と思われるラスブランの人間がやってきて暴漢を拘束して荷車で運んでいく。

 当面はラスブランの屋敷ではなく、アヤセ個人が持つ別宅に押し込めておいてくれるとのこと。

 礼を告げて別れようとすると、アヤセが笑顔で首を振る。

 ついてくるということらしい。


「本気か、従弟殿。相手はレプミアの裏側を長年彩ってきた暗殺者組織だぞ? 万が一のことがあったらお祖父様や叔父上に申し訳が立たないのだが」


「レプミアの裏側を彩るとは詩的ですね。となれば、ヘッセリンクはレプミアの表を極彩色に塗り替えてきた貴族でしょう」


 極彩色って。

 派手でけばけばしいとか、そんな意味だよね?


「あまりいい印象ではないな」


「まあ、私や同輩達など一部の熱狂的な支持者を除けばヘッセリンクを敬遠しがちなのは間違いありません」


「熱狂的な支持者、か」


 頼むから一番熱狂的なのがアヤセでありますように。

 この熱量と同等のヘッセリンク大好きっ子が複数いるとなると、それはそれで心配になる。

 この国の未来は大丈夫ですか? と。


「一度席を設けて話を聞いてみたいものだな」


 今のうちに主要なメンバーとは顔を合わせておいて、暴走しないよう直接言い含めておかないといけないだろう。

 そんな僕の心の内を知らないアヤセは僕とヘッセリンク派の飲み会開催の提案に大興奮だ。


「ぜひぜひ! 兄上から直接お言葉をいただけると知ったら、同輩達は泣いて喜ぶことでしょう」


 それはもうファンミーティングだ。

 目が合ったら失神したりしないだろうな。


「しかし、あのヘッセリンクの悪夢においてリスチャード・クリスウッド殿が務めていた、兄上の背中を守る役割を私が果たす時がくるなんて。心躍ります」


 旧作のヘッセリンクの悪夢は僕とリスチャードのバディものだったが、残念なお知らせだアヤセ。

 今回、僕は脇役なんだよ。

 脇役の相棒はつまり、脇役だ。

 

「暗殺者の巣に向かう人間の言葉とは思えないな。従弟殿は本当にヘッセリンク的なラスブランだ」


 口に出すのも憚られる暗殺者組織の巣に踏み込もうというのに笑顔でワクワクを隠そうともしない。

 ただの馬鹿な若者でないことを知っている分、この従弟がぶっ飛んでることが伝わってくる。


「それは私にとって最高の褒め言葉です。ご安心ください。調子に乗って前に出たりしないとお約束します。これでも慎重さにかけてはレプミア一のラスブランの血が流れておりますので」


「そうしてくれると助かる。では時間もないことだし、急ぐぞ」


……

………


「ふむ。ここだな」


 リズから事前に渡された簡易な地図に従って辿り着いたのは、裏街と呼ばれる雑多な地域にある、なんの変哲もない一軒家だった。

 

「見たところ一般的な住宅ですな。本当にこんな場所に潜んでいるとすれば、大胆なことです」


「オドルスキ達が先行しているはずだが……やけに静かだな」


 下手したら僕が到着した時には全て片付いてる可能性もあると思ってたんだけど、そんな気配はない。

 入り口に鍵はかかっていなかったので中に入ると、こちらも外同様誰かが暴れたりといった様子は見られなかった。

 

「兄上、あれを」


 一つ一つ部屋を確認し、最後に開けたのは一番奥の部屋。

 アヤセが指差した部屋の片隅には、数人の男女が拘束されて転がされていた。

 突然の侵入者に、明らかに怯えた表情を浮かべた彼らの気持ちは痛いほどわかるので、できるだけ優しい顔と声を心がける。


「一つ尋ねるが、これは誰の仕業だ? 美しい人形のような顔をした二人組と大柄な男かな?」


 転がっている全員がぶんぶんと首を縦に振る。

 三人がここにきたのは間違いない。

 さて、どこに行ったのやら。


「そうか。ああ、そんなに怯えなくてもいい。私はレックス・ヘッセリンク。西の方で小さな領地を運営している貴族だ。決して怪しい者ではない」


 最大限の優しい笑みを浮かべたつもりだったのに、拘束されている全員が図ったように震えだした。

 

【ここでヘッセリンクの名を出すのは逆効果です】


 嘘だろう?

 安心してもらうために素性を明かしたのに恐怖を煽る結果になるなんて。

 くっ、これもヘッセリンクの名を負う者の宿命か!


「私はラスブラン侯爵が嫡孫、アヤセ・ラスブランだ! 貴様らには聞かせてもらいたいことが色々ある。我が祖父の治める土地で何をしていたのか。洗いざらい吐いてもらうぞ」


 怯えさせないようにはどうするべきかと考えていると、そんなことはお構いなしとばかりにアヤセが貴族感満載で沙汰を言い渡す。

 あ、それでいいんだ。


「差し当たっては、貴様らを拘束したであろう三人組はどこに行ったか教えてもらおうか」


 アヤセの圧に屈し、世話役っぽい年嵩の男が代表して口を開いた。

 彼の言うことには、謎の三人組がこの建物を急襲。

 自分達は抵抗する間もなく拘束されて転がされたが、リーダー格は襲撃に気づいた時点で外に飛び出したらしい。


「逃げられた、か? あの三人が揃っていて逃げおおせるとは腐っても闇蛇の大幹部か」


 三人は敵を追跡中だろうが、マジュラスに聞けばどこにいるかすぐにわかるはず。

 問題はこの転がされてる人達をどうするかだけど。

 

「従弟殿」


「どうぞ追ってください。思っていたものとは違う貢献の仕方になりますがやむを得ません。こやつらはこのアヤセが引き受けましょう」


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