第290話 第四楽章〜色んな風見鶏〜

 夜更けの街の中。

 闇蛇と思われる暴漢を打ち倒した僕に声をかけてきたのは、ヘッセリンク派を名乗って活動する危ない従弟、アヤセだった。

 

「従弟殿。領主の孫がこんな夜更けに供も付けずに出歩くなど、あまり感心しないな」


「そのお言葉、そっくりそのまま兄上にお返しいたします。領主の孫であり、ヘッセリンク伯爵家御当主である兄上こそこんな夜更けに一人で出歩くのはお控えください」


 僕の指摘に呆れたように肩をすくめる従弟。

 正論過ぎてぐうの音も出ない。

 

「軽い散歩のつもりだったのだが、この有様だ」


「貴方の従弟を長年やっておりますとわかることがある。今の眉と肩の動き。明らかに確信犯で事を起こした時のそれです」


 普通ならこんなことを言われても馬鹿なことを言うんじゃないよ一蹴するところだが、なんせ相手はアヤセだ。

 成長してからはそこまで絡みがなかったはずの僕を熱烈に応援し、同世代をまとめ上げて派閥らしきものを結成して王城にまで押しかけるような支援者。

 もっと端的に言えば僕のことが大好きな男なので、そんな些細な癖も把握されていてもおかしくない。


「……本当か? すごいな従弟殿」


「嘘です。ですが、今の反応で私の考えが正しいことが証明されましたね」


「謀ったな!?」


 カマかけられた!!

 くそっ、アヤセに好かれてる自信が裏目に出た。

 らしくないとは言ってもラスブランか。

 こうも簡単に僕から真実を引き出すなんて大したものだ。


「私に見つかった時点で隠すおつもりもないのでしょうに。それで、何をしておいでで?」


 ちなみにキミは何をしてるの? と問うたところ、僕が絶対になにかやらかすと踏んで同じ宿で待機していたらしい。

 ということは、監視の目の一つはアヤセ自身か。

 領主の孫が尾行とかするもんじゃないよ。


「ああ。僕の名を騙る偽物が現れたらしくてな。どうもその痴れ者がこのラスブラン領にいるようなんだ。それを探しに寄らせてもらったんだが」


「兄上の偽物。控えめに言って、正気でしょうかその輩は」


 控えめに言わなかったらどんな言葉になるのかちょっと気になるけどそれは置いておこう。

 傷ついちゃう可能性があるからね。

 

「まあ、家来衆の見解では正気ではないということらしいが。あと、この二人と後ろで倒れているであろう一人は元闇蛇の人間だと思われる」


「兄上、口調は軽いのに情報が重すぎます。なぜそんなことに」


 何か隠してるだろうとは思っていたけど、出てきた単語が予想を超えるヤバさだったようで頭を抱えるアヤセ。

 そうだよね。

 日常的に闇蛇闇蛇って言ってるけど、歴史に名を刻む暗殺者組織だから普通は口にするのも憚られるって扱いだ。


「端的に言えば、僕の偽物が元闇蛇の幹部らしい」


「……すぐにお祖父様と父上に」


 正しい判断だが、それはやめてもらおう。

 朝までは隠密活動だからね。


「いや、それには及ばない。既に僕の家来衆達が隠れ家と思われる場所を急襲しているはずだからな。じきに終わる」


 ヘッセリンクの悪夢は、前作同様第二作も敵本拠地への奇襲がメインの筋書きだ。

 登場人物が違うだけの焼き直しとも言えるが、効果があるんだから仕方ない。

 そんな僕の言葉に、アヤセがなるほどと頷いて言う。


「お祖父様も父も信用できないということですね?」


 言葉にすると角が立つから控えたのに僕の気遣いを返しなさいよ。

 なんと言えばいいか言葉を選ぶ僕に、皆まで言うなとばかりに手のひらを向けるアヤセ。


「いえ、わかります。私が兄上の立場なら私もラスブランには絶対話しません。積極的に囲っていないにせよ、あのお祖父様が足元に毒蛇がいることを知らないわけがない」


「ほう。どちらかというと把握しているのは叔父上だと思っているのだが」


 こっちのグランパは顔を合わせた限りでは好々爺然とした佇まいで、叔父さんのほうがこちらを目の敵にしてるというか、言葉に毒を含んでたんだけど。


「父ですか? あの人は私同様普通のラスブランですね。対人工作は得意ですが、あまり汚いことを好まない分思い切りが足りないとお祖父様に指摘されているようです」


 キミが普通のラスブランかどうかは後日議論しましょう。

 自分ではわからないものだからね。

 しかし、あの叔父さんの態度で汚いことが嫌いなのか。

 めちゃくちゃ悪いことやってそうなのに。


「顔に出ていますよ兄上。まあ、口下手な割にたまに口を開くと言葉が強いので誤解されやすいところはあるでしょう。ですが、今回の件を把握しているとしたら確実にお祖父様です」


「伊達に長年ラスブランの当主を務めていないということか」


「ラスブランはそう好かれている家ではありませんのでこのような表現をされることはありませんが、個人的にお祖父様は歴代最高に『狂った』ラスブランだと思いますよ。風を読み続け、選択を間違わずに何十年です」


 それこそ正気の沙汰じゃないというやつだな。

 選択を間違わないために数えきれない裏切りもこなしてきたんだろう。

 それでも追い落とされることなく権勢を維持してるのだから、立派なモンスターだ。


「そんな化け物からよく母上のようなまっすぐな人が生まれたものだな」


 あの一本筋の通った母上が、一つ間違えば利益のためなら裏切り上等! という思想になっていた可能性もあるわけか。

 うん、そんなママンはいやだ。


「伯母上が、まっすぐですか?」

 

 ママンをよく知るアヤセが複雑な顔で首を捻る。

 あれ、異論あり?


「いえ、まあ確かにまっすぐだからこそ、ラスブランらしさを捨てることができたのかもしれませんね。自ら風を読むことをやめた風見鶏。それが伯母上なのでしょう」

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