第281話 元闇蛇会議 ※主人公視点外

 敵の正体がわかったから一度オーレナングに戻れ、というリズのあんちゃんからの手紙を受け取った俺は、寝るのも食うのも後回しにして走り続けた。

 一体どこのどいつが兄貴の名前を使って悪さしてやがるのか。

 オーレナングに到着したのは同じように外に出ていたクーデルの方が早かったみたいだ。

 玄関で待ち構えていたクーデルに連れられて休む間もなく食堂に連れて行かれると、そこにはリズのあんちゃん、アデルおばちゃん、ビーダーのおっちゃんがいた。

 この面子の時点で嫌な予感しかしない。

 案の定、今回の騒動の犯人は元闇蛇の人間。

 しかも、当時の副首領なんていう上の人間が絡んでるって言うじゃねえか。


「冗談も休み休み言えよ」


 つい口調が荒くなったのは疲労が原因じゃねえ。

 よりによってなんでこんな場面で古巣が絡んで来やがるんだという戸惑いと、純粋な怒りのせいだ。


「こんな笑えない、クソッタレな冗談言うわけないだろう。俺達四人と、フィルミー殿の伝手。集めた情報を突き合わせたらそうなった」


 リズのあんちゃんの顔は真剣そのもの。

 普段から冗談の上手くねえ人だ。

 わざわざそんなタチの悪い冗談を言えるわけないのはわかってるけど。


「まじかよ……。最悪じゃねえか」


「最良か最悪かで言えば、もちろん最悪ではあるな」


 兄貴の敵が、古巣闇蛇。

 しかも副首領だけじゃなく、何人かの元構成員が絡んでるらしい。

 兄貴の魔の手から逃れられた幸運に感謝して大人しくしとけばいいものを、なにを勘違いして動き始めたのか。

 理解できねえ。


「なんでそんなに冷静なんだよ。いくら兄貴が甘くても、下手したら俺達の首の現物だけじゃ許されねえぞそれ」


「ああ、安心しろ。伯爵様にはもう報告済みだ。首なんかいらんと仰られた」


 マジか。

 動き速えよ。

 

「随分な忠誠じゃねえの……」

 

「伯爵様への忠誠というならお前やクーデル、アデルさんには叶わないさ。まあ、先にお前達に教えたらどう暴発するかわからないからな」


 それを言われると反論しづれえよ実際。 

 先に教えてもらってたら、兄貴の手を借りずに俺達だけで始末をつけることも考えただろうからな。

 兄貴の敵を許しておくつもりはねえ。


「伯爵様からのご命令だ。ヘッセリンクに雇われてる元闇蛇は寿命以外で死ぬことを禁じる、とさ。全員に徹底しろと厳しく申し付けられた」


「くそっ。あめーんだよなあ、史上最高の狂人のくせに」


「身内を大事にされている伯爵様がそう言ってくださってるんだ。俺達もちゃんと家来衆として数えてくださっているんだなと、いい歳して感動したよ」


 元闇蛇の人間なんて、他の貴族から後ろ指さされかねない厄介な爆弾でしかないはずなのに、そんな俺達に命を無駄にするなと言うらしい。

 あー、これ以上どうやって忠誠を誓えばいいのかわかんねえや。


「ヘッセリンクが後ろ盾になってやるから死ぬまで尽くせ。そう仰るのね、伯爵様は」


「まあ、要約するとそうなるか」


 クーデルはクーデルなりの解釈をしたらしいが、それも正解だろう。

 裏切ることなくヘッセリンクの家来衆として命を捧げろ。

 世間の評判を考えると、なんだかこっちの方がしっくりくるのが笑える。


「では、早速尽くしましょう。メアリ、国都に向かう準備を。伯爵様が偽物を罰するその場には、私達がいなきゃダメよ」


 クーデルの決断は早かった。

 兄貴の命令を待つんじゃなく、押しかけて着いていくぞ、と。

 

「……、ああ。そうだな。そうなるとまた当分こっちを空にしねえといけないか。よし、爺さんに許可取ってくるわ」


 それを聞いたリズのあんちゃんがため息をつく。


「そう言い出すだろうと思ってジャンジャック殿とハメスロット殿には事前に文で知らせている。事情はご存知だからあとはお前達の熱意次第だろう」


「爺さん達も知ってるのかよ。信用ねえなあ」


「俺たち自慢の美しい死神二人に暴れられたら止められないからな。ここならジャンジャック殿もオドルスキ殿もいるだろう?」


 よっぽど俺達の、というか特に俺の暴走を心配したらしい。

 組織にいたあの頃から何年経ったと思ってんだよ。

 その間、化け物どもに揉まれてだいぶ大人になったんだけどな。


「だから暴れねえって! いつまで子供扱いだよ本当に」


「まあ、私達からしたらメアリちゃんもクーデルちゃんもずっと子供みたいなものよ?」


「違いねえや。情けねえ親だが、メア坊もクーの嬢ちゃんも、いつまでも俺らの子供だからよ。そりゃあ心配もするってもんさ」


 それまで青い顔で黙って話を聞いていた二人がようやく笑顔を見せた。

 

「アデルおばちゃん、ビーダーのおっちゃん……」

 

 二人は俺達だけじゃなく、他の構成員にとっても親みたいなもんだ。

 優しい二人がいたからなんとか歪まずにやれてたところはある。

 

「私に戦う力があれば、メアリちゃん達の代わりに刺し違えてでもあの男の首を取ってくることができたのに。ごめんなさい」


 無念そうに首を振るアデルおばちゃん。

 いやいや、やめろよ。

 アデルおばちゃんに荒事なんて似合わねえって。

 なんだよ刺し違えてもって。

 前に兄貴も怯えてたぞそれ。

 

「大恩あるヘッセリンク伯爵家の家来衆として、伯爵様の敵は許しちゃいけないわ。そうでしょう? ビーダーさん」


 そんな俺の心の内を知らないアデルおばちゃんは笑顔を消し、据わった目でビーダーのおっちゃんに問いかける。

 怖っ!

 そんな目をされたらおっちゃんも驚くだろうと思ったが甘かった。


「ああ、アデルさんの言うとおりだ。元闇蛇かどうかなんて関係ねえ。伯爵様の名を騙るなんて太え野郎、許されるわけがねえ」


 こっちもばっちり目が据わってるじゃないの。

 優しい二人に戻ってもらうためにも、さっさと始末つけてこなきゃな。

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