第282話 敵地

 予定どおりオーレナングからオドルスキを招集して待機する僕達にリズからもたらされた偽物の潜伏場所は、ヘッセリンク的にあまり歓迎できない場所だった。

 よりによって、というのが正直な感想だ。

 

「まさかこんな用事で来ることになるとは思わなかったな。これで本当に裏で糸を引いているなら家対家の全面戦争だぞ」


 貴族が主導してるのかどうかは別にしても、よその貴族家の当主の偽物を囲ってるなんて喧嘩を売ってると思われても仕方ないわけで。

 それに加えて偽物の素性が元闇蛇だとなれば、家同士の諍いは避けられないだろう。


「まあ、偽物が身を隠してるってだけで、絡んでるかどうかはわかんねえって話しだったろ? 俺は流石にないと思うけどな」


 常識的な判断に基づいて物が言える、我が家では貴重な人員であるメアリが肩をすくめると、その相方クーデルも頷いて同意を示す。

 

「そうね。壊滅から何年も経っているとはいえ、悪名高い闇蛇だもの。『風見鶏』なんて呼ばれている貴族がその残党をお膝元に置いたうえに支援しているなんて考えづらいわ」


 お気づきだろうか。

 『風見鶏』。

 そう。

 今回リズ達が探り当てた偽物の潜伏場所は、僕の母方の祖父が当主を務めるラスブラン侯爵が治める街だった。

 

「そうであればいいのだがな。お世辞にも関係がいいとはいえないが、祖父や叔父が治める領地だ。あまり手荒な真似はしたくないからな」


 身内にも関わらず、結婚式にも来なければヘッセリンクの吊し上げが目的だった十貴院会議にも来ないという、徹底して家同士の距離を置くスタンスをとっている。

 なぜかラスブラン侯爵個人から定期的にお小遣いだけが届くんだけど、それはあくまで侯爵個人が孫である僕にということらしい。


「まあ、相手次第だろ。それで? まずはラスブランの屋敷に行くんだろ?」


「流石にお忍びとはいかないから事前に訪問することは伝えてある。となれば、一度顔を出さないといけないだろう」


 カイサドル子爵のところはお隣さんで長年のお付き合いもあるし大目に見てもらえたけど、関係のよろしくない格上の侯爵領にお忍びで向かって、万が一ドンパチやらかしたら責任問題になる。

 正式に手紙でお邪魔することを報告しているので、到着次第挨拶のために一度は立ち寄る必要があるだろう。

 本当はエイミーちゃんとサクリを連れて挨拶に来るつもりだったんだけどなあ。


「兄貴の爺さん達にはラスブラン侯爵領に偽物やら闇蛇の残党がいることは伝えてないんだよな?」


「ああ。万が一つながりがあってはいけないからな。身内を疑うというのは気持ちのいいものではないが、仕方ない」


「ジャンジャック様も同じように仰っていました。これがカナリア公やアルテミトス侯のお膝元なら協力も依頼できるが、ラスブランは家の利益になるなら平気で掌を返すから油断ならないと」


 ラスブランへの評価は一貫して『油断できない』というものだ。

 それはラスブランが実家のママンに始まり、同僚であるカナリア公やカニルーニャ伯もその見解で一致している。

 ママン曰く、握手したその手で、翌日平気で頬を張るのがラスブラン、らしい。


「碌でもねえ。よくそんな家からあんな溌剌とした従弟が出てきたもんだよ」


 ああ、アヤセね。

 前向きで明るくて裏表がないように見える彼は、たしかにいい意味でラスブランらしくない。

 

「アヤセははっきりとした突然変異だからな。あの子がヘッセリンクの家来衆になりたいと言った時のお祖父様達の騒ぎようといったらなかったらしい」


 昔から僕の味方でいてくれて、ヘッセリンクに憧れていたアヤセ。

 今、僕が王太子殿下の将来的な右腕に指名されたことを考えると、ある意味幼い時から一番風が読めていたのかもしれない。


「それを言うなら大奥様もラスブランらしくありませんね。まるで元からヘッセリンクだったかのようです」


 クーデルの言うとおり、ママンからラスブランらしさを感じることはなく、代わりにヘッセリンクらしさは当代一ではないかと感心してしまう。


「母上の場合は元々の素質と、父や祖父のヘッセリンク的思考が響き合った結果なのかもしれないな。やや行き過ぎなところがある気がしないでもないが」


「お袋さんは過激派だからな。ラスブランに偽物がいる可能性があるって知った時の反応。痺れたぜ?」


 いや、もう予想どおりというかなんというか。

 激怒?

 憤怒?

 とにかくとても怒っていました。

 ただでさえ実家にいい印象を持っていないママンは、ラスブランに偽物が潜伏しているなら確実につながりがあると断定し、全戦力を投入するべきだとぶち上げた。


「痺れるで済む問題か。いくら家の中とはいえ、ラスブランに兵を差し向けろだの、自ら乗り込んで当主の首を取るだの、危険発言を繰り返されてはたまらんぞ」


 普段は尊敬する部分の多い母親だが、ラスブランが絡むともうダメだ。

 頼むから勝手に動かないでくれと釘を刺して出てきたから大丈夫だと思うけど、怒りが燻ったままなのは間違いない。

 なにか甘い物でもお土産に買って帰るか。


「大奥様もそれだけ今回の件に腹を立てているということでございます。ジーカス様やお館様がそうであるように、大奥様もお身内を大事にされる方ですから」


「それはわかっているのだが、特にラスブランが絡むと激しさが増すからな母上は。頼むから今回の件にだけは絡んでいてくれるなと、柄にもなく神に祈っているところだ」


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