第279話 敵、判明
国都の屋敷に待機して東西南北に散った家来衆達からの情報を待つ日々を過ごしたある日。
元闇蛇のメイドさんが、リズが戻ってきたと報告にきた。
最優先で部屋に呼ぶよう伝えると、旅装のままのリズがすぐに入室してくる。
相変わらずいい具合に枯れてるな。
我が家でいうと、マハダビキアとリズの二人が無精髭が似合うツートップだね。
「おお、リズ。よく戻った。ご苦労だったな。どうだ、茶でも飲むか?」
「いえ、まずはご報告を」
彼らには負担をかけてるので、お茶を淹れて労おうかと腰を浮かしたけど、真剣な顔で首を振るその様子にもう一度椅子に腰を下ろす。
「と言うからには何か掴めたと考えていいのかな? 想定していたよりもだいぶ早いが」
彼らを雇用して以降、定期的に送られてくるようになった情報量から、四人が有能なのは知っていた。
だけど、今回はそんな四人の情報網に引っかからないどころか、どこからも一切聞こえてこなかった偽物探索だ。
「はい。伯爵様を騙る阿呆を一日も早く排除しなければなりませんので。メアリ、クーデルはもちろん、なんと言ってもフィルミー殿の協力を得られたのが幸運でした」
鏖殺将軍の直弟子かつ竜殺しという、二つ名だけならヘッセリンクでもトップクラスのやばさを誇るフィルミー。
元はアルテミトス侯爵領の斥候隊長を務めていた彼は、アルテミトス侯爵領および周囲にある複数の貴族領の裏街に顔が利いたらしく、そのエリアに限っては大幅に情報収集にかかる手間と時間を短縮できたらしい。
「なるほど。フィルミーには手当を出すとしよう。しかし、その話を聞くとやはり元闇蛇構成員の勧誘を急ぐ必要があるか。四人でレプミア全土を網羅しろというのが、土台無理な要求だったしな」
パワハラですよパワハラ。
ジャンジャックとハメスロットはこのくらい平気ですよと笑っていたけど、業務量と携わる人間の数が明らかに合ってない。
リズは僕の言葉に一瞬だけ微笑んだ後、膝をついて頭を下げた。
「伯爵様、その元闇蛇の構成員なのですが。今回の件に、複数が絡んでいる可能性があります」
あ、へー。
そうなんだ。
「詳しく」
「はっ。まだ推測の域を出ませんが、これまでに集めた情報から、今回の偽物騒ぎの中心にいるのは、元闇蛇の幹部。それも、当時の副首領の座に就いていた男でほぼ間違いないかと」
大物じゃないか。
つまり、ヘッセリンクの悪夢とかいう事件から逃げ延びた幹部がいて、組織を潰した僕への復讐のためになにかしらこそこそしてるというわけだ。
「なるほどなるほど。それなりに僕に絡む理由があるわけだな?」
「お怒りになるのはごもっとも。我ら四人、この事態が収束いたしましたら伯爵様に首を差し出すつもりでおります」
え、いや、そこまで怒ってないし、偽物捕まえても捕まえなくても君達の首なんかいりませんよ?
そう伝えようとした瞬間、リズがガバッ! と土下座の態勢に移行した。
「ただ、メアリやクーデル、アデルさんやビーダーさん。そして、この国都で働いている者達については、なにとぞ寛大なお取り扱いをお願いいたします。どうか、どうかこの通りでございます!!」
土下座しながら悲壮感溢れる声で嘆願する家来衆を椅子に腰掛けて見下ろす伯爵様。
このシーンだけ切り取られたら僕は極悪人中の極悪人だな。
「顔を上げろ、リズ」
「伯爵様、なにとぞ!!」
リズの態度を見ると、言質を取るまで梃子でも動かない構えだ。
まあ、言質取られても問題ないんだけどさ。
「わかったわかった。約束する。というか、そもそもだ。お前達の首など取るつもりはないぞ。まったく、エイミーもお前も。僕のことを悪鬼かなにかと勘違いしていないか?」
エイミーちゃんは僕が鬼のように厳しく接するんじゃないかと勘違いしてユミカの訓練に携わらせてくれないし。
リズ達はリズ達でこんな風に明後日の方向の覚悟を固めてるし。
せめて身内にはそこまで危ない人間じゃないことを知ってもらいたいものだ。
「お前達がその騒動に一枚噛んでいるというなら話しは別だが、そんなことはないのだろう?」
重くなった空気を軽くするため、渾身のヘッセリンクジョークを投入すると、ようやくリズが顔を上げてくれる。
お義父さん仕込みのジョークの効果は抜群だ。
「もちろんでございます! 我ら一同、伯爵様への裏切りには死をもって償うと決めております!」
涙すら浮かべながら悲壮な表情を浮かべるリズ。
僕的には最大限ライトなつもりな投げかけが、『裏切っていないなら怯える必要があるのか? ないだろう? まあ、もし裏切り者がいるなら……、わかるよな?』という感じで伝わったらしい。
もはやため息しか出ない。
「メアリもそうだが、なぜ揃いも揃って死にたがるのか。死ぬだけが責任の取り方ではないだろう」
「いかんせん、我々は殺し過ぎました」
悲しげに首を振るリズ。
「同情の余地はあるのだろうが、やめておこう。それはお前達の人生を否定することになりそうだからな」
だけど、その組織を必要としたのは貴族で、実際に使ったのも貴族だ。
逃れられないしがらみの中で、彼らに組織に従う以外、他のやりようはなかったと思う。
「ただ、ヘッセリンク伯爵としてお前達元闇蛇の者達に命じる。この先、仮にどれだけ泥水を啜ることになろうが、歯を食いしばり、這いつくばってでも寿命で死ね。それ以外で命を落とすことは許さん。これからヘッセリンクに雇われる元闇蛇の人間にも、必ず徹底させろ」
「……承知、いたしました」
僕の言葉に、リズの涙腺が決壊した。
ついでに鼻水も垂らしながら頭を下げ、噛み締めるように言葉を絞りだす。
「よし。お前達が泥水を啜ることのないよう、僕達ヘッセリンクの人間も努力することを誓おう。未来に亘り、我が家を支える柱の一つとなってくれることを期待する」
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