第278話 過去のお話し ※主人公視点外

「父上!」


「大きな声で呼ばなくても聞こえていますよジーカス。燃えろ。ことごとく燃えろ!」


 魔獣の森の氾濫。

 不定期に訪れるそれは、オーレナングだけではなく、レプミア全土に緊張をもたらす災厄だ。

 数えるのも馬鹿らしくなるほどの大小様々な魔獣が次から次へと森の奥から吐き出されてくる。

 『炎狂い』などというイカれた二つ名を冠した父に心酔する狂信者としか言いようのないイカれた家来衆達も、各々獲物を握りしめて魔獣に立ち向かっていた。

 

「ふふっ、楽しいですねえ。これぞヘッセリンクとしての本懐。そう感じませんか? ジーカス」


「思いません。氾濫など起きないに越したことはないでしょう。ただでさえ私は新婚なのです。ああ、こんな仕事早く終わらせて、愛するマーシャの元に駆けつけたい」


 最近私の元に嫁いでくれたのは、ラスブラン侯爵家の娘だ。

 『風見鶏』などと呼ばれる計算高い家の女子と見合いをしろと言われた時には気が重くて仕方なかったが、彼女を一目見た瞬間、雷に打たれたような衝撃を受けた。

 聡明かつ可憐。

 そんなこの人を絶対妻に迎え入れなければと、無口で不器用なりに必死に口説いた結果、マーシャはなんとその場で私の求婚を受け入れてくれ、無事夫婦となることができた。

 思い返してもあの日は人生最良の日だったな。


「あっはっは! まさか息子の惚気を聞かされる日が来るとは。めでたいめでたい」


 目の前で飽きることなく紅蓮を噴射し続ける父が、楽しそうに笑う。

 惚気たつもりはない。

 事実、マーシャは可愛い。

 そう訴えようとした私に、父の炎を掻い潜ることができた運のいい羊と猿が一匹ずつ踊り掛かってきた。

 妻に想いを馳せていたところに無粋な咆哮を浴びせられて少しだけイラっとしてしまう。

 

「五月蝿い」


 身体に魔力を纏わせ、軽く槍を振るう。

 私は最近、『巨人槍』などという名で呼ばれているらしい。

 身の丈を遥かに超える長く太い槍を、魔法による身体強化をもって振り回す。

 『炎狂い』と呼ばれる父の子ながら、結局属性魔法の才には恵まれなかった私に唯一与えられたのがこの身体強化。

 ヘッセリンク特有の膨大な魔力を全て自らの筋力に変え、腕力で魔獣を制するのが私、ジーカス・ヘッセリンクだ。

 その後も、父の魔の手を逃れた魔獣達が無造作に振るわれた私の槍に巻き込まれ、次々と召されていく。


「いいですね、ジーカス。ロニー君に習った身体強化の制御手法が役に立っているじゃないですか。見違えたようです」


「おかげさまで。まさかあのカナリア軍総帥直々に手ほどきをいただけるとは思っていませんでした、よ!」


 身体を焼かれて半狂乱になりながら空から降ってきた小柄な竜種を叩き落とす。

 巻き込まれた複数の魔獣が悲鳴を上げているが知ったことではない。

 身体強化の方法は、独学で身につけた。

 学院にはもちろん教官がいたのだが、保有する魔力が違い過ぎたため、先生方の理論を実践することができなかったからだ。

 

『自分の特徴を言語化できないなんてどんな天才の言い訳ですか情けない。ぐっとやってばっ! みたいな阿呆な理論では、いざという時次代にその技を継承できないじゃないですか。いいでしょう。ジーカスにぴったりの師匠を紹介してあげるので修行してきなさい』


 生き様は感覚派のくせに魔法は理論派な父の紹介してくれた先は、レプミア屈指の武闘派集団。

 ロニー・カナリア率いる、通称『カナリア軍』だった。

 来る日も来る日もロニー殿やその副官ラッチ殿から身体強化の理論を叩き込まれる日々。

 魔力の保有量は学院の教官とそう大差ないはずなのに、やはり実戦に勝る経験はないということなのか、諸先輩方が語る理論は、抵抗なく私の中にスッと入ってきた。

 あの経験が私を一つ上の舞台に引き上げてくれたのは間違いない。

 

「まあ、長年お付き合いしてきましたが、この氾濫にもうんざりしますねえ。いっそ、こちらから森の奥に出向いて原因を丸焼きにしてやりましょうか」


「その時は私もお供しますよ。それが叶えばマーシャと過ごす時間も増やすことができるかもしれませんからね」


 森の奥のさらに奥。

 そこには、ヘッセリンク家当主のみが足を踏み入れることができる場所がある。

 いや、ヘッセリンク並の強者であれば立ち入ることもできるだろうが、そんな者がゴロゴロいるはずもなく。

 そこには、不死身の竜が鎮座しており、腹を空かせて目を覚ます度に氾濫が起きるとされている。

 父と私なら、あるいはその竜を討伐できるかもしれない。


「まあ、氾濫を鎮める度に国からまとまった資金をせしめることができるのだから悪いことばかりでもないのですがね。ジーカスにも報奨金を出しますが、槍でも新調しますか?」


 確かにこの槍もだいぶ古くなった。

 愛着はあるが、技術を排して力づくで振り回すのが私の型なので、不具合が出る可能性は否めない。

 しかし、今回に限っては、報奨金の使い道は決まっている。


「いいえ、マーシャに指輪を買おうかと。あと、何着か服を贈りたいと思っています。マーシャはヘッセリンクの出ではないのに濃緑がことの他似合うのでそれを」


「ジーカス?」


 熱弁を振るう私に向けて、父がニッコリ笑いかけたかと思うと、無造作に炎の塊を放ってきた。

 慌てて槍の穂先で掻き消したが、前触れなしに息子に魔法を撃つのはやめてほしい。


「父上、氾濫の場で悪ふざけはおやめください、まったく。何の話でしたか? ああ、マーシャに緑が似合うという話でしたね」


 なおも語ろうとする私に、流石の父も呆れたのか、肩をすくめつつ魔獣の返り血まみれで笑っている家来衆に声をかけた。


「誰か、馬鹿息子の惚気を止めてもらえますか? 止めた人には別途報奨金を出しますよ」


 

 

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