第268話 臆病かつ繊細

 家来衆の同意を取り付けた僕とエイミーちゃんは、早速準備を整えて三日後の早朝に屋敷を出発した。

 本当は翌日にでも旅立ちたかったんだけど、阻害要因が二つ。

 一つは、お忍びっぽい服装という点について女性陣の意見が割れに割れたこと。

 地味なことに越したことはないというエイミーちゃんとアデルに対し、裕福な商人の後継を名乗るのであれば多少派手なほうが違和感がないというアリス&イリナの攻防は一昼夜続いた。

 激しい意見交換の末、多少派手な服がいいという後者の意見が採用されて一件落着かと思いきや、更にそこからクーデルはもちろんメラニアやステムまで巻き込んでのコーディネート論議が始まってしまう。

 これには男性家来衆一同沈黙するしかなかった。

 武具や歴史、食材についてなら夜通し語れるプロフェッショナルが揃ってるのに、ファッションを語れる男が一人もいないなんて。

 

 ユミカの、


『お兄様もエイミー姉様も何を着ても素敵だと思うわ!』


 という鶴の一声がなければどんなひどい結果になっていたか。

 ありがとう、僕らの天使よ。

 

 そしてもう一つの理由。

 それが、エイミーちゃんの食欲だ。

 普段エイミーちゃんとお出かけする場合、立ち寄る先の領主と宿にお手紙を出し、割り増し料金を払うからたくさん食事を用意するよう便宜を図ってねとお願いすることにしている。

 大体一回目はエイミーちゃんの食欲を舐めてるので宿の食料庫が空っぽになったりするんだけどね、ははっ。

 今回はお忍びなので、もちろん事前通達はしないし、貴族よろしく宿を貸し切るなんてこともしない。

 そうなると、宿側の食材の仕入量は普段どおりなので、エイミーちゃんなら余裕で食らい尽くし、他の宿泊客の食べる分がなくなる可能性がある。

 でも、宿や他のお客さんに遠慮してエイミーちゃんがお腹を空かせたままなんて、夫としての沽券に関わるわけだ。

 そこで、食料は自前で持ち込むことにしました。

 マハダビキアとビーダーに事情を説明し、約三日分(エイミーちゃん基準)のサンドイッチやオカズを仕込んでもらうようお願いする。  

 マハダビキアは肩をすくめつつも『そりゃそうだ』と頷き、ビーダーは『奥様が腹を空かせるなんてそんなお可哀想なこと見過ごせませんや』と肩を回して快く協力を申し出てくれた。

 ありがたいありがたい。

 二人が作ってくれた持ち込み用の料理を片っ端から僕の頼れる相棒コマンドの『保管』でしまっていく。


【頼れる相棒なのに長期間放置するんですか? へえ】


 OKわかったやり直す。

 できた分を片っ端から僕の普通の相棒コマンドの『保管』でしまっていく。


【降格!?】


 冗談ですよ、冗談。

 まあ、そんなこんなで服装と食料準備に時間を取られた結果、出発まで三日を要してしまったということだ。

 

「しかし、カイサドルを通過することはあっても目的地にすることなどなかなかないから新鮮ではあるな」


 オーレナングの東隣、カイサドル子爵領。

 当代カイサドル子爵は五十前くらいか。

 国都に向かう時など時間が合えば挨拶に立ち寄るんだけど、そのたびに笑顔でがっちりとハグしてくれたり、気をつけていくんだぞ! と子供にするような心配をしてくれたりする優しいおじさんだ。

 

【狂人ヘッセリンクの隣人を務めているだけあって、カイサドルの本質は『善』といわれています】


 狂人の隣に善人を置いて中和しているわけね。

 ママンに聞いた話では、比較的穏やかだった父だけでなく、歴代屈指の尖り方だった祖父もカイサドル子爵家とは仲良くしていたらしい。

 

「そうですね。イリナとフィルミーは休みをこちらで過ごすことが多いようです。あと、メアリとクーデルもよくカイサドルに来るとか」


「イリナ達はわかるが、メアリとクーデルが?」


 フィルミー夫妻は間違いなくデートだから置いておくとして、闇蛇コンビはなにをしに?

 あの二人なら森でデートできるだろ。

 いや、普通のカップルみたいなデートをしてるならそれはそれで進展があったということで喜ばしいことなんだけど。


「刃物を研ぎに出したり、クーデルの趣味の料理に使う香辛料を買いに行ったりしているみたいです」


 色気は、ないな。

 ただ、メアリもなんだかんだでクーデルを邪険に扱ったりしないし、むしろ一緒に行動してる時の主導権はクーデルに握られているように見える。

 二人の仲が進むのは時間の問題だというのが、メアリを除くヘッセリンク伯爵家の共通認識だ。

 

「あれだけ愛されているのに、メアリが踏み出すのを躊躇う理由はなんなのでしょうか」


 エイミーちゃんの目には、好意を隠そうとせず迫るクーデルから、全力で逃げているメアリの態度が不思議に映るらしい。

 客観的に見たら、積極的に迫る年上美女から逃げ回ってる贅沢極まりない男だからね。


「あー。いいかい、エイミー。男という生き物は、恋に対して繊細で臆病なものなんだ。美形で年上の幼馴染から溺愛されていても、それはそれで色々考え過ぎて簡単には踏み出せないのさ」


 あと、クーデルが度々見せる捕食者の顔もメアリを引かせる原因なんだけど。

 エイミーちゃんやアリス、あとユミカあたりは『悪い時』のクーデルを見ても可愛いなあくらいにしか感じないらしい。

 

「あら、レックス様も臆病なのですか? レプミアの誇る護国卿様ですのに」


 僕の説明を聞いて、楽しそうにコロコロと笑うエイミーちゃん。

 今日も愛妻が可愛い。

 

「もちろん臆病に決まっているさ。 僕が君との婚姻を全く躊躇わなかった本当の理由は、グズグズしている間に可愛いエイミーを他の男に取られたらどうしようという臆病風に吹かれたからだ。どうだい? 立派に繊細で臆病だろう?」

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