第267話 家来衆の許可を取ろう

 森でエイミーちゃんとのスキンシップを堪能して勢いに乗った僕は、そのまま愛妻を連れて中層まで散歩し、家来衆への土産がわりに二、三体の美味しい魔獣を討伐して屋敷に戻った。

 善は急げとも言うし、隣領での二人きりでのデートを認めてもらうため、そのままメアリ、クーデル、ジャンジャック、ハメスロットを召集する。


「と、いうわけでエイミーと二人で隣領に骨休めに行くことにした。三日ほどで戻るので留守を頼む」


「どんなわけでヘッセリンク伯爵家当主夫妻が護衛も連れずにぶらぶら出歩くんだよ」


「私はいいと思うわ。奥様が伯爵様と二人で過ごしたいという気持ち、痛いほどわかるもの。そのお気持ちを聞いてなお護衛につくなんて野暮だと思う」


 理解できないというような顔で、艶やかな黒髪をくしゃくしゃと掻き回すメアリ。

 一方、クーデルは目をキラキラと輝かせながら僕の計画を肯定してくれた。

 

「一応俺たちはこの夫婦の護衛も兼ねてるんだぜ? 両手をあげて『はい行ってらっしゃい!』とは言えねえって」


 なおも首をゆっくりと振るメアリに対して、本当にわからないといった表情を浮かべるクーデル。

 

「このお二人を害せる勢力なんていないのに?」


 どうせ襲われても自力で鎮圧するんだから、こいつらに護衛付けるだけ無駄だぞと。 

 つまりそういうことかな?

 

「クーデルお前、それは自分達の存在意義に関わってくること理解してるか? まあ当然俺もこの二人なら隣領どころか隣国まで行こうが怪我一つしねえと思うよ。ただ、だからって供回りなしで好き勝手歩き回らせるわけにはいかねえだろ。こんなんでも護国卿なんて呼ばれる大人物だぞこの兄ちゃん」


 なおも言い募ろうとするメアリだったけど、それを手で制したのはジャンジャック。

 若い者では僕を説得できないと判断したのか、攻撃手交代とばかりに前に出てくる。


「メアリさんの言うとおり。レックス様。あまり我々を困らせないでください」


 忠臣オブ忠臣であるジャンジャックとしても、隣領とはいえ僕達二人だけでうろつくのは看過できないらしい。

 ハメスロットも同様に厳しい顔で頷いている。


「む、ジャンジャックとハメスロットも反対か? 留守の間のサクリの世話はアデル、ジャンジャック、ハメスロットの三人に全て任せようと思っていたのだが。そうか」


「ハメスロットさん? 三日程度ならお二人がいなくても全く問題はありませんね?」


「ええ、一切問題ありませんとも。仮にもっと長期でご不在だとしても、我らヘッセリンク伯爵家家来衆は盤石。小揺るぎもいたしません」


 爺やペアによる美しい手の平返しが決まった。

 長期で不在でも全く影響ないって言われたのは若干ひっかかるけど、二人がサクリを愛してくれていること、心から嬉しく思います。

 

「おい、それだけ勢いよく手の平ひっくり返して手首は痛くねえかい? 爺さん方」


「痛くも痒くもありませんが?」


 メアリの皮肉に真顔で回答するジャンジャック。

 いいかい、兄弟。

 その爺さん達は手のひらを多少回転させたくらいで痛むほどヤワじゃないぜ?

 

「お嬢が絡むと途端にポンコツになるのやめてくれ! あんたらが崩れると誰もこの伯爵を止められねえから!」


 ヘッセリンクにいながら常識を手放さずにいるメアリってほんとに貴重だなあと微笑ましく思っていると、ジャンジャックがパンッと手を鳴らした。


「では、冗談はこれくらいにして。メアリさんの言うとおり、伯爵家当主ご夫妻が護衛もつけず出歩くなどというのはいただけません。もちろんお二人の安全面もありますし、我ら家来衆からすれば、他領の者から職務怠慢と見られてしまうわけですから」


『あそこの家の家来衆、当主が出歩いてるのにお供もしないんだって』『えー、信じられない!』っていう目で見られるわけか。


「なるほど。その視点はなかったな。僕のわがままでお前達の評判が下がるのは避けたいところだ」


「ですので、伯爵家当主ご夫妻だとバレないように素性を隠してお忍びで出かけていただきましょう」


 ジャンジャックが満面の笑みで提案し、ハメスロットは反対はしないというように肩をすくめる。

 夫婦して身分を隠してお忍びで珍道中か。

 響きだけでワクワクしてくる。

 僕とエイミーちゃんはある商家の若夫婦っていうことでどうだろうか。

 見聞を広めるために夫婦で諸国を漫遊してます、みたいな。

 ワクワクソワソワし始めた僕を尻目に、ジャンジャックのある意味雑な提案を受けてこの場で唯一の常識人となったメアリが目を剥く。

 

「は!? それ、何の解決にもなってなくねえ?」


 メアリはあくまで僕たちの身の安全を心配してくれてるわけなので、護衛なしという部分が解決していない提案には頷けないだろう。

 そんな若手に、わかっているとばかりにハンドサインを送るジャンジャック。


「メアリさん。貴方の発言と対応は貴族家の家来衆として一分の瑕疵もありません。むしろあの小生意気な小僧だった貴方がそこまで成長したことを誇らしく思います」


 ジャンジャックからの予想外の褒め言葉を受けて複雑な顔のメアリ。

 少し頬を赤くしながら、小生意気は余計だよと呟く姿がとてもキュートだ。


「ですが、我々の雇い主が奥様と『二人きり』で出掛けたいと強く希望されているのです。それを叶えて差し上げるためにはどうすればよいか。まずはそれを一番に考えるべきでしょう」


 諭すようなジャンジャックの言葉に、メアリがようやく微笑みを浮かべ、言った。


「その言葉が、お嬢の世話を独占したいがために出たものじゃねえことを心から願ってるよ」


 おい、目を逸らすなジャンジャック。

 

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