第266話 夫婦間コミュニケーション
オーレナング、魔獣の森。
その浅層の比較的開けた場所で、エイミーちゃんと向かい合った。
二人とも軽装で、お供の家来衆も
近くにはいない。
愛妻が、その状況を確認してニッコリと微笑んだあと魔力を練り上げる。
「火魔法、炎連弾!!」
出会った時から頻繁に使っているこれが得意な魔法なんだろう。
拳大の炎の弾丸が様々な角度から僕に襲いかかってくる。
メアリやジャンジャックならステップなりなんなりで回避するんだろうけど、身体的な強度に自信のない僕には不可能な芸当だ。
なので、どの家来衆よりも自信があるところで勝負しないといけない。
「風魔法、ウインドヴェール!!」
属性魔法が苦手な僕がなんとか人並みに操れる風魔法。
風で分厚い膜を展開し、妻が放った弾丸を片っ端から吸収していく。
少し前から真剣に練習し始めた成果が出ているのか、無数とも思えた炎の弾丸は一つとして僕の身体に届くことはなかった。
空気と地面が焦げた匂いを漂わせるなか、魔法を放ったエイミーちゃんは頬に手を当てて呆れ顔だ。
「なんとでたらめな魔力量なのでしょうか……。属性魔法の操作には慣れていらっしゃらないはずなのに」
魔法操作をテクニック、魔力量をフィジカルに相当すると考えれば、僕は天才肌のテクニシャンを圧倒的フィジカルで抑え込む肉体派ということですね。
「そうだな。だから技術ではなく力尽くで魔力を運用するしかないのさ。例えば、こんな風に」
お返しとばかりにエイミーちゃんに向かって風の矢をばら撒く。
足を使って逃げられないよう、無駄に広範囲に継続して撃ち出すことがポイントだ。
「くっ!! 炎よ!!」
相手が魔獣ならその身に大量の矢を受けて勝負は決まるんだけど、エイミーちゃんはそんなに甘くない。
ほんの一瞬視線を巡らせただけで逃げ場がないことを察し、僕がして見せたように炎の壁を広く厚く展開。
風の矢を全て飲み込んでみせた。
「あれを完璧に防ぐか。流石だなエイミー。素晴らしい練度だ。魔力操作の精緻さでは、僕は足元にも及ばないな」
炎の壁を消した後、疲れたように尻餅をついているエイミーちゃんに手を差し出し立たせてあげると、僕の言葉にぶんぶんと首を振ってみせる。
「何を仰いますやら。レックス様は召喚獣を封印されているのです。それなのに攻めあぐねた挙句反撃を受けるとは」
「それを言ったらエイミーも格闘術は使っていないだろう? あり得ないことだが、もし、万が一。世界が滅びる一歩手前で僕とエイミーが敵として相見えた場合。勝つのは君だろう」
エイミーちゃんの拳なり膝なりを受けたら一発KOですよ。
脅威度Dの魔獣くらいなら軽々砕いちゃうからね。
考えただけでも震えが止まらない。
「そうでしょうか。私がレックス様を打ち破る光景が想像できないのですが」
「僕の最大戦力である召喚獣を呼び出すまで早くても数秒はかかるからな。その間に間合いを詰められれば制圧は容易いだろう」
魔法使いを相手にする時の鉄則は、『魔法を使われる前に倒せ』。
これに尽きる。
「その代わり、その数秒間を耐えきられたら私の負けが確定するのですね。並の魔法使いなら一撃で仕留める自信があるのですが」
「我が家の魔法使いは、ジャンジャック、フィルミー、そしてエイミー。誰一人として純粋な魔法使いはいないな。ああ、いや。領軍にはいるか」
前三人については自慢のフィジカルを生かして自ら敵を牽制しつつ魔法を完成させることができる。
一方の魔法隊にそんな身体能力はないので歩兵隊などの護衛がいるわけだ。
「いざという時のためにはやはりレックス様を基準として訓練しなければならないでしょうね」
対魔法使いの訓練。
それが今日エイミーちゃんから森に誘われた理由だった。
伯爵様の奥さんであるエイミーちゃんが魔法使いに狙われる場面なんてないと思ったんだけど、どちらかというと僕に必要な訓練なのかもしれないと思い直した。
最低限の自衛くらいはできないとね。
「僕としてはたとえ訓練でも可愛いエイミーと魔法を撃ち合ったり拳を交えたりしたくないのだが」
そう言ってため息をつくと、エイミーちゃんが目尻を下げて笑う。
やだ可愛い。
ああ、神よ。
可愛い妻と巡り合わせてもらったことを感謝いたします。
あと、できればサクリもエイミーちゃん似でありますように。
僕に似てる部分はなくていいです100%エイミーちゃんでお願いします。
「ふふっ、レックス様ったら。本当は私もそうです。ですが、ジャンジャック様ではそもそも訓練になりませんから。それに」
そこまで言って言葉に詰まるエイミーちゃん。
今度は眉毛までハの字になって困り顔だ。
これはこれで可愛い。
「それに、訓練をしている最中はサクリをアデルに預けて二人きりになれますから。……こんなことを考える私を、悪い母親だと思われますか?」
かーわいいー!
うちの奥さん、かーわいいー!
悪い母親だなんてそんなこと思いませんよ?
貴族のお母さんなんて乳母に丸投げだって珍しくないらしいし、それを考えたらずっとサクリと一緒にいて成長を見守ってるんだから悪いなんてことがあろうか。
いや、ない。
「そう言えば、サクリを可愛がるあまり、エイミーとの二人きりの時間を確保できていなかったな。これは僕が気づくべきだった。すまない」
わざわざ訓練なんて理由をこじつけてまで二人になりたいなんて。
寂しい思いをさせてしまっていたようだ。
ごめんよエイミーちゃん。
「いえ! その、サクリが生まれてきてくれたことはレックスさまと出会えたことと同じくらい幸せなことです。ですが、もう少しレックス様との時間があればもっと頑張れるのにと。最近そんなわがままばかり考えてしまいまして」
顔を赤くして上目遣いでこっちを窺ってくるエイミーちゃんに勝る可愛い生き物がいるか?
いるなら連れてきてほしいものだ。
その愛らしさに思わず抱きしめてしまう。
大丈夫、家来衆も見てないから。
「そんな可愛いわがまま、僕が聞かないわけないだろう? よし、今度時間を作って隣領に遊びに行こうか。久しぶりに二人きりで」
「いいんですか? 嬉しい!」
デートの約束をすると、至近距離で満面の笑みを浮かべ、エイミーちゃんが強く抱き返してくれる。
オーケー、マイプリティワイフ。
少し力を緩めてもらっていいかな?
「サクリが甘えん坊なのはエイミーに似たのかな?」
エイミーちゃんの熱烈なハグで身体を軋ませながら頭を撫でてあげると、猫のように目を細めて気持ちよさそうにしている。
「そうかもしれません。きっとサクリもレックス様のことが大好きな子に成長してくれるはずです」
「そうなるよう頑張らなければな。娘に嫌いなどと言われたら、辛すぎてうっかり森の魔獣を全て狩り尽くしてしまいそうだ」
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