第264話 定期面談
「いやあ。ここは素晴らしい場所だ。刺激。そう、ブルヘージュでは得ることのできなかった刺激を感じる日々です」
執務室のソファに腰掛け、日焼けした顔で笑顔を浮かべたのはブルヘージュから短期留学中のメラニア。
その横では、生意気マイペース召喚士から我が娘サクリの狂信者にジョブチェンジを果たしたステムがうんうんと頷いている。
今日は二人がやってきたばかりの時から定期的に実施している面談の日だ。
「そうか。得るものがあるようなら私も安心だ。せっかく長期の休みまでもぎ取ってここまで来てもらったのに、なにも成長しませんでしたでは申し訳ないのでな」
うちにいる名目がバカンス目的じゃないだけに、特にメラニアは国に戻ったときにある程度の成長を示さなければいけないだろう。
「私もメラニアも、ここに来る前と後ではほぼ別人。それは戦力的なことよりも、精神的な面での成長があったから」
ステムがキリッとした表情でそう言う。
メラニアも同意するように笑っているので、二人ともある程度なんらかの成果を実感できているということか。
「ほう。精神的な成長。それを自ら感じられるとは、よほど充実しているようだな」
悩んでる様子もないし今日はこれでかいさーん。
とはいかなかった。
なぜか、僕の何気ない一言でステムのスイッチがオンに切り替わる。
「充実しかしていない。朝は早く起きてユミカと身体を動かし、マハダビキアさんの美味しいご飯を食べる。そのあとは化け物揃いのヘッセリンク伯爵家家来衆と森に出て実戦経験を積んで、ヘトヘトで帰ってきたらマハダビキアさんの美味しいご飯を食べる。そして、寝る前に姫様の側で祈りを捧げて一日を終える。一分の無駄もない、素晴らしい日々」
ステムがマハダビキアに胃袋をつかまれたことは理解した。
気になるのは、サクリの横で何に祈りを捧げているのかだ。
祈りの対象はサクリじゃないよね?
それを問いただす前にメラニアが口を開く。
「私もステムに劣らず充実しています。この子のように劇的に何かが変わったわけではありませんが、現在地を確認できたのは大きい。とくに対人戦。これほど負け続けることなどこれまでなかったので」
メラニアはあまり森に出ず、毎日毎日誰か家来衆を捕まえては模擬戦を挑んでいる。
ブルヘージュでは対魔獣の機会はほぼないため、対人の技術を磨きたいらしいが、とにかく毎日ぼっこぼこだ。
それでも笑ってるから充実しているという言葉に嘘はないようだが。
「うちの家来衆は強いか?」
「あれが強くないと言われたら、この世から強者という文字はなくなるでしょうね」
うむ。
家来衆が認められるのは嬉しいし鼻が高いな。
メラニアの言葉を受けて、スイッチオン中のステムがそれだけじゃない、と続ける。
「裏の仕事をしている家来衆の質も高い。マハダビキアさんの料理は神の域だし、ビーダーおじさんの作ってくれる軽食やおやつも店を出したら行列ができるはず。アデルおばさんはふんわり優しいお母さん。森で失敗する度についつい甘えてしまう」
マハダビキアの腕は言わずもがな。
ビーダーの賄い飯的な料理は若者の胃袋を掴んで離さない力があるらしく、国都の屋敷の若手家来衆は漏れなくその虜なんだとか。
アデルも国都では相応の立場にある料理長やメイド長から『姐さん』と呼ばれて慕われてたらしい。
年輪に起因した二人の人間力は、今や我が家の屋台骨の一つと言っても過言ではない。
「ステムの言うとおり。そうだ、アリス義姉さんやイリナ君のメイドとしての万能性も見逃せない。二人きりでこの屋敷を維持しているのでしょう? 正直に申し上げてあと二、三人増やして差し上げてほしいくらいです」
痛いところを突かれて思わず天を仰いでしまった。
そうなんだよなあ。
戦闘員は充実してるんだけど、屋敷の維持に関わる人間が不足気味だ。
わかってはいるんだけど、我が家特有の事情がありまして。
「私も常々そう思ってはいるんだがな? なかなかオーレナングに来てもいいと言ってくれる人材がいなくてな……」
もちろん危険地帯だからお給料も他の家より高めに設定してるんだけど、これだけ求人に反応がないところをみると金じゃねえんだよ、ということらしい。
「二人に加えてアデルもメイド業の加勢をしてくれるからな。現状は彼女らの頑張りに甘えているところだ」
「住んでみれば噂されているほど悪いところじゃない。少なくとも、非戦闘員に命の危険はない、というか伯爵様のお膝元が危険なわけがない」
ステムは嬉しいことを言ってくれるが、それを伝える術がないから困ってしまうわけだ。
まさか望んでもいないのに無理矢理連れてきて職場体験というわけにはいかない。
エスパール伯とブルヘージュの皆さんは無理矢理連れてきたけどあれはノーカウントだ。
「ヘッセリンクという名前だけで怯えられてしまうのさ。まあ、原因は僕も含めた歴代当主のヤンチャにあるから仕方ないのだが」
「ああ……。まあ、それは」
「ブルヘージュにも、まさに伯爵様のヤンチャが広まりきったところ。そんな二国制覇は偉業」
歯切れの悪いメラニアを尻目にバッサリ斬ってくるステム。
勘弁しろよとばかりに聖騎士さんが召喚士さんの小さな頭を鷲掴みにしてシェイクする。
「こらステム! 言葉を選べとあれほど! 申し訳ありません伯爵様」
「構わんさ。ステムのこれは皮肉ではなく心からの賞賛なんだろう?」
サクリへの謎の信仰に目覚めたのと同時に、僕にも行き過ぎじゃないかというレベルの敬意を向けてくるようになったからな。
案の定、僕の推測を真顔で肯定するステム。
「もちろん掛け値なしの賞賛。姫様のお父上である伯爵様の名前が故郷に轟くことに喜びすら感じている」
この目、見たことがある。
我が家所属の美しい女死神クーデルが、美しい男死神メアリに向ける、あの目に似ている。
ステムの身の回りの世話係はイリナだけど、基本的にはクーデルと行動を共にしてるからよろしくない部分の影響を受けてしまったのかもしれない。
「クーデルのその部分は真似しなくていいんだぞ?」
「クーデルがメアリに向ける諸々の感情には一切曇りがない。あれこそまさに『愛』。私はそれを姫様に捧げているだけ」
釘を刺したがもう遅い。
クーデルの語る『愛』の沼に、肩までどっぷり浸かってしまっているようだ。
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