第262話 『炎狂い』 ※主人公視点外

 カナリア公爵家嫡男として生まれたからには年齢など関係なく自分が一番偉いのじゃと思って生きておった。

 実際、頭も良く腕っ節も強かったからのう。

 あとは、なんと言っても顔が良かった。

 同世代から年上の人妻まで引くて数多でモテてモテて仕方なかったわ。 

 ただ、千人斬りなどと噂されてはおるが、勘違いしないでほしい。

 妻一筋の一途な伊達男。

 それが儂、ロニー・カナリアという男じゃ。


 エスパールのがヘッセリンク伯爵家の謀反を疑い招集された十貴院でレックス・ヘッセリンクを見た時、「ああ、あの男の孫じゃ」と一目でわかった。

 どちらが色男かと言われれば当代のほうじゃし、愛嬌も圧勝じゃ。

 あの『炎狂い』も常にニコニコ笑っている男じゃったが、ぴっちりと油で撫で付けられた硬質な銀髪と皮肉げに歪められた口の端が、どこか冷たさを感じさせる風貌をしておった。

 目が笑ってないというやつじゃなあ。

 それに引き換え、当代は人としての魅力が見て取れる。

 まあ、甘い部分も散見されるがそこも可愛がられる部分でもあるじゃろう。

 

 レックス・ヘッセリンクの祖父は歳で言うと儂の二つ上。

 出会いは王立学院じゃった。

 あまりに昔のことすぎて理由は忘れたが、なんらかの生意気をかました結果、容赦なく殴り飛ばされたのだけは鮮明に覚えておる。


「いけませんね、ロニー君。私は伯爵家。君は公爵家。家格はもちろんカナリア公爵家が遥かに上ですが、学院内でそれをふりかざすのは下品だ。ここでふりかざしていいのは正論と拳だけです」


 倒れ込んだ儂の襟首を掴んで引き起こしながらそんなことを言う『炎狂い』。

 その目があまりにも怖くて殴り返すことはおろか反論することもままならんかった。

 今思えばヘッセリンクが正論を語るなどちゃんちゃらおかしいんじゃが。

 

 学院を卒業した儂は国軍に入った。

 儂の実力とカナリアの家名が響き合って出世を重ねた結果、比較的早い時期から一隊を任されるなど順風満帆。 

 レプミアのカナリア軍と聞けば、当時は近隣諸国が震え上がったもんじゃ。

 着々と名を上げる儂に親父殿も安心したのか、三十路に差し掛かる頃に家督を譲る決断を下した。  

 カナリアの歴史上、もっとも若くして当主の座に就いたのが儂じゃな。

 正直、国軍の仕事が楽しくて公爵就任は断りたかったのじゃが、公爵家をさらに強くと期待をかけられてはそんな我儘も言えず。


 当主の座に就いて間もない頃に行われた十貴院会議。

 そこで、オーレナングで家業の魔獣狩りに従事したあと一足先にヘッセリンク伯爵となっていた『炎狂い』に再会した。

 相変わらず表情だけはにこやかなその男は、濃緑に金塊という趣味の悪い外套の下に、輪をかけて趣味の悪い紅蓮の炎を縫い取った派手な服を着込んでおった。

 昔から服装の趣味に難のある男じゃったが、そこは変わっておらんかったらしい。


「おや、久しいですねロニー君。いや、カナリア公と呼ばなければなりませんか。ご活躍は遠くオーレナングまで聞こえていますよ」


 相変わらず本心の分かりづらい男じゃった。

 このあとの長い付き合いで、何か企んでるように見えるだけで裏表などないことを知るが、この時点ではゲルマニスやロソネラなどよりよっぽど警戒すべき相手として認識しておったな。

 会議内容は、隣国ブルヘージュが国境沿いで活動を活発化させていることについての意見交換じゃった。

 ただ、十貴院などと言っても、実態は大貴族の自尊心を満たすためのままごと機関に成り下がっておるのは周知の事実。

 この時も、カナリア公爵に就任したばかりかつ国軍所属の儂をいじって格付けをしてしまおうという意地の悪い魂胆が透けて見えておった。

 特にラスブランは十貴院でいうところのカナリアの一つ下の位じゃからな。

 本来ならその場を仕切るゲルマニスが不在じゃったから若い儂ではなくラスブランが仕切りをしておったのもよろしくなかった。

 気の長い方ではないことを自覚しておる儂はついついブチ切れてしまってのう。

 怒りに任せてラスブランに向かって机を投げつけてやったんじゃ。

 が、それがあの阿呆に当たることはなかった。


「燃えろ」


 ラスブランにぶつかる直前、机は突如として炎に包まれ、消し炭になってパラパラと床に落下した。

 結構な重量の机だったんじゃが、一瞬で燃やし尽くすとは。

 犯人はもちろん『炎狂い』じゃった。

 余計なことをするなと睨みつけると、髪を整えるように撫で付けながら言う。


「地位も人間的にも君の方が格上なのだから、そんな小物にいちいち腹を立てるんじゃありません。ご列席の皆さんは小さな自尊心満たすためにわざわざ集まっている可哀想な人達なんですよ? それなのに君が暴発したらよりみじめになるでしょう」


 なにが怖いといって、これもラスブランを始めとした参加者を揶揄しているのではなく、本心からそう言っておるということじゃ。

 混じりっ気なしの本音に自尊心の塊のジジイ達が机を叩き、あるいは立ち上がって『炎狂い』を糾弾し始める。

 十貴院が形骸化しておるとは聞いたが本当にひどいもんじゃった。

 

「別にあなた方が誰をどう貶めようと構いませんが……。まあ、この子は私の可愛い後輩なのでね。あまりいじめてあげないでくださいな」


 そう言って笑みを一層深めると、もう一度燃やせと呟く。

 すると、うるさく喚く親父達の上衣から炎が上がり、次の瞬間には上着だけを燃やされて上半身裸にされた、情けない親父達の群れが出来上がっておった。

 その光景に腹を抱えて爆笑しながら床を転げ回る『炎狂い』。

 相手に怪我をさせず服だけを綺麗に燃やし尽くす技術は、レプミア史上最高かつ最悪の火魔法使いという評価に相応しいものじゃった。


「普段ならこんなしょうもない会議、参加する気もないんですが、今日は来てよかった。可愛い後輩が陰険な親父どもにいじめられないかと心配だったんですよ」


 どうやらこの男。 

 初参加の儂を心配して普段は参加しない十貴院にやってきたらしい。

 なんともらしくないことをするもんじゃと思ったが、素直に頭を下げておく。

 

 その後も森から出てくるたびに様々やらかしてくれた『炎狂い』じゃが、珍しくオーレナングに呼ばれたときには、嬉しそうに孫の才能がすごいと自慢しておった。

 なんでも複数の魔獣を従える召喚士だとか。

 その数年後には国都を席巻し、幼いながらに騒動を繰り返したことで貴族界隈では『小狂人』と呼ばれたレックス・ヘッセリンク。

 今や立派な『狂人』に成長したあやつの無軌道ぶりを、あの世で『炎狂い』が腹を抱えて笑い転げておるのが目に浮かぶようじゃ。

 

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