第240話 Lesson4〜鬼ごっこ、かくれんぼ〜

「レプミアの奴らはどこに消えた!?」


「陛下! 余所見などせずに走ってくだされ! 熊は、熊は思っているより速うございます!!」


 オーレナングの森、中層。

 その浅層からも深層からも一番遠いまん真ん中で、僕達レプミア勢はブルヘージュの皆さんを撒いた。

 活躍したのは亡霊王マジュラス。

 瘴気を混ぜない、ただの黒い霧を展開してもらい、偶然、やむを得ず、仕方なしにはぐれた感を演出してみた。


 そして今。

 僕とリスチャード、アルテミトス侯とジャンジャックの四人で、迷子状態のブルヘージュの皆さんを追跡している。

 あまり大人数だと気づかれてしまうので、ゲルマニス公とカニルーニャ伯はメアリ達家来衆のエスコートで帰宅していただいた。

 アルテミトス侯については、こんなに面白そうな催しを見逃す手はないと帰宅を拒否して追跡に加わっている。

 

 しかし、運命の悪戯というのだろうか。

 僕達が姿を消した直後、ブルヘージュの皆さんの前に姿を現したのは野生のマッドマッドベアだった。

 これが他の魔獣ならまだ落ち着く余地があったのかもしれない。

 しかし、ステムの召喚獣としてその威容と脅威を目にしたことのある熊さんが現れたことで、全員一気に恐慌状態に陥ってしまう。

 そして始まる熊対ブルヘージュ首脳陣の鬼ごっこ。

 僕達とはかくれんぼを、熊とは鬼ごっこを同時に楽しむなんて、ブルヘージュの皆さんはワンパクですね。

 

 逃げ惑う皆さんに気づかれないよう細心の注意を払いながらも、リアクションを見逃さない絶妙な距離を保って追跡する。

 驚いたのは、アルテミトス侯の瞬足っぷりだ。

 リスチャードやジャンジャックも相当だけど、それに勝るとも劣らない速度で駆けていくアルテミトス侯。

 一番遅いのが僕だったりする。

 純魔法使いはフィジカル的に不利だから仕方ないね!

 

「しっかし、本当に悪い男ねえ、レックス。見てみなさいよあれ。一国の最高権力者の全力疾走なんてなかなかお目にかかれないわよ?」


 リスチャードが前を走る集団に向けて顎をしゃくる。

 確かに。

 腕も振れてるし腿もよく上がってる。

 ブルヘージュのなかでは王様が一番綺麗なフォームで疾走しているのがジワジワくる光景だ。

 あ、リュング伯が転んだ。

 

「珍しいものを見ることができてよかったじゃないか。しかし、上手い具合にマッドマッドベアが現れてくれたものだ」

 

「掃いて捨てるほど魔獣がいるというのに、狙ったように熊が出てくるとは。ヘッセリンク伯、さては何か仕掛けたな?」


「いえ。これが本当に全く。なんせ中層への案内もあの場で決めましたので。仕込みをする時間はありませんでした」


 鹿の次は熊が出ればいいなぁとは思っていた。

 牛でもいいけど、ブルヘージュのなかで最高峰扱いの熊が出た方が絶対に盛り上がるから。

 ただ、事前の打ち合わせではLesson3で終わる予定だったし、仕込みも浅層の闇蛇トレインだけだったから、今ブルヘージュの皆さんが熊に追いかけ回されてるのは混じりっ気なしの偶然だ。


「これが偶然とは怖いものだな。こんな偶然の悪戯を許すとは、どうやらこの森に住む神もまた、狂人らしい」


 狂った人が狂人なら、狂った神は狂神かな?

 その神様の左右の頬をいつか張ってやろうと心に決めている事は秘密にしておこう。

 まだ見ぬ神よ。

 お義父さん仕込みのビンタは痛いぞ。

 と、いるかいないかわからない存在への威嚇は置いておいて。

 目の前の鬼ごっこは、捕まったら即人生ゲームオーバーという森のローカルルールが適用されたクソゲーなので、逃げている側の体力が尽きる前に介入しないといけない。


「そろそろ偶然を装って合流しましょうか。流石にあの面子が我が領地で怪我をしては責任問題になりそうだ」


 あまり楽しみ過ぎて当初の目的を忘れてはいけない。

 当初の目的?

 もちろんブルヘージュとの友好関係を築くことだ。

 そのための講義なのだから。

 アドリブで追加したLesson4もひとえに隣国との関係改善のためであって、決して出産に立ち会えなかったことへの恨みやエイミーちゃんへの暴言への怒りを背景にした嫌がらせではない。


「そうだな。あの熊は私とリスチャード殿で止めておく。ヘッセリンク伯はブルヘージュの皆さんを安心させて差し上げ」


「レックス様! 新手でございます!」


 アルテミトス侯とリスチャードが前に出ようとするのを、ジャンジャックが鋭い声で制する。

 眼前では、ブルヘージュの皆さんと鬼ごっこを楽しんでいたマッドマッドベアが、突然の闖入者に弾き飛ばされていた。

 ニューカマーは体表に厳ついトゲトゲを生やした八本足の魔獣。

 大きな蜘蛛さん、初めまして。

 ジャンジャックは何度か目にしたことがあるらしく、楽しそうな表情を浮かべている。


「ドランクスパイダーとは、珍しいこともあるものです」


【ドランクスパイダー。蜘蛛型の魔獣で脅威度はB。夜行性で闇に紛れて獲物を捕食する習性があります。体内で生成した糸による拘束や、酔っ払っているかのような読みづらい動きで獲物を翻弄します】


 酔っ払い蜘蛛ね。


「おいで、ゴリ丸、ミケ!!」


 打撃No. 1のゴリ丸と、遮蔽物の多い森ではアドバンテージの多い小回りNo. 1のミケを召喚しつつ、魔獣達とブルヘージュ勢の間に割って入る。


「へ、ヘッセリンク伯! ああ、天の助けだ! 熊が、蜘蛛が!!」


「気づいたらはぐれていらっしゃったようで心配いたしましたよ。しかし、私達が来たからにはもう安心です」


「ええ。熊も蜘蛛もまとめて葬ってご覧に入れましょう。ヘッセリンク伯は蜘蛛を。アルテミトス侯は私と熊狩りと参りましょうか」


 我ながら酷い自作自演だけど、リスチャードがノリノリで茶番に付き合ってくれたのでブルヘージュの皆さんは僕達の仕掛けには全く気づいていないようだ。

 

「ジャンジャック。ブルヘージュの皆さんの護衛を頼む。毛筋ほどの傷も負わすな」


「御意」


「裏側を知っておると、こんなに白々しいやりとりもないな。ブルヘージュの皆さんには同情するが、ヘッセリンクに標的にされたのが運の尽きか」


 

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