第239話 Lesson3〜理解度テスト〜

 ジャンジャックによる模範演舞は無事に終わった。

 僕のオーダーのとおりの、完璧な出来と言って差し支えないだろう。

 鹿の頭部の状態をマイルドに表現するなら、潰れたトマトです。

 普段ならマーダーディアーを討伐すれば解体するなりそのまま持ち帰るなりして食材に加工するんだけど、今回はブルヘージュの皆さんもいらっしゃるし時間もないので穴を掘って埋めておくことにした。

 

「さて。今見ていただいたのが我が国でマーダーディアーと呼ばれる鹿型の魔獣です。我が国では魔獣を脅威度して分類しており、この鹿は脅威度Cに位置付けられています」


 Lessonとか言っておきながら、初めて授業っぽいことをしてる気がするな。

 これまでが威圧散歩、自然破壊、地獄探訪だったから仕方ないんだけど。

 Lesson2の途中、国境沿いの街でステムと会った際、少しだけだが召喚士同士で語り合う時間をとることができた。

 そのなかでわかったのは、魔獣に対する考え方、感じ方がレプミアとブルヘージュではっきり違うことだ。


「ちなみにリュング伯。カロラ子爵に仕える召喚士、ステム嬢の操る熊型の魔獣を見たことはありますね?」


 先日も国境沿いで熊対クーデルが行われたばかりだし、カロラ子爵の口ぶりなら事あるごとに披露していた可能性は高いのでそう問いかけると、案の定リュング伯は首を縦に振った。


「……ああ。『眠らぬ暴君』のことなら何度も見たことがある」


「そう、その暴君です。伺いたいのは、あの熊以上に凶悪な魔獣が貴国に存在しますか?」


「……いや、いない。少なくとも、私は知らないし、聞いたこともない。『眠らぬ暴君』にしても、召喚士殿が従えているからこそ恐怖はないが、あれが野生で現れたならば、相当の被害を覚悟しなければならないだろう」


 つまり、マッドマッドベアはブルヘージュにおいて脅威度Sとして扱われていると。


「なるほど、わかりました。しかし、残念ながらあの熊も我が国基準では先ほどの鹿と同様脅威度Cに分類されています」


 僕の説明に、ブルヘージュの皆さんが唖然とした表情を見せてくれる。

 ナイスリアクション。

 これもステムと話してわかったことだけど、ブルヘージュには魔獣がほとんど棲息していない。

 全くゼロとは言わないし、定期的に辺境に群れが出たりするけど、それもこちらでいう脅威度D相当の魔獣ばかりのようだ。

 ステムの従えているマッドマッドベアが隣国最高峰の脅威度を誇る魔獣として認知されているのは、そういう事情に基づいたものらしい。

 レプミア側から見ればそんなことあるかと突っ込まざるを得ない状態だ。


「『眠らぬ暴君』が、C……。いや、そもそもあの巨大な鹿もCなのか?」


「ええ。ちなみに、私の家来衆で戦闘を生業とする者達は全員『眠らぬ暴君』を単独で葬ることができます。我が家以外にも、我が友リスチャードやゲルマニス公の護衛ダイファン殿など、熊狩りのための人材には事欠きませんな」


 ブルヘージュの皆さんの後ろでフィルミーだけがものすごい勢いで首を振ってるけど気にしない。

 君は脅威度Aの竜種、マッデストサラマンドの討伐経験があるんだ。

 つまり、当然脅威度Cの討伐もクリアしたと判断することができる。

 異論は認めない。


「ああ、そうだ。今晩の食事にはマーダーディアーとマッドマッドベアの肉をご用意する予定です。ぜひ楽しんでいただきたい」


 ここまで多少話を盛りはしたものの、そもそも戦力の質に雲泥の差があるのだと伝わればいい。

 ブルヘージュが脅威度Sとして扱う熊は、我が国では脅威度Cにしか過ぎず、なんなら食材扱いしているんだぞ、と。

 

「初めから、勝てぬ戦だったということか……」


 ブルヘージュの王様が頭を抱えながらそんなことを呟く。

 どうやらここまでのレッスンを経て、正しい答えに辿り着いてくれたようだ。

 

「戦にはその時点での運の要素もあるでしょうが、少なくとも先日の小競り合いでレプミアが負ける目はなかった」


 ゲルマニス公の言葉に、王様同様青い顔をしていた貴族の皆さんが次々と膝から崩れ落ちる。

 各々甘い夢を見ていたことに思い至ったんだろう。

 これでもまだ野心が残るようなら困りものだったけど、講義を通じて正しく両者の関係を理解してくれたことは評価したい。


「我々レプミアには、これまでのことを水に流して貴国と手を取り合う準備がある。ただ、そうするからには次の世代やまたその次の世代において、同じようなことを繰り返されては困るのだ」

 

 アルテミトス侯が優しい笑顔で紡いだ言葉を意訳すると、『これで手打ちにしてやるが、お前らの子供や孫がアホなことしたら次はないからな』ということになる。

 ブルヘージュの皆さんは甘々の夢想家揃いだけど、これについても正しく理解してくれたようだ。


「レプミアに手を出してはいけない。老人達の言うことが正しかったのだな。愚かにも先人の言葉を無視したせいで、歴史を繰り返してしまうとは」


 うんうん。

 国のトップがしっかりと反省してくれたなら当面はウザ絡みされることもないだろうし、友好関係構築に向けた協議も前向きに進めることができるだろう。

 案外娘が大きくなる頃には、お互いに行き来できるくらいには仲良くなれるかもしれない。

 そんなことを考えていると、ブルヘージュの王様が意を決したように顔を上げた。


「レプミアの方々。今回のことについては、国に戻り次第全ての貴族を集め、私の口から顛末を説明することとする。レプミアが危惧するような事態に陥らないよう、意思統一を徹底することを約束しよう」


 この言葉をもって、Lesson1からLesson3までを通じての理解度テストは、合格点をあげてもいいだろう。

 ゲルマニス公もアルテミトス侯も満足げに頷いている。

 よし、Lesson3も終了だ。


「では、ブルヘージュの皆さん。先に進みましょう。ここは森の浅層。少し進めば中層と呼ばれる、より凶暴な魔獣の棲家になります。かなり高い確率で野生の『眠れる暴君』を見ることができるでしょう」


「いや、ヘッセリンク伯。もう充分だ。これ以上は必要ない」


「はっはっは! 何を仰いますやら。今回の催しは皆様にレプミアを正しくご理解いただくことを目的としております。このような森の浅層で伝え切れることではありません」


「しかしこれ以上は」


「さあ、お立ち上がりください! オーレナングに広がる魔獣の庭。その真の姿は、これから向かう中層以降にございます!」


 ヘッセリンクによるレプミア講座。  

 Lesson4。

 『地獄の入り口を覗こう』。

 皆々様、レプミアの地獄を心ゆくまでご堪能ください。

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