第241話 Lesson4〜圧倒〜
森の中層で急遽組まれた対戦カードは二つ。
第一カードはミケ&ゴリ丸VSドランクスパイダーという魔獣対決だ。
こちらはミケが先鋒らしく、ゴリ丸はやや下り目で腰を下ろしている。
無差別級どころではないサイズ差の戦いが始まった。
八本の脚を別々に動かすことで猛スピードで森の中を移動しつつ、臀部から射出される糸を木々に巻き付けて立体的な挙動を見せる蜘蛛。
対するは、激しく動き回る蜘蛛を獲物としか捉えておらず、縦だろうが横だろうが関係なく、嘲笑うように全ての動きについていく長靴を履いた猫。
ドランクスパイダーの脅威度はB。
つまり中層のピラミッドの上位に君臨する種のはずだ。
だからこそブルヘージュの皆さんと鬼ごっこを楽しんでいたマッドマッドベアにちょっかいを出し、あわよくば捕食してやろうと顔を出したんだろう。
しかし、イレギュラーはどこにでも存在するもので。
泥酔蜘蛛の不幸は、相性最悪の長靴を履いた三毛猫がこの場にいたこと。
自慢の機動力で振り切ることもできず、最大の武器であろう糸は掠りもせず、やけくそ気味に振り回された八本脚も一本、また一本と斬り飛ばされていく。
この小さな生き物には勝てないと蜘蛛型魔獣が理解した時には脚の数が半分をきっていた。
その状態に陥って選択したのは、潔いほどの遁走。
きっと、蜘蛛さんの奥の手だったんだろう。
地面と平行に大量の糸を噴射して得た爆発的な推進力で遥か森の奥へ消えて……いくことはなかった。
それまでじっと戦況を観察していた召喚獣筆頭ことゴリ丸が地面を蹴り、弾丸のような勢いで戦線を離脱しようとした蜘蛛の前に立ち塞がるとガッチリと抱き止める。
『おいおい、どこに行く気だい? まだ、四本も残っているじゃないか。お前も魔獣なら、逃げるなんて冷める真似するんじゃないよ』
と言っているかのように、口の端を吊り上げてハードボイルドな表情だ。
そしてそのまま自慢の四腕で締め上げていく。
脚を半分に減らされた蜘蛛にその拘束を逃れる術はなく、程なく何かが折れる大きな音が響いた。
力なく地面に崩れ落ちる蜘蛛。
脅威度Bとはいえ、こちらは脅威度Aが二体。
ワンサイドゲームになるのは当然なんだけど、命の危機から脱したブルヘージュの皆さんは、救世主を見るような目でゴリ丸とミケを見ている。
いい仕事をしてくれたので全部食べていいよと伝えたけど、二体とも蜘蛛は食べたくないらしく、穴を掘って綺麗に埋めてくれた。
続いて第二カード。
アルテミトス侯&リスチャードVSマッドマッドベア。
よく考えたら、アルテミトス侯が戦っているところはあまり見たことがない。
ブルヘージュとの小競り合いには参加してたけど、なんせカナリア公やオドルスキ、ジャンジャックあたりが派手すぎてアルテミトス侯に目が行かなかった。
タイプ的にはサルヴァ子爵みたいに主将を補佐するタイプなのかな? なんて、そんなことを思っていた時期もありました。
アルテミトス侯の為人を考えれば、補佐役なんてそんなわけがなく、事実、目の前で繰り広げられる光景は、まさに圧巻。
リスチャードが水魔法で牽制して隙を作り、そこにアルテミトス侯が積極的に突っ込んでいくというスタイルを基本に終始優位に戦闘を進めていく。
使い古された、だけど廃れることのない単純な前衛後衛戦術も、熟練者が使うと必殺の効果を発揮することを証明していた。
しかも、タチが悪いことにリスチャードは魔法戦士だ。
アルテミトス侯の猛攻を受けた熊が少しでも緩慢な動きを見せれば速さを生かして接近し、一撃を与えて即離脱。
そしてまた魔法を放つという頭のおかしい挙動を見せている。
あれでよく僕のことをネジが緩んでるだなんだと言えるものだ。
フィジカル◯、メンタル◯、ルックス◎とか、悔しいったらありゃしない!
話が逸れた。
今注目すべきはアルテミトス侯だ。
タイプとしては、ムキムキの体躯を生かしたとてもわかりやすいパワーファイターでした。
ジャンジャックのそれとは違う、分厚い刃と短めの刀身が特徴の剣を振るうたび、確実にマッドマッドベアの身体に傷を刻んでいく。
このおじさまもまたカナリア軍の出身なので、もちろん上衣はパージ済だ。
弾け飛んだのか脱いだのかは定かじゃないけど、問題はそこではない。
この人、貴族の当主が搭載していい筋肉量を明らかに超えている。
過積載は犯罪ですよ?
まあ、カナリア軍のおじさまたちは軒並み筋肉過積載の罪を背負っているわけだが、その中でも目の前で躍動するおじさまは桁が違う。
結局、リスチャードの高い万能性とアルテミトス侯の圧倒的なフィジカルを前にして、マッドマッドベアに逆転の目などあるはずもなく。
第二カードはアルテミトス侯&リスチャードに軍配が上がった。
「お疲れ様です、アルテミトス侯。素晴らしい動きでした」
「いやいや。やはり若い頃のようにはいかないものだな。リスチャード殿の力添えがなければ多少傷を負っていたかもしれん」
そんな風に謙遜するアルテミトス侯。
爽やかな笑顔と汗でテカテカの大胸筋のキャップがすごい。
今回、ブルヘージュ絡みの一連の流れで思い知ったのは、レプミアのおじさま世代が異常に強いことだ。
カナリア公、アルテミトス侯、サルヴァ子爵、ジャンジャックに加えて、カナリア軍のおじさま達がごっそり控える層の厚さは、スター軍団と言っていいだろう。
「リスチャード、僕達世代も諸先輩方のように強く在りたいものだな」
戦いを終えた親友の肩を抱きながらそう語りかけると、男ながらに美しい笑顔を浮かべる。
「ムキムキになりたいわけ? 嫌よ暑苦しい。筋肉ダルマになんかなったらヘラに嫌われちゃうじゃない」
はあ!?
何言っちゃってるの!?
うちの可愛い妹は!
筋肉ダルマだろうがぽっちゃりだろうが!
どんな見た目でもお前のことが大好きだと思いますけどね!
思いますけどね!!
キーッ!!
悔しいったらありゃしない!!
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