第237話 Lesson3〜魔獣が来たよ〜

 メアリとクーデルという、我が家屈指の釣り名人による魔獣トレインが、まもなく到着いたします。

 ブルヘージュの皆さんはぼーっとしていないで剣を抜くなりなんなりして戦闘に備えてください。


「なんだあの鹿は!?」


 マーダーディアー。

 僕の中では、マッドマッドベア、ボムカウと並ぶ脅威度C御三家的な位置付けで、我が家の食卓に上る頻度も比較的高い、あっさりとした赤みが特徴の巨大な鹿だ。

 

「なんと凶悪なツノをしているんだ……あんなもので刺されたらひとたまりもないぞ!」


 リュング伯が震える声で指摘したとおり、幾つにも枝分かれしたツノの先端はいずれも鋭く尖っている。

 自慢の後脚から得る推進力を生かした突進を正面から受けてしまえば、普通の人間なら簡単に串刺しになってしまうだろう。


「逃げろ! おい、なにを笑っているのだ! 恐怖でおかしくなったのか!?」


 半狂乱で騒ぐブルヘージュの皆さんの言葉に周りを見回すと、確かにオドルスキやジャンジャック、リスチャードあたりが微笑みを浮かべている。

 きっと僕も同じような表情をしているんだろう。


「申し訳ない。こちらの意図したとおりの反応をしてくださったのが嬉しくて、つい」


「そんな感想が出てくるから狂人だなんだと言われるのではないか? あんな馬鹿みたいにデカい図体の鹿。何度見ても恐怖で震えが出るわ」


 ゲルマニス公が肩を抱いて震えて見せるが、半笑いだ。

 偉い人なのに意外と茶番が好きなところがあるからな。

 

「天下のゲルマニス公を震えさせるとは。前人未到の快挙では? あの鹿は綺麗に捌いて剥製にする価値があるかもしれませんね」


「名案だ、ヘッセリンク伯。『ゲルマニス公を震えさせた鹿』と銘打って王城の玄関に飾るとしよう」


 ゲルマニス公のおふざけに乗っかると、アルテミトス侯もそれはいいとばかりにおかしな提案をしてくる。

 最近ヘッセリンク使いの荒い王様宛に本当に送りつけてやってもいいかもしれない。

 脅威度C御三家の剥製セットとかどうだろうか。


「度を過ぎたおふざけは宰相の逆鱗に触れるぞ、アルテミトス侯。カナリアのクソジジイがいないからとはしゃぎすぎでは?」


 確かに今日のアルテミトス侯はいつもよりノリがいい。


「事あるごとにあの偏屈な女好きの尻拭いをさせられているのだ。たまにはしゃぐくらいは多めに見てほしいものですな」


「そんなことを言いながらカナリア公を尊敬してやまないところがアルテミトス侯の可愛いところだ」


 アルテミトス侯が可愛いかどうかの議論は必要だけど、クソジジイやら偏屈な女好きやら散々な言われようのカナリア公が、部下の皆さんに好かれているのも事実だ。

 アルテミトス侯やサルヴァ子爵あたりは、色々やり散らかすカナリア公の後始末で東奔西走してきたはずだけど、文句を言いながらもちゃんと慕っているのが僕のような若造にも伝わってくる。

 僕にあんな豪快な生き方は無理だからこそカッコいいと思う部分も少なからずあるのは否定しない。

 そんなことを考えていると、ブルヘージュの王様が喉が裂けるんじゃないかと思うくらいの大声を上げた。


「なにを悠長に!! 貴様ら、やはりこの森で我々を亡き者にするつもりなのだな!?」


 今回のツアーは両国の友好のためだと何度も言っているんだけど、なかなか伝わらないものだ。

 だいたい、そんなことをしたところでこちらになんの利益があるのか。

 参加者の皆さんには元気に帰国していただいたうえで、レプミアとは未来永劫仲良くやっていこうと宣言する役目があるんだから、亡き者にするなんてあるわけがない。

 

「さ、ブルヘージュの皆さん。鹿が来ましたよ! 剣を抜いて構えて!」


「まさか、我々にあの化け物と戦えというつもりか!!」


 まさかもなにも。

 この期に及んで悠長なのはどちらだと言いたい。

 

「そう言ったつもりですが?」


 ヘッセリンクによるレプミア講座Lesson3は、『魔獣の脅威を体験しよう』だ。

 見学しよう、ではない。

 実際に剣を握って魔獣の前に立ち、どいつもこいつも殺意に満ち溢れた目をしていることを実感してもらう。

 

「む、無理に決まってあるだろう! あんな、あんな化け物、人の手に負えるものではない!」

 

 やる前から諦めるなんて、そんなことじゃ単位はあげられませんよ。

 それでも勇気が出ないと仰るなら、このレックス・ヘッセリンク。

 ブルヘージュの皆様に、ささやかながらエールを贈らせていただく。


「腐っても高貴な生まれの皆様だ。少なからず腕に覚えはあるでしょう。よもや、ペンより重い物を持ったことがないなどとは、言わないでしょうね?」


 僕の心を込めたエール煽りが届いたのか、ブルヘージュの皆さんの目に光が灯る。 

 例え、その光源が魔獣並みの殺意だとしても僕は気にしない。

 さらには、レプミアの筆頭公爵たるゲルマニス公が、背中を押すべく言葉を紡いだ。

 

「口が過ぎるぞヘッセリンク伯。ブルヘージュは国王陛下自ら戦場の最前線に出ていらっしゃる武勇の国だぞ? 失礼いたしました。私からきつく言っておきますので、平にご容赦ください」


 隣国の王様の勇気を褒め称える言葉に、ブルヘージュの皆さんの身体が打ち震えている。

 震えの原因は怒りだな。


「貴様ら、遊びおって!!」


「おやおや、これは鋭い。まさか遊んでいるのがバレてしまうとは。侮れませんなあ。では、ここからは真面目に行きましょうか」


 これ以上は剣先がこちらに向きそうなので、とりあえずマーダーディアーを捌いておくことにする。

 先鋒、ジャンジャック。


「御前に」


 濃緑の執事服に剣だけ提げたラフすぎる格好で前に出るジャンジャック。

 

「派手な方がいいな。叩き割れ」


「御意。ではブルヘージュの皆様。魔獣の討伐の仕方をご覧に入れますので、このあとの参考にされてください」


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