第236話 Lesson3〜森見学〜

 歓迎会の翌朝。

 今日は講義の本筋である森の散策が予定されているため、普段ならまだベッドのなかにいる時間に集合していただいた。

 顔色の悪いVIPも散見されるが、体調が悪いのではなくただただ重度の二日酔いなので予定の変更希望には応じません。

 

 初めての森かつ二日酔いの皆さんもいることから普段よりもスローペースで進んでいくと、輿を禁止されたため自らの足で歩いているブルヘージュの王様が、周りを見回しながら笑顔を見せる。

 立場上、王様には二日酔いするほど飲ませていないので、もしかしたら参加者のなかで一番元気かもしれない。

 

「どれだけ恐ろしい場所なのかと思えば、緑の鮮やかな美しい森ではないか。空気も澄んでいる」


 深呼吸などして見せる余裕の王様。

 領地を褒められることなんてほぼないから嬉しいね。

 

「然り。昨夜の段階では、悍ましい魔獣が跋扈する、この世でもっとも地獄に近い場所だ聞いていたのですが」


「今のところ、小鳥の囀りが聞こえ、木漏れ日が暖かな、こう言ってはなんだが何の変哲もない森にしか見えませぬ」


「はっはっは、これはレプミアの皆様に担がれましたかな?」


 そう言って笑い合う参加者の皆さん。

 昨晩実施した宴会という名のオリエンテーションで、ここがどれだけやばいところなのかをしっかりお伝えしたのだが、飲み過ぎた皆さんの記憶からはすっかり抜け落ちているらしい。

 現在地が何の変哲もなく見えるのは、屋敷を出て今の今まで一切魔獣が現れていないからだろうが、それは当然だ。

 僕達が出発するより早く、なんなら昨晩から家来衆が森に出て、浅層の魔獣を一掃しているのだから。

 せっかく来ていただいた皆さんと魔獣のファーストコンタクトが脅威度Dなんてインパクトに欠ける。

 レプミアがどんな国なのかを骨の髄まで刻み込んで帰っていただくため、最低でも脅威度C、できればB以上との遭遇が望ましいという結論に至った。


 この油断加減は僕達の望むところなんだけど、あまり緩み過ぎるのも考えものだと判断したのか、アルテミトス侯がわざとらしく肩をすくめて注意を促した。


「おやおや、困ったお客様方だ。昨晩あれだけ油断はなさらぬようお願いしたというのにもう気が緩んでしまいましたかな?」


 そう、呆れたように言いながらこちらにも視線を送ってくる。

 茶番に付き合え、と。

 承知しました。


「まあまあ、アルテミトス侯。この森を知らぬ方々がそう思われるのは致し方ないことです。この森の領主である私も、魔獣さえでなければ切り開いて観光の目玉にしたいと思うくらいには風光明媚ですからね」


 これは本気だ。

 魔獣狩りが主要産業のヤクザな伯爵家より、森を主体とした観光地を経営する伯爵家のほうが親しまれるに決まっている。

 

「それは叶わぬ夢というやつだな。まあ、魔獣狩りから解き放たれたヘッセリンク伯爵家がどうなるのか見てみたい気もするが」


 そんな僕の願望をアルテミトス侯は茶番の一環だと判断したのか、そんなことを仰る。

 

「はっはっは! もしかしたら歴代蓄積されてきた狂気が抜けていくかもしれませんな!」


 ヘッセリンクの狂気抜き一丁、ってね。

 

「狂気はヘッセリンク家の存在意義だろうに。それを無くしてしまっては父祖に申し訳ないと思わないか?」


 僕の繰り出すユーモアに反応したのはゲルマニス公。

 護衛のダイファンがいないのは、浅層の魔獣一掃を手伝ってもらっているからだ。

 しかし、狂気が存在意義かあ。

 

「まったく思いませんね。できれば娘の代には狂人の評判など消えてなくなってくれればいいと思っています」

 

 そんな取り止めもない会話を繰り返す僕達の様子を見たブルヘージュの皆さんも、アルテミトス侯の指摘を忘れ、楽しげな表情ですっかり物見遊山気分だ。


 そして、その時が訪れる。

 緩い雰囲気を一瞬で打ち破ったのは、怒り狂ったような獣の咆哮。

 この声は、マーダーディアーかな?


「な、なんだ!? なんだ今の声は!!」


「魔獣ですな」


「魔獣!?」


 そんなに驚かれると、こちらもびっくりしてしまう。

 まさか散歩して終わりだなんて思ってないですよね?


「ただの緑豊かなだけの森だなどと思ってはいないでしょうね? ここはブルヘージュの皆さんが言うところの『西の果ての怪物』が治める場所です。暖かで穏やかな森を治める人間が、そんなふうに呼ばれるわけがないと思いませんか?」


「それは」


 自分でも自覚できるくらいの薄ら笑いを浮かべる僕に対して王様自ら何か仰りたいことがあるようだけど、不敬覚悟で全無視で話を進める。

 

「さあ、ここからがこの催しの本番です。改めまして、ヘッセリンク伯爵領オーレナング、通称魔獣の庭へようこそ。ブルヘージュの皆様のご来訪、心より歓迎いたします。我が国がどのような場所なのか、心ゆくまでお楽しみください」


 レッツパーリーターイム。

 ここからはオーレナングを、ひいてはレプミアをお腹いっぱいになるまで体験していただく。

 途中退場不可となっておりますので、悪しからずご了承ください。


「ヘッセリンク伯。一体何を企んでいる? まさか、ここで我々を亡き者にしようなどと、そんなことを考えていまいな!?」


 カニルーニャ伯にアノ酒を飲まされ過ぎて重度の二日酔いに陥り、ふらついていたはずのリュング伯が声を荒げる。

 人聞きが悪いこと言わないでほしいなあ。 

 また散歩しに行きたくなっちゃいますよ?

 とはもちろん口にしない。


「それこそまさか。我々レプミアが望むのはブルヘージュとの友好。それのみです」


 僕の言葉だけでは重みが足りないところだけど、なんせこの場にはレプミア貴族筆頭、貴族の中の貴族の異名をとる大貴族がいらっしゃる。

 仕上げをお願いしますとばかりに視線を向けると、満を辞してNo. 1マンイーターが動き出した。


「こう言ってはなんだが、過去の小競り合いを忘れ、先に拳を振り上げたのは貴国だ。そんな貴国と手を取り合うためには、我が国の真の姿……、特に狂気を担う部分を幹部の皆様に知っていただく必要があると判断した。これはそのための催しだ」


 つまりは、先に殴ろうとしたのはお前らだぞ、だけどそんな貴様らと我々は仲良くしたいんだ、そのために俺たちの真の姿を見せてやるからまあごちゃごちゃ言わず付き合え、と。

 ちょうど、中層方面からメアリとクーデルが魔獣をトレインしてくるのが見えた。

 さあ、本番だ。

 ブルヘージュの皆さん。

 お覚悟。

 

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