第235話 Lesson3〜オリエンテーション〜

 さあ、ついにこの日がやってきた。

 レプミアの最も西の果てにある我がヘッセリンク伯爵家の領地オーレナング。

 国内の人間ですらほぼ立ち寄ることのないこの場所を、国外の要人が訪れるという歴史的な瞬間を迎えた。

 やってきたのは未来の友好国、お隣ブルヘージュから国王陛下と側近の貴族の皆さん総勢六名とお供の方々。

 強制参加の国王陛下、リュング伯爵以外の四名は、揉めに揉めて連れてこられたようだ。

 遠いところをご苦労様です。

 VIPの歓待役は、歓迎会場オーレナングの領主である僕、レックス・ヘッセリンク。

 そして、友好使節団の団長、副団長を務めてくださったアルテミトス侯爵とカニルーニャ伯爵。


「やあ、リュング伯爵殿。その節はどうも」


 その節が、まさか往復ビンタをかました節だと誰がわかるだろうか。

 カニルーニャ伯に声をかけられた途端、元々蒼白だったリュング伯の顔色から蒼が失われ、白一色に染まった。

 そんな隣国の重鎮の顔色の移り変わりを確認したお義父さんが心配そうに顔を覗き込む。


「おや、顔色が悪いようですな。これはいけない」


「いえ! お気遣いなく。長旅で、疲れが出てしまったのかもしれません。ええ、問題ありませんとも」


 あきらかにカニルーニャ伯に苦手意識をもっている反応だ。

 カニルーニャ伯もそれをわかったうえで、敢えて普段の優しい笑顔を浮かべながら親しげに手など握ってみせる。

 

「左様ですか。なにかありましたらお気軽に私か、この義息に声をおかけください。なに、我々の間に遠慮など不要。そうだな? ヘッセリンク伯」


「もちろんですともカニルーニャ伯。私は個人的にリュング伯の治める領地にお邪魔したこともありますからな。気恥ずかしいですが、既に友と言っても過言ではない間柄です。義父の言うとおり、なんら遠慮することなどありません」


 微笑みながらカニルーニャ伯とリュング伯の手にそっと自らの手を添えてみたりして。 

 そんな薄ら寒い仲良しアピールを眺めながら腹を抱えて笑う男が一人。

 王様の指名を受けてオーレナングに駆け付けてくれた我が国の公爵位筆頭、ゲルマニス公爵だ。

 てっきりカナリア公が来るとばかり思ってたんだけど、王様が指名したのはレプミアの貴族の中の貴族様だった。


「クソジジイばかり楽しませてたまるものか。最近は貴殿らがめちゃくちゃした事後処理ばかりだったからな。陛下にはその埋め合わせをしてもらったのさ」


 とは、予定より早くやってきてマハダビキアの料理を連日楽しんでいた際のお言葉だ。


「ロソネラ公は直接ヘッセリンク伯に埋め合わせを依頼すると言っていたぞ。ある程度買い叩かれるのは覚悟するんだな」


 えー。

 普段もロソネラ公にはかなり勉強させていただいてるはずなんですけど、流石は生粋の商人。

 少しでもマウントを取れる場面が来たら全力で利益を取りにくるのね。

 ブルヘージュの柑橘類じゃ許してくれないかな。

 

……

………

 

「ブルヘージュの皆様におかれましては、このような僻地までご足労いただき、恐悦至極にございます。本日は我が家の誇る自慢の料理人、マハダビキアとビーダーの手による最果ての美味をお楽しみください」


 ヘッセリンクによるレプミア講座。

 Lesson3の『魔獣の脅威を体験しよう』は、複数のコマからなる集中講義形式だ。

 一コマ目は、宴会という名のオリエンテーションとなっています。

 拒否権もなく最果てまで呼びつけられてテンションダダ下がりの皆さん。

 そんな皆さんに喜んでもらうべく、マハダビキアとビーダーの繰り出す世界最高の美味の数々で、もてなそうという趣向だ。

 穀物はカニルーニャ伯から最高のものを仕入れたし、野菜はロソネラ公を通じて新鮮なものを卸してもらった。

 肉?

 もちろんオーレナング特産の魔獣の肉です。

 家来衆には可能なら竜種の肉を手に入れてほしいと伝えていたけど、残念ながら期限までに遭遇できなかったらしい。

 その代わり、脅威度Cあたりの比較的見つけ易く、なおかつ美味いマッドマッドベアやボムカウ、マーダーディアーあたりは、乱獲と言われても反論できないレベルでの確保に成功している。

 あとは我が家自慢のプロフェッショナル達に任せてみることにしたんだけど、口にした東国の皆さんが無言で胃に流し込んでいるのを見ると、安定したクオリティを発揮してくれたらしい。

 

「すぐそこに地獄が口を開けて待ってるってのに呑気なもんだよな」


 メアリの視線の先にあるのは整然と並べられた酒瓶達。

 ネーミングセンスが尖りすぎているにも関わらず多くの高位貴族を顧客に持つあの酒蔵に、外国の要人を接待するから相応しい酒を選ぶよう依頼したところ、荷馬車いっぱいの商品を送ってきた。

 『竜殺し』などのレギュラーラインナップはもちろん、新商品や秘蔵の品まである。

 特に目を引いたのは、『秘酒鏖殺』という

火酒、猛火酒よりもやばそうなランクと、商品の危険性を隠しきれないラベルをもつ逸品だ。

 僕の第六感が告げる。

 これ、あの時のノーラベルのやつだ。

 よし。


「食事は楽しんでいただけましたでしょうか。この後は我が国の貴族がこぞって贔屓にしている酒蔵から取り寄せた酒を楽しんでいただきます」


「カナリア、アルテミトス、ヘッセリンク。贔屓にしている貴族の名前があの酒蔵の真実を表しているな」


 国王の接待役であるゲルマニス公の囁きは聞こえなかったことにするけど、その並びに加わるには僕じゃ貫目が足りないと思います。

 

「ヘッセリンク伯。リュング伯は私に任せてもらってもよろしいかな?」


 カニルーニャ伯がそう申し出てくれたので、お言葉に甘えることにした。

 早速金髪巻毛さんのもとに向かおうとするお義父さんを呼び止め、せっかくだからと『秘酒鏖殺』の瓶を手渡す。

 その酒から何か感じるところがあったようでしばらくラベルを凝視していたお義父さんが、なるほどと小さく呟くと笑顔を浮かべる。

 意図は通じたらしい。

 リュング伯は僕達義理の親子に都合四往復半のビンタを受けているが、僕はともかく、お義父さんはまだ彼を完全には許していない。

 ただ、今回は隣国との友好関係構築が目的なので、個人的なわだかまりはこの酒を酌み交わす干させることで水に流してくれることだろう。

 ちなみに、事情を聞いたエイミーちゃんは、『レックス様に可愛いと言ってもらえるなら、他の人になんと言われようと構いません』なんて微笑みを浮かべていた。

 僕の奥さん本当に女神。

 それをどこからか聞きつけた娘離れしてない男親と若干揉めたのは秘密です。


 さあ、明日は朝から早速Lesson3の本筋に入っていく。

 ぼーっとしてたら落第の危険性もあるので皆さん気合を入れて講義に臨んでほしい。

 二日酔いとか、言い訳になりませんからね?

 

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