第233話 殴り合い

 ようやくオーレナングに戻ってこれたのは、季節がさらに二つ以上巡った頃だった。

 レプミアの歴史上、こんなに本拠地を留守にした貴族がいただろうか。

 屋敷が見えた瞬間思わずホッとしてしまった。

 いくら僕がスタミナ自慢でも、流石に潜在的な疲労が溜まっていたようだ。


「留守を任せてしまいすまなかったな、リスチャード。謝礼とは別にブルヘージュ産の柑橘と、それで作ったジャムなどをしこたま持たせるから公爵様に渡してくれ」


 出迎えてくれたのは留守の間オーレナングの守備についてくれていた義弟(仮)リスチャード。

 コマンドに保管してもらっていた柑橘の実を一つ放り投げると、相変わらずの爽やか二枚目スマイルを見せてくる。

 

「どうも。で? 首尾はどうだったのよ。帰ってくる時期を延長して東国を隈なく歩いたらしいじゃない」


「好きで帰宅を遅らせたわけじゃない。陛下から追加の指示をいただいてな。召喚獣とともに散歩してこいと」


「鬼ね、陛下。あんたを使って脅しをかけさせたってことでしょ? そんな人に仕えるなんて、家を継いだ後が怖いわあ」


 全然怖がってるように感じないのは口調のせいか、はたまた口だけだからか。

 まあ、王様が怖いっていうのは、帰りに挨拶に立ち寄ったベルギニア伯やカニルーニャ伯も表現は違うけど同じようなことを言っていた。

 お二人曰く、『ヘッセリンクを便利使いするとかどうかしている』と。

 狂人だなんだって言われて敬遠されてきたヘッセリンクに、今の王様は比較的ぐいぐいくるからね。

 ベルギニア伯からはくれぐれも暴発するなと、お義父さんからは娘のためにも心穏やかでいるようにと、それぞれ釘を刺されて帰ってきた。

 王様に思うところなんかないですよ! と説明しても伝わらない不思議に、歴代ヘッセリンクが積み重ねてきた実績の重みを感じた。


「そちらはどうだった? 森で、何か変わったことは起きなかったか」


「変わったことねえ。あんたがだいぶ留守にしてたから色々起きはしたけど、脅威度Sが出たとかそんなことはなかったわね。基本浅層から先には進んでないし」


「それはよかった。留守にしている間に本拠がなくなっているなんて笑えないからな。まあ、それを避けるためにお前に詰めてもらっていたんだが」


 脅威度Aの竜種に頭突きをかますリスチャードなら、浅層に出る魔獣くらい余裕で対処できる。

 たまに間違って脅威度CやBがひょっこり出てきてもヘッセリンク領軍のみんなと連携すればおかしなことにはならない。

 そんな期待どおりに仕事をこなしてくれたリスチャードに心の中で感謝していると、男前が肩をすくめて見せる。


「最悪、アタシはいらなかったかもしれないわよ? あんたのとこの領軍、一人一人は普通より少し強いくらいだけど、群れ全体で見たらちょっと凄いわね」


 ヘッセリンク領軍を表すにあたって、群れと表現したリスチャード。

 だけど、彼らを表す時、これ以上的確な言葉のチョイスはないと思わされるほどしっくりきた。


「知っているよ。だからここに呼ぶのがリスチャードだけで済んだんだからな。そうでなければサウスフィールドやラスブランにも助力を依頼していたさ」


「オグちゃんの統率力が肝なんだろうけど、連携の効率が段違いね。全ての領軍が目指すべき姿だと思うわ」


 先日目の当たりにしたカナリア軍は、カナリア公も含めた全員が我先にと敵に襲い掛かるという、一人一人の高い実力を背景にしたスタイルだった。

 ヘッセリンク領軍はどうだろうか。

 彼らは、髭もじゃの隊長さん号令のもと、一糸乱れぬ動きで獲物に襲い掛かる。

 魔獣を討伐するのに必要なアクション以外を一切排除した効率化を突き詰めた集団。  

 もはや『ヘッセリンク領軍』という生き物だと言っても過言ではない。


「僕や歴代の当主と同じで、彼らも対魔物に特化しているからな。対人だと参考にならないんじゃないだろうか」


「惜しいわー。あと、試しにこのまま話してみたんだけど、みんながみんな、だからどうしたって怪訝な顔するのよ? ほんと変人ばっりね」


 思ったより長くオーレナングに逗留することになったからカミングアウトしたらしい。

 ストレスを溜めさせて申し訳ないが、ヘッセリンクに仕えててなおかつオーレナングに常駐しているんだから、領軍のみんなももちろん変人なのは間違いないだろう。

 それに。


「お前自身も変わり者だと自覚して言っているのだろう?」


「それはもちろん。狂人レックス・ヘッセリンクの友達やってるんだから変わり者でしょ」


 お前も変人だと伝えると、言外にお前もなと返される。

 そんな友人との会話に癒される思いだったけど、ここからは真面目な話をしないといけない。


「あと、そうだな。ヘラには指一本触れていないだろうな?」


「はい?」


「僕の可愛い妹に、結婚前に、指一本、触れていないだろうな!?」


 とぼけるんじゃないよ!

 もうすぐ結婚式があって正式に夫婦になることはわかってるけど、まだ婚約者だからね?

 まさか、僕がいないのをいいことにイチャイチャしてたなんて、まさか、そんなことないよね?

 

「鬱陶しいわー。ほんと、鬱陶しいわー。もし。もしよ? 指一本触れてたらどうするか聞こうじゃないの」


 僕が身を乗り出すと、それに合わせて額が触れる距離まで顔を近づけてくるリスチャード。

 お?

 なんだ、もうヘラの旦那ヅラですか?

 そっちがその気ならやってやるよ!


「ぶん殴る」


「あんたが? アタシを? 上等じゃない。学生の頃みたいに顔がパンパンになるまで叩いてあげるわよ!」


……

………


「あのさ。なにがどうなったら現役の伯爵と次期公爵が殴り合った挙句、どっちも大の字で倒れてんの?」


 レックス・ヘッセリンク対リスチャード・クリスウッド、魔法なし、召喚なしの時間無制限一本勝負は、両者ノックアウトで幕を閉じた。

 室内で暴れたので相当な音がしたんだろう。

 様子を見にきたメアリが、床に倒れ込む僕達を信じられないものを見るように見下ろしている。


「お互いに譲れないものがあるんだ」


「どう考えても兄貴が妹離れできてねえのが原因だろ。あーあ、二人とも顔にあざ作って。揃って妹様に叱られるんだな」


 だってリスチャードがヘラとイチャイチャしてたかもしれないから!

 そんな反論は、メアリの後ろから現れたヘラの極寒の視線を受けて凍結された。

 そんな目で見られたらお兄ちゃん泣いちゃう。


「あんたと殴り合うとか、久々過ぎてやめどきがわからなかったわね。いやあ、すっきりしたわ」


 顔にあざを作りながらも爽やかさを損なわず、そんなことを仰る親友。

 リスチャードに喧嘩なんて気はさらさらなく、模擬戦くらいの感覚だったんだろう。

 残念だけど、こっちは本気でしたけどね!

 ただ、それを口にするとまたヘラの冷たい視線を浴びそうなので僕も笑顔で乗っかることにする。


「うん。たまにはいいものだ。最近慣れないことばかりで緊張の連続だったからな。さて、これで次もいい仕事ができそうだ」


「なに? まだ陛下から仕事振られてるわけ? 働き者ねえ」


 働き者なんだよ実際。

 ただ、もうすぐエイミーちゃんがサクリを連れてオーレナングに戻ってくる。

 家族水入らずで過ごすために今のうちに頑張って働かなきゃ。


「東国に絡んだ仕事はこれで最後だ。リスチャード、よかったらお前も付き合ってくれ。次期クリスウッド公爵としても利益があると思うぞ」


 ついでだから次の仕事を手伝ってもらおうか。

 なあに、簡単なお仕事ですよ。

 

「いい予感はしないけど、クリスウッドとして利益があるって言われちゃ断れないじゃない。いいわ、乗るわよ」


「そうこなくては。東国との関係改善のための総仕上げだ。頼りにしてるぞ、友よ」


 さあ、ヘッセリンクによるレプミア講座。

 Lesson3。

 タイトルは、『魔獣の脅威を体験しよう』。

 VIPの皆さんと、オーレナングでレッツ、パーティータイム。

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