第232話 領軍、奮闘す ※主人公視点外
「隊長! ランドシャークが、二!」
ある日、屋敷から目と鼻の先に現れたのは、陸を歩く鮫、ランドシャーク。
陸地で生活するためにヒレが脚の役割を果たすよう進化したものと言われている。
ということは森の奥深くには水辺があるのだろうか。
と、今はそれどころではない。
「魔法隊、用意! 歩兵隊は魔法使いに近づかせるな!」
私の号令に従い、歩兵のなかでは身軽さと技量で頭ひとつ抜けた存在のスミスと、領軍で一番の怪力の持ち主ジョーを中心に、歩兵隊が魔獣を牽制する。
その間、魔法隊の面々は速やかに魔力の練り上げに取り掛かった。
最初に放たれたのは、魔法隊の筆頭格である火魔法使いジェーンの炎の弾丸。
それらは正確に魔獣の鼻面を捉え、悲鳴を上げさせることに成功した。
たかが人間風情に傷をつけられたことで怒りの咆哮を上げた魔獣だったが、次の瞬間には時間差で放たれた各種属性魔法が殺到し、それが止むと同時に先程まで牽制役を担っていた歩兵達が次々に飛び掛かることで抵抗らしい抵抗を許さない。
結果は我々ヘッセリンク領軍の圧勝だ。
たとえ、魔獣二体に対して我々が十人超だったとしてもなんら恥じることはない。
「しかし、俺達が束になってようやく倒せるこの鮫を、鼻歌混じりで捌くメアリとクーデルはやっぱり化け物だな」
ヘッセリンク伯爵家の家来衆といえば、この世のモノとは隔絶した力を持つ化け物揃いとしてその名を轟かせている。
もちろん私達ヘッセリンク領軍の兵士も家来衆ではあるのだが、同列に語られては困る。
我々はあくまでも人間であることを前提にした戦える者の集まりだ。
若き死神達はもちろん、戦神ジャンジャック様や聖騎士オドルスキ殿も根本的に私達とは違う何かだと理解している。
つい最近までは確かにこちら側だったフィルミー騎士爵殿については、今まさに私達と違う何かに変貌を遂げている最中なのだろう。
「これで脅威度Dというんだから。氾濫で現れた脅威度Sとはどんな生き物だったんでしょうね」
「そんことを考えても仕方ないだろう、私達がそこに辿り着くことは一生ないんだからな。連れて行ってやると言われてもごめん被る」
脅威度Dはヘッセリンクが相対した時の脅威度なので、凡人目線に引き直すと、ランドシャークすらも脅威度B、いやAになる危険性がある。
それを、ヘッセリンク目線でAだSだと言われて日には、お手上げ状態だ。
「伯爵様、早く帰ってきてくれねえかなあ。リスチャード様は強くて穏やかな方だが、やっぱり伯爵様と違って堅物って感じで緊張しますよ」
「いや、でもさ。宴会の時はヘラ様大好きー! って感じでベタベタしてて親近感湧かなかったか?」
「そうそう! ヘラ様は相変わらず綺麗な鉄仮面だったけど、リスチャード様は頬緩みっぱなしでさ」
魔獣を討伐したことで緊張の糸が緩んだのか、兵士たちが軽口を叩き合う。
まあ言わんとすることはわからなくもない。
麒麟児と呼ばれ、伯爵様とともに次代のレプミアを牽引することが期待されているのがリスチャード様だ。
次期クリスウッド公爵という肩書もとっつきづらさの原因だったが、意外なことに、先日行われた宴の席ではヘラ様を横に置いて終始目尻が下がりっぱなし。
頬を緩めて婚約者を猫可愛がりしていたのには驚いたものだ。
「こら、お前ら! 伯爵様の妹様を捕まえて綺麗な鉄仮面とは不敬だぞ! 浅層とはいえここは森の中だ。油断していい場所ではない」
立場上、叱っておかないといけないが、綺麗な鉄仮面というのは秀逸な表現だ。
「すいません! でも、隊長はリスチャード様と仲良くされてますよね? 昨日も部屋に呼ばれてたし」
「まあ、私が領軍の隊長などしているから気をつかっていただいているのだろう」
昨日の夜。
リスチャード様に呼ばれて部屋に入ると、普段からは想像できないほど寛いだ、というか、だらけた体勢のまま手を振られた。
『はあい、オグ隊長。悪いわねお疲れのところ呼び立てて』
『いえ。国境沿いに向かわれた伯爵様のことを思えばこの程度で疲れたなどとは言っていられません』
『そ。ならいいんだけど。……動じないのね』
『は?』
『アタシの喋り方。驚かないの? 女言葉なこと』
『ああ、なるほど。特に驚くほどのことではありませんな。ヘッセリンクに仕えておりますと、他に驚かなければならないことが山積みですので』
リスチャード様が女言葉でも山賊じみた言葉でも、我々がやることに変わりはない。
そう伝えると、領軍までヘッセリンクに染まってるのね、と楽しそうに笑われた。
戦闘員やアリス君などに比べたら、我々の染まり方は甘いはずだ。
「伯爵様不在の間に気に入られてクリスウッドに引き抜かれたりして!」
「馬鹿なことを言ってるんじゃない! 私は生涯ヘッセリンク領軍に決まっているだろう!」
揶揄うような部下の言葉に、私はそう高らかに宣言した。
若い頃なら辞めたいと思ったことは何度もあるが、ここ数年はそんな考えは一切なく、ここに骨を埋める覚悟だ。
そんな私の言葉に部下達が一斉に歓声を上げる。
「おお! 流石はオグ隊長!」
「一生着いていきます! でも、クリスウッド公爵家の方が危険は少ないと思いますけど」
危険?
そんなものは百も承知だ。
このオーレナングには、それを超える価値がある。
そう。
「クリスウッドに行ったりしたらユミカ君に会えなくなるだろうが! そんなこともわからないのか!」
もちろんヘッセリンク紳士協定には制定された当初にサイン済みだ。
あの子の笑顔のためなら相手が脅威度Cでも討伐できる気がしてくる。
もちろん気がするだけで実際遭遇したら全力で逃げるのだが。
「そっちですか!? いや、まあ確かにそうですけど。そうかあ。ユミカちゃんに会えなくなるのは痛いなあ」
「まあ、それは半分冗談だが、ヘッセリンクは変わり者に寛大だからな。居心地という意味ではここ以上はないと思うぞ」
戦闘員達が群を抜いて変わり者の集まりだからあまり注目されないが、私や部下達も程度の差はあれど変人の部類に含まれる。
そんな私達にとって、当主様が狂人と呼ばれる変人の棲家の居心地は最高だ。
「それは違いないですねえ、っと。前方! ランドシャークと、ダンクラビ!! 兎ちゃんは番のようです!!」
ダンクラビは筋肉が異常に発達した四肢と濁った赤い瞳が全く可愛くない、人の子供大はあるデカい兎だ。
「私がランドシャークを抑える! 全員ダンクラビを集中的に狙え! 奴らはすぐ繁殖しやがるからな! 絶対に逃すな!」
「了解! 隊長,お気をつけて!」
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