第231話 髭の隊長 ※主人公視点外

 私はレプミア国ヘッセリンク伯爵領軍で隊長を務めている。

 名前はオグ。

 だが、部下はもちろん、伯爵様からも隊長と呼ばれることが多い。

 変わったところでは、ユミカ君がお髭の隊長さんと呼んでくれている。

 

 私達ヘッセリンク伯領軍は、騎馬兵50人、歩兵100人、魔法使い20人で構成されており、主に領境の警備や非戦闘員が外出する際の護衛、森のごく浅い場所での魔獣狩りなどを任務としている。

 中層よりも奥はまさに魔境であり、戦闘員と呼ばれる家来衆達以外では立ち入れない場所だ。


 今回、伯爵様と戦闘員全員に対し、遠く東国との国境沿いに向かうよう王命が出された。

 そのため、オーレナングには文官や料理人など武力を持たない家来衆だけが残されている。

 戦力は我々領兵のみ。

 この状況と、ユミカ君からもたらされた『お髭の隊長さん達がいるから怖くないよ!』という福音により、伯爵様が戻られるまで屋敷を絶対死守するのだと鼻息を荒くしたものだ。

 しかし、そこは魔獣の庭オーレナング。

 我々だけではとても万全とは言えない守りを充実してさせるため、王命のもと心強い助っ人が駆けつけてくださった。


「ヘッセリンク領軍の諸君。私はクリスウッド公爵が嫡男、リスチャード・クリスウッドだ」


 伯爵様のご友人にして、妹ヘラ様の御夫君となる予定の絶世の美男子。

 男前なだけではなく、先般の氾濫の際にはフィルミー殿やメアリ君と共闘し、脅威度Aの竜種を討伐した凄腕だ。

 そのリスチャード様がクリスウッド領軍を率いて助っ人に来て下さったというのはなんとも心強い。


「知っている者も多いと思うが、諸君らの主人である狂人レックス・ヘッセリンクとは学友であり、こちらのヘラ・ヘッセリンク嬢とは近い将来夫婦となることが決まっている。今回は恐れ多くも国王陛下からのご下命により、我が友レックスの留守を預かることとなった。余所者が大きな顔をすることに不満を抱く者もいるだろうが、レックス不在の間は私に従ってもらいたい。なお、連れてきたクリスウッド領軍はいずれも私直属の者達を選抜してきている。諸君らといらぬ諍いを起こさぬことを約束しよう」


 うむ。

 声まで美しい。

 ついつい聞き惚れて冒頭の内容が丸々頭に入ってこなかったが、クリスウッド領軍の方々とは諍いを起こさぬようこちらも徹底しなければ。

 ヘッセリンク側を代表して私が一歩進み出る。


「ヘッセリンク領軍で隊長を務めておりますオグでございます。リスチャード様、とお呼びしてもよろしいでしょうか」


 そう訊ねると、笑顔で頷きながら右手を差し出された。

 一瞬躊躇いはしたが、がっちりと握り返すと、その掌が想像以上に硬いことに驚く。

 これは相当鍛えていらっしゃるようだ。

 

「オグ隊長か。そうだな。友好の証としてリスチャードと気軽に呼んでくれても構わないぞ」


 私だけでなく、背後に控える部下達にも聞こえるようにそんなことを仰る。

 貴族様の言葉遊びにはいつも対応に苦労させられるが、私もこんな死地で隊長など務めている身だ。

 不快にさせず、かつ場を和ませるための言葉を脳裏に並べ、選択し、組み合わせる。


「大変ありがたいお申し出ですが、遠慮させていただきます。伯爵様の親しいご友人たるリスチャード様と仲良くなりすぎては、伯爵様が帰還された際にヤキモチを妬かれてしまいますので」


 次期大公爵様を呼び捨てにする度胸など私にはないので、伯爵様を盾にして躱させていただく。

 私の冗談が気に入ったのか、リスチャード様が肩を震わせて笑い出した。

 ヘラ様は表情を動かさずに、リスチャード様の背中を優しくさすって差し上げている。

 お二人の仲はとても良好なようだ。


「レックスを妬かせてみたい気もするが、それはまあいい。私の指揮下に入るにあたり、なにか聞きたいことはあるか」


「ご存知のとおり、現在当家は伯爵様に加えてジャンジャック様、オドルスキ殿、フィルミー殿、メアリ君、クーデル君という、魔獣を狩るに足る実力を持った人員を欠いております。そんななか、魔獣への対応はどのようにお考えでしょうか」


 リスチャード様がお強いのは周知の事実だが、それでも中層に一人でというわけにはいかないだろう。

 魔獣への対応に不慣れなクリスウッド領軍はもちろん、悲しいかな、我々ヘッセリンク領軍にしても浅層と中層の境まで行けば生きて帰れるかわからない。

 手駒が乏しいなか、リスチャード様はどのような采配を振るわれるのか。

 固唾を飲んで回答を待つ。


「そうだな。まあ、そのあたりはおいおい

対応を決めていくが、基本的には浅層で魔獣狩りを行うつもりだ。特別な事情がない限り、それ以上進むつもりはない」


「承知いたしました」


 返ってきたのは、これ以上ないほど理性的なご判断だった。

 ともすれば楽しそうな方に流れがちな伯爵様をお近くで見ているので、そのご友人たるリスチャード様もやんちゃなことを仰るのではないか。

 そんな心配が杞憂に終わったことにホッと胸を撫で下ろす。


「レックスからは、領地だけでなく諸君ら兵士の命も任されているものと認識している。愛する婚約者殿の前でいいところを見せようなどとは思っていないから安心してほしい」


 不安と安堵が顔に出たのだろうか。

 リスチャード様が可笑しそうに笑いながら私の肩を叩く。

 いかんな、修行が足りない。

 

「リスチャード様、この後のことを皆にお伝えください」


 わたしが表情の制御の甘さを反省していると、ヘラ様がリスチャード様の腕にそっと触れながらそんなことを仰る。

 この後?

 

「ああ、そうだな。皆、聞いてほしい。今日はこの後、私達が持ち込んだ食材と酒でささやかながら懇親を深めるための宴を行う。全員参加だ。警邏? そんなもの不要。今日だけは何かあれば私が対応することとする」


 全員で酒を飲んで、何かあればリスチャード様が対応にする?

 

「いや、流石にそれは」


「なあに、一晩だけなら問題ないさ。明日からはレックスが帰るまで私と共に森に入る日々が待っているんだ。今日くらいは肩の力を抜いてもいいだろう」

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