第230話 Lesson2
さあ、Lesson1は恙なく終了した。
王様に会えなかったのは残念だけど隣国全土に顔を売ることはできたと思う。
レプミアからやってまいりました! 西の果ての怪物、レックス、レックス・ヘッセリンクでございます! って感じで老若男女に愛想を振りまいてきたからね。
ブルヘージュの皆さんはシャイな方が多いのか、手を振ってもほとんどが走り去るか顔を引き攣らせて固まるかだったけど。
それはそれとして、ヘッセリンクによるレプミア講座。
Lesson2。
『記念碑を作ろう』。
「本当にやってよいのか? 主よ」
今回は特別講師として召喚獣のマジュラスにお越しいただきました。
僕の指示を受けて戸惑う顔も非常にキュートだ。
マジュラスには記念碑の仕上げを担当してもらう。
「ああ。両国の友好を示す記念碑みたいなものだから遠慮することはない。場所は、これまでの歴史を考えてもあそこがうってつけだろう」
記念碑の場所は嘆きの丘と呼ばれ、先日ジャンジャックによってさらにその形を変えられてしまった小高い丘。
今回は新たに碑を建てるのではなく、そこにある素材、つまり嘆きの丘自体を最大限に生かすという匠気取りでいきたいと思う。
「散歩と称して隣国を隈なく威圧して歩いたうえに、常に視界に入る場所に記念碑を建てる、か。悪い人じゃなあ、主は」
威圧?
はて、心当たりがありませんねえ。
と、とぼけるのはもういいか。
「悪いのは僕じゃなくて陛下と、それを承認した王城の文官達さ。僕は言われたことを実直かつ丁寧にこなす外注に過ぎない」
発注元である王様のオーダーを過不足なく実現するのが僕達貴族の仕事だ。
王様からのご注文は、『レプミアがどんな国か忘れられなくなる逸品』。
考えに考えた結果、嘆きの丘を黒く染めてみることにした。
「仕事が丁寧すぎてレプミアっていうよりヘッセリンク、違うな、兄貴自身が恐怖の対象になってそうなんだよなあ」
今回唯一のお供であるメアリが肩をすくめる。
「恐怖の対象とは心外だ。未来のブルヘージュが戦なんて馬鹿なことを考えないようにするためのものだからな。きっとわかってくれるさ」
まあ、瞬間風速的にはヘッセリンクに対する恐怖が募るだろうけど。
安心してほしい。
この仕事が終わったら西に引っ込むから。
「では主、魔力をくれい。出し惜しみは無しじゃぞ?」
講師マジュラスが手を挙げて催促してくる。
そう急かすなよプリンス。
時間はたっぷりあるんだからさ。
「メアリ、周囲を警戒。ないとは思うが、怪しい人影が近づいてきたなら問答無用で斬れ。僕が許す」
「あいよ。任せとけ」
愛用な刃物をヒラヒラと振りながら軽く跳躍して見せるメアリ。
「よし。ではマジュラス、全部持っていけ」
「承知した。民草を苦しめる愚王など我が首を捩じ切ってやりたいところじゃが。代わりに八つ当たりと行こうかの」
そう言って暗く笑うマジュラスに引きつつも彼の肩に手を置き、体内のタンクを空っぽにするつもりでマジュラスに向けて魔力を注ぎ込む。
よーし、まだいける、まだいける、まだいける、まだいける、……もう無理!!
魔力を切らした僕が地面に膝を付くと同時にマジュラスから解き放たれた瘴気が、黒く分厚いヴェールのように嘆きの丘に降り注いだ。
瘴気は徐々に歪な形に抉られた丘を隅々まで侵食していき、生えていた植物を全て溶かしながら、最終的には丘全体を覆い尽くした。
ジャンジャックとマジュラスの合作、漆黒の丘。
時折、瘴気が意志を持ったかのように丘の表面で脈動しているのがオシャレポイントだ。
「おおー、えげつねえー。しかし、やっぱ黒ってカッコいいよな。あのくらい黒い布どっかで売ってねえかな」
「あの光景を見てそんな呑気な感想が出てくるあたり、お前も順調にヘッセリンクとして成長しているのだな」
「いいのか悪いのかわかんねえけどな。あれ見て怖えとか、気味悪いとか全く感じねえわ。あんなに綺麗な黒、見たことねえ」
確かに一切ムラのない美しい黒だ。
月のない夜には丘の存在に気づかない可能性すらあるな。
そんな賞賛に、マジュラスがボーイソプラノでオヤジ臭く笑う。
「はっはっは! 褒めてくれてありがとうなのじゃメアリ殿。我の瘴気は黒ければ黒いほど、暗ければ暗いほどよく浸透するからのう」
「まるで黒い炎。すごい」
主の魔力様々じゃというマジュラスの声に応じたのは、ここにいるはずのない女性の声。
振り返ると、ローブにデカいリュックを背負ったステムが立っていた。
「!? なぜお前がここにいる!?」
びっくりしたあ!!
当たり前のようにマジュラスを正面から眺めてるけどなにしてるの?
メアリ、警戒してってお願いしたよね?
「あ? まさか気づいてなかったのか? あの街からずっと付いて来てたろ。何も言わねえからわかってて放置してたと思ってたんだけど」
嘘ー。
全然気づかなかった。
「まあ、それはいい。ステム、なぜこんなところにいる? カロラ子爵が行方がわからないと心配していたぞ」
僕の問いかけに首を捻ると、ああ、と思い当たったように声を上げる。
「カロラ子爵にはちゃんと暇乞いしてきた。だから今、私は在野の召喚士」
「暇乞いのことは聞いたが、お前ほどの人材をはいわかりましたと放出するわけないだろう。ほぼ出奔と変わらないぞ」
在野の召喚士なんていないと思うよ?
ただでさえレアな召喚士をわかりましたさようならなんて簡単に手放さないはずだ。
特にカロラ子爵はステムの実力を自らの力として自慢してたくらいだから、余程のことがない限り放出したりしないだろう。
「ならそれでいい。貴方とクーデルに会うためレプミアに行こうと思ってた。そしたら貴方が国内で暴れ回ってると聞いたから、あの街で待ってた」
それでいいで済む話でもなければ僕が暴れてたというのも語弊があるし、それよりなによりクーデルに会いにって、なんで?
「何が目的だ」
「召喚士として上を目指すため。召喚士として遥か高みにいる貴方と、愛を知ってるクーデルのそばにいたらなにか見つかるかもしれない」
ああ……、愛、ね。
うん、愛か。
「……メアリ」
「いやなんで俺だよ。どう考えても兄貴とクーデルで処理するべきだろ」
あえなく責任転嫁という丸投げに失敗してしまったが、まだ諦めないぞ。
「クーデルの夫であるお前も他人事ではないだろう?」
「!? 貴方、クーデルの旦那さんなの? なるほど、愛」
おお、凄い食いつきだ。
そうだ、メアリも愛を知っているから詳しくは彼に聞いてくれ。
勢いのままそう説明しようとするも、流石にそうは問屋が卸さない。
額に青筋を立てたメアリが襟を掴んでガクガク揺さぶってきた。
あ、やめて、魔力切れだから目が回る!
「なんで適当な嘘つくかなこの馬鹿伯爵! 今のこいつにその手の冗談はシャレにならねえだろ!?」
信じられないくらいお似合いだし、どうせ逃げ切れないんだからさっさとくっつきなさいよ君達。
「まあ、それはそれとして。私の立場上堂々とお前を連れて帰ることはできないぞ? 一般の民でもややこしいのにお前は貴族に仕える戦力だ。引き抜きだ拉致だと言われたら敵わん」
「構わない。貴方を待っていたのは意思表示をするため。自力で最果てに辿り着く」
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