第229話 Lesson1
一度目の衝突で王様とその側近の身柄を確保するという、史上稀に見る圧勝を収めたため、戦後交渉はレプミア側が一方的に優越的地位に立って話を進める、とても交渉とは呼べないような形で進んだらしい。
なんと言っても相手側は決定権を持った現役の人間が全員捕まっている状態なので、身代金だけでもブルヘージュの国力を削ぐには充分な額だと聞いた。
そんななか、我が国の陛下がブルヘージュ側に強く求めたのが、二度とレプミアに侵攻しようなんて馬鹿な考えを起こさないようにすること。
今回の件で国内での伝達を徹底するよう申し入れるだけでは不十分なことがわかったため、記憶を薄れさせないためには定期的に強烈な体験をしてもらうことが必要だという結論に落ち着いたらしい。
強烈な体験の具体例については、思い切って捕まえた皆さんをエイッ! てヤってしまえばいいのではという過激な意見も出たとか。
こちらに被害が出ていないなかで流石にそこまでは必要ないと思うし、実際その意見は却下されたけど、代わりに提案されたのが、ヘッセリンクによるレプミア講座だった。
王様、まじでヘッセリンク使いが荒いんですけど。
愛妻と娘とゆっくり過ごす時間が取れないことに不満を訴えたものの、メラニアへの手厚い待遇と、ある程度好きにやっていいという裁量権を認められたことで前向きに取り組むことにする。
ということで、陛下からの指示を受けて我々ヘッセリンクがブルヘージュ側に行ったことを順を追って説明していこう。
ヘッセリンクによるレプミア講座。
Lesson1。
『ブルヘージュ国内をみんなでお散歩』。
ここで指すみんな、とは召喚獣のみんなのことだ。
ゴリ丸、ドラゾン、ミケ、マジュラスを同時召喚し、時間をかけてブルヘージュ国内を練り歩いてみる。
やはり、相互理解の基本はフェイストゥフェイスだよね。
僕がレプミア貴族として名乗りながら隣国を行脚することで、貴族の皆さんはもちろんそこに住む人々にもレプミアを身近に感じてもらおうと、そういうわけです。
爽やかな若手貴族が可愛いアニマルズとチャイルドを従えて歩く姿は、隣国の方々の警戒を解くにはもってこいだ。
あまりいい印象のなかった隣国だけど、柑橘類を栽培する広大な農園が随所に見られ、ゴミゴミしていない長閑な風景には心癒される思いだった。
地元住民の方にお願いして果実を分けてもらいミケとマジュラスと一緒にいただくと、爽やかな酸味が口一杯に広がる。
なるほど、これは特産品になるわけだ。
まとまった量を分けてもらったのでマハダビキアにジャムにしてもらおう。
そうそう、リュング伯が治めているという北部にも足を伸ばしてみた。
身代金を支払って領地に戻ったばかりの金髪巻毛さん。
肉体的にも精神的にも疲れているはずなのに、領主様自ら凄い勢いで駆けつけて出迎えてくれるその歓迎っぷりには、不覚にも感激してしまう。
いやあ、思わず魔力の調整を間違って、ゴリ丸とドラゾンが領地中に響きわたるような咆哮を上げたじゃないか。
不幸なすれ違いはあったけど、手を取り合う未来に向かって歩み出そう。
そう伝えると、リュング伯も感動で震えが止まらないようだった。
次に向かったのはカロラ子爵領。
上手くはいかなかったけど、王様を止めるために尽力いただいたことにお礼も伝えられていなかったからね。
こちらは、まるで国賓来訪時に行われるパレードのように、道の両脇に武装した領兵の皆さんが並んでいて、リュング伯に勝るとも劣らない大歓迎っぷりだった。
いやいや、僕みたいな若輩者のためにやり過ぎですよ! と伝えると、真剣な顔でこれでも足りないと仰るカロラ子爵。
殴り合った後だからこそ認め合うことができた。
きっとそういうことだろう。
しかし、心配なことが一つだけある。
貴族の皆さんとともに解放した召喚士のステムが、暇乞いをしたあと行方がわからないらしい。
しばらくはブルヘージュ内を隈なく散歩するつもりなので、なにかわかったら連絡すると伝えると、頼むからあまりなことはしないでくれと頭を下げられてしまった。
散歩にあまりなこともなにもないと思うが、ははあん、さてはジョークですね?
カロラ子爵との間に、既にジョークを交わし合う信頼関係があるということに満足した僕は、お義父さん仕込みのとっておきのユーモアで返答する。
その土地の方々の反応次第では約束しかねますね、と。
イッツ、ヘッセリンクジョーク!
よほどツボにハマったのかカロラ子爵は膝から崩れ落ちてしまった。
もう、大袈裟なんだから。
最後に訪れたのはもちろんブルヘージュの都。
前に来た時には賑わっている印象だったんだけど、今日は家々の窓が固く閉ざされ、人っ子一人見当たらない。
そうか、そうだよな。
負け戦の直後だから浮かれた雰囲気にはならないか。
ダメ元で王城を訪ねてみたけど、門を守る男性に今日は中に入れないと教えられた。
当面は滞在するつもりなのでいつなら大丈夫か聞いてみたけど、明確な答えは返ってこない。
辛そうな顔をしているし、もしかしたら何かご不幸ごとがあったのかもしれないな。
何かできることがあったら力になると王様に伝えてほしいと託けておく。
その言葉に安心したのか、門番の男性は力なく笑った。
時間が余ったのでダンテ神父の経営する孤児院、つまりオドルスキの実家にもお邪魔する。
「噂は聞いているぞ。貴族どもはいいが、善良な民を脅かすのはやめてくれ」
子供達がゴリ丸やミケに群がるのを傍目に、ダンテ神父は開口一番そんなことを言う。
人聞の悪い。
僕はブルヘージュ内を散歩していただけですよ?
隣国の民を脅すなんてそんな馬鹿な。
そんな僕の回答を受けたダンテ神父は、一瞬だけ眉間に皺を寄せると、深々とため息をつく。
「よっぽど怒っているようだな、レプミア王は。我が国は広く恥を晒してしまった。こうなってはレプミアとの仲を深めるしかない」
「我が国との仲を深めるのはご不満ですか?」
うちの王様はブルヘージュと仲良くしようと思ってますよ?
多分。
「まさか! オドルスキを見たらレプミアがブルヘージュよりはまともなのがわかる。我が国はこれ以上悪くなりようがない状態だったが、今回の件で多少はまともになるだろう」
今のオドルスキをみて我が国をまともと判断した時点で、ブルヘージュが末期だったいうことがわかる。
どうなってるんだブルヘージュ。
「ダンテ神父も機会がありましたらレプミアに遊びに来てください。孤児院の子供達も連れて。歓迎いたしますよ」
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