第228話 乱戦のなかで2 ※主人公視点外
飛び膝蹴りが炸裂し、一騎打ちはジャンジャック様の圧勝に終わった。
それはそうだろう。
あれは、森の中層に出る魔獣の顎くらいなら軽々と砕くのだ。
殺さないために剣を使わなかった?
いやいや、殺傷能力しかないだろう! と叫びたくなるのをグッと堪える。
お館様は、私とジャンジャック様を同列で語ることが多々あるが、とんでもないことだ。
少なくとも私は魔獣を屠る威力のある技を人間に使ったりはしない。
ジャンジャック様は尊敬すべき点の多い方ではあるが、惜しむらくは楽しむ癖をお持ちなことだ。
だからこそ鏖殺将軍などという恐ろしい二つ名で呼ばれるのだろうが、そんな方と並び称されるほど私は鬼ではない、はず。
「死にはせんだろうがあの歳で顎を砕かれてはたまらんだろう。手当を急いでやれ!」
カナリア公の指示に、右腕たるサルヴァ子爵が即座に反応する。
「『癒し』を使える水魔法使いを連れて来い! 急げ! ……まさか癒しを敵方に使うことになるとはな。相変わらず加減は苦手か? ジャン!」
サルヴァ子爵は今回出陣された皆様のなかではややふくよかな体型をされた優しげな方だが、個人的には最も警戒すべき人物だと思っている。
カナリア公の右腕かつジャンジャック様の親友。
こんなに危険な肩書きを持つ男が他にいるだろうか。
「生きるか死ぬかのやり取りで加減なんかするわけないでしょう。相手は私の命を、私は相手の命を、それぞれ狙ってるのですからね
」
「はっ! ぐうの音も出ない、正しく正論だ」
「でしょう? さて、カナリア公。ご命令をいただけましたら、私が当代聖騎士殿も仕留めてみせますが」
いけない。
このままではメラニアがフランツ殿と同じ目に遭ってしまう。
どうする、考えろ!
お館様ならこんな時……、っ!! これだ!!
閃いた私は、それを行う時のお館様の表情を思い出し、口の端を吊り上げてみせる。
「まったく、我が祖国とはいえこれほど力を落としていたとは。情けない話だ。聖騎士よ、気づいているか? 今回レプミアの主力が、あの国境線沿いの小競り合いに参加した皆様だということに」
レックス・ヘッセリンクなら必ずこうする。
相手の精神を逆撫でする言葉を矢継ぎ早に投げかけ、冷静な判断力を奪うのだ。
よくもまあそんな速度で相手が激怒する言葉を紡げるものだと感心していたのだが、いざやってみるとなんと難しいことか。
「……何が言いたいのですか」
しかし、幸いメラニアは私の拙い煽り言葉に食いつく気配を見せた。
私と同じ環境で育ったのだから根は単純なのだろう。
すまないメラニア。
お前を救うために、こんな手しか思いつかない情けない兄を許してくれ。
「お前達を相手取るには、それで充分だということだ。わざわざ国軍の主力を投入する必要はなく、現役を退いた兵だけで事足りると判断された」
明らかに見下すような言葉を投げ掛けられ、メラニアの剣を握る手に力がこめられていくのがわかる。
よし、ここだ。
オドルスキよ、嘲笑え。
「こんな情けない話、私が聖騎士を務めていた時には考えられなかったがな」
「言いたいことだけはそれだけか!! いつまで私よりも強いつもりなのだ。いいだろう、私と戦えオドルスキ!! その首、私が刎ね飛ばしてくれる!!」
よし!
上手くいった!!
これで自然に一騎打ちに持ち込める。
やればできるものだな。
「ヘタクソめ」
「慣れないことをするものではありませんな」
「まあまあ、オドルスキ殿なりに努力した結果です。大将やジャンの暴れ方に比べたら可愛いものだ」
三人はヒソヒソ話しのつもりかもしれないがはっきり聞こえている。
自分でも似合わないことをしている自覚があるのだから恥ずかしくて仕方ないというのに、まったく性格が捻じ曲がった方々ばかりだ。
「まあ、いいじゃろ。聖騎士殿のご指名じゃ。ヘッセリンク伯爵家家来衆オドルスキよ。その賢くも阿呆な娘を救ってやれ」
「承知。……メラニアよ、二人で試合うのは何年振りだろうな。成長した姿を、この兄に見せてくれ」
離れていたとはいえ、可愛がっていた妹分だ。
我儘だと、傲慢だと言われようが、私が絶対にお前を死なせはしない。
「!! ……そうですか、そういうことなのですね? いいでしょう、オルディ兄さん。メラニアは、今日貴方を超えます!!」
意図が伝わったのか、表情から険が消えた。
深く息を吸い、深く吐いたあと、真摯な瞳でこちらを見据えながら騎士団で入団当初に叩き込まれる守備を旨とする構えを取る。
攻め潰すのではなく、守りを堅めて隙を突いていく。
それがブルヘージュ騎士団の基本戦法。
うむ、素晴らしい構えだ。
私が国を去った後、相当な努力を積んだのだろう。
ジャンジャック様とフランツ殿の一騎打ち同様開始の合図はないが、メラニアがあの構えを取ったということは、こちらが攻めるまで確実に動いてこない。
それならばと、まずは小手調べがてらに大上段からの斬り下ろしを放つ。
形稽古の一つにある基礎の基礎で、斬り下ろしを受け流し、即反撃に転じるという嫌になるほど繰り返した形。
反撃の速さと鋭さで、メラニアのおおよその実力を図ることができる。
しかし、メラニアから反撃が放たれることはなかった。
私の本気からは遠くかけ離れた斬り下ろしを受け流すことが出来ず、簡単に剣を手放してしまったのだ。
嘘だろう?
どこか怪我をしているのか?
いや、見たところそんな気配はない。
「……メラニア、一体どういうことだ? 兄妹とはいえ、今は敵同士。まさか、私相手に油断などしていまいな!?」
思わず震える声で怒鳴りつけてしまったが、今の一合だけで理解できた。
妹は油断もしていなければ手を抜いてもいない。
ただただ、私の小手先の斬り下ろしにすら耐えられなかったというだけの話しだ。
愕然としているのは私だけではない。
メラニアも、剣を取り落とした手を信じられないものを見るように見つめている。
一連の流れを見物していたカナリア公が呆れたよう顔でメラニアに歩み寄り、地面に転がった剣を拾い上げる。
「まだ続けるかな? 聖騎士よ。申し訳ないが、お主ではどう足掻いてもその男には勝てんぞ」
カナリア公の指摘にメラニアから反論の言葉はなく、黙り込んだままそれを肯定するように膝から崩れ落ちた。
「お待ちください!!」
まだだ、ブルヘージュの聖騎士はこんなものではないと、メラニアはまだやれるんだと、そう言いたかった。
そんな私の心の内を読んだように肩をすくめると、拾った剣をメラニアの眼前に突き立てるカナリア公。
「オドルスキよ。続けても構わんが、きっちり決着をつけることができるかの?」
穏やかだが有無を言わさぬ、本物の大貴族にしか出せない威厳に満ちた問いかけに言葉が詰まる。
カナリア公の仰る決着の正しい意味を考えれば、答えは一つしかない。
「……私には、できません」
「そうじゃろうな。では、これで終いじゃ。よし、目ぼしい者を捕縛せよ! ああ、そこの腰を抜かした男はブルヘージュ王らしいから最低限丁寧に扱っておけ」
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