第186話 急募 アクセル以外

「まあ! ユミカちゃんがそんなことを?」


「ああ。少し前から十歳になったら家来衆の技術を習うんだと聞かなくてな。困っているんだ」


 お茶を飲みながら、ユミカの今後について相談すると、エイミーちゃんは目を丸くして驚き、アデルはまあまあと微笑みを浮かべた。

 この二人がユミカのヘッセリンク化を阻止する最後の砦だ。

 ぜひいい知恵を拝借したい。


「確かに困ってしまいますね」


 心配そうに頬に手を当ててため息をつくエイミーちゃん。

 うちの妻はそんな表情も実に絵になる。

 鑑賞していたい気持ちをグッと堪えて、まずはユミカを真っ当な道に戻すにはどうすればいいのかを話し合おう。


「そうだろう? ただ、どう伝えていいやら。道中の馬車の中でもハメスロットともども説得に失敗したところだ」


 ハメスロットがユミカの説得に失敗した原因は、彼女のなかで我が家が王道貴族だと勘違いしていることにある。

 この勘違いを正すことから始める必要があるかもしれないな。

 

「ふふっ、レックス様と爺が揃って失敗だなんて。そうですね、例えば」


「おお。いい案があるか? 流石はエイミーだ」


 頼りになるぜマイスイートハニー。

 やっぱり正攻法で彼らは参考にすべきでないと伝えるんだろうか。

 それとも、女性同士のコミュニケーションのなかで諦めさせるなにかがあるのか。

 エイミーちゃんはにっこり微笑むと、力強くこう提案してくれた。


「しっかりと計画を組む必要がありますね」


「ん?」


 おかしいな。

 僕も疲れているのかもしれない。

 ユミカのヘッセリンク化に向けて、妻から前向きな発言があったような気がするなんて。


「あれもこれもでは身に付くものも身に付きませんし、それこそ身体ができていないうちに無理をすることは禁物です」


「エイミー?」


 お?

 これは聞き間違いじゃない可能性がありますね。

 腕組みをし、目を瞑って熟考状態のエイミーちゃんに僕の声は届いていない。

 しばらく沈黙が続いた後、カッ! と目を見開いて言う。


「例えば、十日を一つの周期として、一日目から十日目まで、どの時間に何を行うか、誰が教官となるかをあらかじめ決めておくのです」


「違うんだエイミー。そうじゃない」


 例えば、じゃないのよ。

 誰がユミカをムッキムキのヘッセリンクにするための時間割を考えてくれとお願いしただろうか。

 ようやく僕の声が届いたのか、ハッとした表情を見せるエイミーちゃん。

 

「なるほど、確かに十日周期では間延びしてしまうかもしれませんね。流石はレックス様です。ただ、三日だと短か過ぎて幅広な技術の習得が望めませんから……五日くらいが適当でしょうか?」


 声が届いたと思ったのはどうやら勘違いのようだ。

 ハッとした表情は、十日は長過ぎたか! の顔だったらしい。

 エイミーちゃんも含めて、家来衆との意思疎通ができなくなることがたまにあるんだけど、なんでなんだろう。


「エイミー、話を聞いてくれ。僕はユミカに剣を振ってほしいわけではなく」


「わかっています」

 

 平和に穏やかに過ごしてほしいんだと伝えようとする僕を優しい笑みを浮かべて制するエイミーちゃん。

 これはどっちだ?

 

「もちろん魔法の訓練も盛り込みます。ヘッセリンク家には土魔法の大家がいますし、火魔法なら私もいます。ああ! 水魔法の専門家であるリスチャード様を臨時教官としてお招きしてもいいかもしれませんね!」


 そうだよね、伝わってないよね。

 これまでの僕とエイミーちゃんって、言葉を交わさなくてもアイコンタクトとかで通じ合ってたはずなんだよ。

 なのに、言葉を交わしているのに伝わらない恐怖が凄い。

 

「おかしいなエイミー。意図が全く伝わらない」


「いけません、レックス様。いくらユミカちゃんがヘッセリンク伯爵家の家来衆であることを自認しているからと言っても、まだ子供です。初めからあまり厳しくし過ぎては修行が嫌になってしまいます。レックス様はきっとこう仰るのでしょう? 最愛の天使でも容赦しない、と」


 硬い表情で、意を決したように進言する体の愛妻。

 意図するところが、幼女をめちゃくちゃ厳しく鍛えようぜ! だとしたらとんでもない鬼畜だな僕ってやつは!

 逆だよ、容赦に容赦を重ねて容赦なく甘やかそうって言ってるの!


「誰もがレックス様のような強靭な精神を持ち合わせているわけではないのです。ですので、徐々に慣らしていく方向で鍛えることをお許しいただきたく」


 妊婦に頭を下げられたこの場面だけ見られたら、家来衆は僕のことをどう思うのだろうか。

 僕はユミカを真っ当な道に戻す説得を手伝ってほしいだけなんだけど、段々自分が間違ってる気分になってくる。

 いやだめだ、負けるなレックス・ヘッセリンク。

 抗うんだ!


「うん、そもそもユミカに厳しくするつもりなんて毛頭ないというか、それ以前の話でな?」


「レックス様の普通と、私や家来衆の普通は似て非なるもの。どうか、ユミカちゃんへの修行については私達にお任せください。数年後、必ずや一分の隙もないヘッセリンクに育ててご覧に入れます」


 はい、無理無理。

 こうさーん。


「アデルよ。妻との意思疎通に齟齬が生じているのだが、どうしたらいい?」


 お茶のおかわりを用意してくれていたアデルにパスを出すと、任せてくれとばかりに頷いてくれる。

 

「若奥様。いけませんよ? 伯爵様がお困りではありませんか」


 素晴らしい導入だ。

 最近、刺し違える発言とかあったけど、我が家ではトップクラスの常識人だからね。

 これは期待できる。

 

「休息をとる時間は多めにとってくださいませ。身体を休める時間と、アリスさんやオドルスキさんとふれあう時間は絶対に必要でございます」


「アデル、お前もか!」


 我が家に常識人はいなかった。

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