第187話 時代は巡る
エイミーちゃんに会うという第一の目的を果たした僕は、第二の目的を果たすべく王城に向かっている。
そもそも今回の遠征は、王城からの呼び出しを受けたことがきっかけだ。
王様から、頼みたいことがあるから出ておいでと言われたら断れないのが貴族だからね。
護衛としてメアリを伴い、野暮用を済ますために指定された日時に王城に向かうと、エスパール伯との一悶着以来の僕の登場に警備の兵士たちが一斉にピリつくのを感じた。
「だいぶ怖がられてるじゃん。護国卿無差別威圧事件の影響すげえな」
「悪いのはエスパール伯とフィルミーだというのに。仕方ない、笑顔で手でも振って見せるか」
以前はこのファンサービスで男臭い歓声が上がったものだけど、この時は誰一人遅れることなく真顔で敬礼を返してきた。
いいんだ、貴族なんて怖がられてなんぼだし。
寂しくなんてないんだからね。
【雑なツンデレ。53点です】
採点辛すぎない?
【ヘッセリンクのツンデレツインタワー、ハメスロットとメアリの牙城を崩すには至りませんね】
やめろよ、僕の可愛い家来衆に変な二つ名つけるの。
そんな脳内会議でコマンドとキャッキャしながら、陛下の待つ玉座の間に到着する。
最近何度も来てるので、扉を守る兵士のお兄さんとも顔見知りだ。
笑顔を向けるとガチガチに緊張した表情で扉に手を掛けてくれた。
貴方もか。
知らぬ間に狂人ポイントが貯まってしまっているようだ。
このポイントの何がタチが悪いって、精算の手段がないんだよなあ。
「遠路はるばるご苦労。まあ、ヘッセリンク伯は奥方の様子を見るついでの登城だ。そこまで手間ではないかな?」
入室即口上というテンプレをこなすと、陛下がそんなユーモアを投げかけてくるので、こちらもユーモアで返答するのが礼儀だ。
「お戯を。幸い、最愛の妻は健康そのものでございます。今の私はまさに絶好調と申し上げてよろしいかと」
キレッキレのヘッセリンクジョークがお気に召したのか、笑わせることに成功した。
滑り出しは上々だ。
「頼もしいような恐ろしいような。あまりはしゃいで宰相の頭皮に悪い影響を与えないように頼むぞ、ヘッセリンク伯」
宰相の頭皮と毛根にダメージを与えれば与えるほどお説教されているということになる。
僕には今のところそんな被虐趣味はないので素直に頭を下げておく。
「承知いたしました。早速ですが、本日は私にお話があるとか」
エスパール伯の件が片付いてからは特段厄介ごとを抱えたりはしていないが、わざわざ日時を指定して呼び出すくらいだ。
おちゃらけはここまでにして真面目な表情を作って言葉を待つ。
「うむ。話は二つ。まずはエスパール伯の処遇についてだ。当事者であるヘッセリンク伯には伝えておいた方がいいと思ってな」
ああ、何かしらの結論が出たのか。
息子に当主の座を譲るって言い残してオーレナングを去って行ったらしいけど。
王様の目配せを受けて宰相が説明を始める。
「エスパール伯からは、当主の座をご嫡男であるダイゼ・エスパール殿に譲りたい旨、申し出がなされております。ヘッセリンク伯爵家への不当な誹謗中傷により、悪戯に国を騒がせた責任を取ると。その意思は堅い様子。次期エスパール伯爵への引き継ぎを終え次第、代替わりが行われる予定です」
有言実行、か。
他所様のことだから口を挟むことは出来ないけど、今度顔を合わせることがあれば一席設けるくらいはしてもいいかな。
曲がりなりにも北を治めた経験のある先達だ。
わだかまりがない今なら有益な話が聞けるかもしれない。
「そうですか……。いえ、私から申し上げることは何もありません。陛下や宰相殿には、ご迷惑をおかけしましたこと、お詫び申し上げます」
「本当に、あの権力欲と自己顕示欲の塊のような男だったリンギオ・エスパールかと疑うほど晴れやかな表情だった。なんでも、ヘッセリンク伯領で天使に逢ったとか」
おーい、エスパールのおやっさん。
なにを陛下に吹き込んでるんだよ。
我が家の天使の存在なんてトップシークレットでしょうよ。
……いや、そうでもないのか。
なんにせよ、陛下に報告するほどユミカの優しさに撃ち抜かれたのかあの人。
コマンド、本当にユミカに『チャーム』の特殊能力とかないの?
今ならサキュバスと人間のハーフだって言われても信じる自信があるんだけど。
【繰り返しになりますが、ユミカはヘッセリンク伯爵家において、最もノーマルな人間です】
おおう、言い切ったね。
ノーマルな人間なのに、我が家はもちろん、リスチャード、ブレイブ、カナリア公、エスパール伯爵などの錚々たる面子を手玉に取ってるならそれはそれで異常事態だけど。
【私個人の感想ですが、レックス様がご存知の人物で、ユミカに最も似た人間は、ゲルマニス公爵、『誑惑公』ラウル・ゲルマニスです】
それは、やばいな。
言語化し難いが、やばい。
もちろん後ろ向きなやばいだ。
よし、一旦考えるのやめよう。
「あまりの恐怖でおかしくなったかと心配したがそうでもないらしい」
ええ。
いるんですよ、我が家には天使が。
ただ、なんとなくこの情報は秘匿するべきだと本能が訴えてくる。
「魔獣が蔓延る森です。天使の一人や二人いなければ不公平でしょう」
HAHAHA!
ってな感じに笑い飛ばすと、それもそうかとご納得の様子。
セーフ。
国のトップまで墜としかねないからな、我が家の天使は。
「そんなものか。まあ、流石に天使の存在について議論するつもりはない。大事なのは、北を治めるエスパール伯爵家が落ち着くということだ。余の都合だが、これは大きい」
「ダイゼ・エスパールとは私も面識がございます。真っ直ぐな若者でした。時間はかかるでしょうが、きっとエスパール伯領をさらに富ませてくれることでしょう」
我が家ともいい関係を築いてくれるはずだ。
なぜなら彼はヘッセリンク派を自称するやばい集団のNo.2だから。
「十貴院のうち、エスパール伯爵家とヘッセリンク伯爵家の若返りが為ったわけだ。アルテミトスはバカ殿と噂だった嫡男に改善の兆しが見えると聞こえておるし、ラスブランも実質次代が取り回していると言っても過言ではない」
アルテミトスのガストン君、ラスブランの次の当主は僕の叔父だけど、その次はアヤセだ。
あまり考えたことないけど、これから次々と同世代が当主の席に座っていくのね。
「時代は巡るということでしょうか」
「私もいずれ愚息に王冠を譲る時が来るだろう。その時に向けて、ヘッセリンク伯を筆頭に若い世代が育っているのは心強い。引き続き頼りにしておるぞ」
「このレックス・ヘッセリンク。非才の身ではございますが、陛下と王太子殿下のお役に立てるよう、努めて参ります」
正しい貴族ムーブを決める僕を見た王様が満足そうに頷くと、悪い笑みを浮かべる。
あ、なんか嫌な予感。
「うむ。では……、早速努めてもらおうか」
来たよ、最高権力者からの断れないお願い。
これはもう出たとこ勝負だ。
持ち帰って検討しますが通用しない以上、受けてすぐハメスロットに相談だな。
第一執事を連れてきていて本当に良かった。
「二つ話があると言ったであろう? 今回招集したのはこちらが本題だ。ヘッセリンク伯爵レックス・ヘッセリンク。近日中にレプミアを訪問予定である、東国からの使者への応対を命ずる」
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