第168話 浅層 娘さんを僕にくだ…… ※主人公視点外

 貴族のご当主方を集めて森に放つという、悪ふざけの極地のような催しが開催され、私もフィルミーさんとともに浅層を巡る班の護衛を任されている。

 メンバーはセアニア男爵様と他二名。

 もちろん本音はメアリと一緒に中層班にいたかったけど、敬愛する伯爵様から、


『イリナのお父上であるセアニア男爵が浅層班を希望されている。もちろんフィルミーをここに配置するのだが、緊張もするだろう。そこで、家来衆のなかで戦闘力を有する唯一の女性、クーデルにフォローを頼みたい。そちらも決して失敗の許されない戦いだ。頼りにしているぞ』


 と言われてしまっては断ることはできない。

 メアリからもしっかり頼むぜって肩を叩かれたし、エリクスからも頭を下げられた。

 なにより、友達のイリナに力を貸してとお願いされた。

 みんなに頼りにされるのは嬉しい。

 フィルミーさんがイリナのお父さんに気に入られるよう頑張らないと。

 

「フィルミー殿、だったな? なんでもあのジャンジャック将軍のお弟子さんだとか?」


 そう決意を固めたそばから、イリナのお父上、セアニア男爵自らフィルミーさんに声をかけた。

 ああ、内容がマズイ。

 鏖殺将軍として悪名高いジャンジャックさんの弟子だという話題から入るなんて、楽しい展開になるわけないじゃない! 


「セアニア男爵様。ええ、そうです。ジャンジャックは私の師です」


 固いわ!

 固いわよフィルミーさん。

 普段の優しい微笑みはどこにいったのかしら。


「ほお、あの伝説のジャンジャック将軍の弟子とは。さぞ腕に覚えがあるのだろうな」


 あ、他の貴族様が話を広げてくれたわよフィルミーさん。

 ここでマッデストサラマンドを土魔法で討伐した話をすれば盛り上がること間違いなしね。


「いえいえ。私は新参者でして。家来衆の序列で言えば、下から数えた方が早いくらいなのです」


 なんで!?

 フィルミーさんの謙虚さは普段であれば

素敵だけど。

 ここはイリナのお父上にアピールが必要な場面でしょう?


「そうなのか? いや、噂では先日オーレナングで発生した氾濫の際、ヘッセリンク伯に代わり家来衆の指揮を執ったと聞いたが」


 ナイス、セアニア男爵。

 イリナからの手紙でフィルミーさんの功績は把握されているのね。

 それとなく水を向けて詳しいことを本人から聞きたいということだと思うわ。

 フィルミーさん、ここが勝負どころよ?

 

「それは」


 だめね。

 それは、に続く言葉。

 どうせまた謙虚に他の家来衆を誉めてしまうのでしょう?

 見ていてください伯爵様。

 クーデルは伯爵様のご期待に応えて見せます。


「そうなんですフィルミーさんが私や奥様の指揮を執って屋敷の近くに現れる魔獣達を討伐したんですそうよねフィルミーさん?」


「あ、ああ。はい、そうです。しかし」

 

 しかしもかかしもないわ!

 もっと偉そうに、英雄のように胸を張っていなさい!


「しかも! しかも最後に現れた脅威度Aの竜種マッデストサラマンドにトドメを刺したのもフィルミーさんですジャンジャックさん直伝の土魔法でそうよね?フィルミーさん?」


「ほう! それはすごい。脅威度Aの竜種討伐など、まるで英雄ではないか」


「ヘッセリンク伯の元には豪傑が揃っているという噂は本当でしたか」


 ふう、どうやらフィルミーさんの凄さを正しく伝えることができたようね。

 貴族のご当主方と言っても英雄譚はお好きみたい。

 英雄という観点なら伯爵様が最もそれに近い方だけど、元々の評判があるからおいそれとは近づけないのでしょう。

 

 浅層から中層に差し掛かる場所まで歩いて、そろそろ折り返そうかと話し始めた時だった。

 スプリンタージャッカルだったかしら?

 脅威度Dの小型魔獣の群れが茂みの奥から現れた。

 一斉に武器を構える護衛の皆さん。

 それを片手で制するフィルミーさん。

 ジャンジャックさんの弟子になって以降、斥候だったはずのフィルミーさんは積極的に前に出るスタイルに変わってきている。


「クーデル」


 呼びかけとともに示されたそのハンドサインの意味は、待機。

 

「はい。いってらっしゃい。皆さん、ご安心ください。すぐに終わりますから」


 特段セアニア男爵にいいところを見せようといった気合は感じられず、淡々とスプリンタージャッカル達の首を落としてみせるフィルミーさん。

 脅威度D程度ならこんなものよね。

 土魔法を使うまでもないわ。

 これじゃあアピールにならないじゃない。


「お待たせいたしました。今の魔獣は脅威度D、スプリンタージャッカルでございます」


 剣の血を払いながら頭を下げるフィルミーさんに拍手を送る貴族の皆さん。

 セアニア男爵は護衛の男性に今の動きの感想を聞いてうんうんと頷いている。


「浅層にはスプリンタージャッカルのような低脅威度の魔獣が多く棲息しています。氾濫のような特殊なケースでなければ竜種など出てまいりませんのでご安心を」


 緊張がほぐれたのか、フィルミーさんがいつもの笑顔で参加者にそう説明した。

 参加者から笑いも起きて和やかないい雰囲気。


「しかし、もし竜種が出てもフィルミー殿が討伐してくれるのだろう?」


 いい質問。

 ここでフィルミーさんが爽やかな笑顔で私に任せてくださいと言えばセアニア男爵もイチコロね。

 少なくともメアリにそんなこと言われたら私はイチコロだもの。

 でもだめ。

 メアリ一人を竜種に立ち向かわせたりなんかしないわ。

 その時は私も前に出てメアリと一緒に討伐するの。

 そして、無事に討伐した後、メアリは竜の牙か爪をへし折って私に差し出しながらきっとこう言うわ。

 クーデル、結婚しようって。


「いいえ。その場合はこのクーデルを中層に走らせ、聖騎士オドルスキを呼びます。そのうえで私が皆さんの逃げる時間を稼ぐ、というのが最も現実的な策でしょう」


 何でよう!!

 私がちょっとトリップしてる間に、本当に現実的な策を提示してしまうフィルミーさん。

 それはそうかもしれないけど、どうかと思うわよ?

 貴方の今日達成すべき課題はセアニア男爵へのアピールを成功させて結婚を認めてもらうことでしょう?

 自慢げに話を盛るフィルミーさんなんて想像つかないけど、神様も許して下さるわ。


「どうも謙虚過ぎるようだな、うちの婿殿は。まあ、自信家の戦闘狂などというどうしようもない男ではないようで安心はしたが」


「婿殿?」


「セアニア男爵、一体?」


 私も同じ班の貴族の皆さんと同じ気持ち。

 え、婿殿って聞こえたのだけど。

 固まっていないのはセアニア男爵とその護衛の男性だけ。

 私達の反応が面白かったのか、肩を震わせながらひとしきり笑ったセアニア男爵がフィルミーさんに近づいて、背中をバンっと叩いた。


「ああ、伝えていませんでしたな。このフィルミー殿と私の三女イリナが恋仲だということでして。なんでも、娘を娶るために騎士爵位をもぎとったとか」


「あの、え?」

 

 一番混乱してるのは間違いなくフィルミーさん。

 目も泳いでるし挙動不審。

 でも、この場にそれを責められる人間はいない。

 だって、何が起きてるかわからないんだもの。


「娘を奉公に出す時、よりによってヘッセリンク伯爵家とはと、周りに大反対されたものだが、私の判断は正しかったようだ。ああ、氾濫の場で護国卿に指揮を任されたとか、そんなものはおまけだ。一番感動したのは、可愛い娘をものにするために、貴殿が貴族に成り上がって見せたその有り様だな」


 つまり、そういうことでいいのよね?

 ああ、イリナ。

 貴方のお父様はなんて素敵な方なの。

 貴方がオーレナングでも天真爛漫で溌剌としていられる理由がわかった気がするわ。

 

「それで、騎士爵殿。私に何か言うことはないかね? 私は今、自分と娘の見る目の確かさを実感できてとても気分がいい。初対面の貴殿に何か願い事をされても、大概のことには頷くと思うが」


 これはもう決まりでしょう。

 フィルミーさん、かっこよくキメてちょうだい!

 ……フィルミーさん?

 

「フィルミーさん! 固まってる場合じゃないわ!」


「……はっ! 失礼しました。セアニア男爵様。先ほど仰ったとおり私は成り上がり者でしかありません。ですが、成り上がった目的はただ一つ。イリナと夫婦になるため、それだけです。必ずイリナは私が生涯守ることを誓います。ですので、イリナを、私にください!」


 きゃー!!

 素晴らしい、素晴らしいわフィルミーさん!!

 ああ、ごめんなさいイリナ。

 本当なら貴女がこの場面を見届けるべきなのに。

 あとでたっぷり語ってあげるから待っていてね。


「断る」


 よし、殺すわ。

 いくら浅層でも不慮の事故はあり得るものね。

 伯爵様もきっとお許しになるはずよ。

 覚悟を決める私だったけど、セアニア男爵は笑顔のままフィルミーさんの両肩に手を置いてこう言った。


「イリナを嫁にはやらんが、貴殿が我がセアニア男爵家に婿入りするのであれば喜んで二人の仲を認めよう。どうかね?」


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