第167話 注意事項

※本日は二話投稿です。先に148話をご覧ください。


 イベント当日の朝。

 屋敷の前に臨時で設えた特設ステージに上がると、十人の貴族家当主とその護衛の皆さんがこちらに注目する。

 ドタキャンやらなんやらでこの人数になったけど、魔獣の森に行きたいかあ! という乱暴な招待に、十人もの貴族が集まったのは嬉しい誤算だ。

 まあ、一部強制参加の方もいますけどね。


「えー、ご参集の皆様。この度は当家の呼び掛けに好意的な反応をいただき、誠にありがとうございます。いや、これだけ貴族家当主の皆様が一堂に会すると、壮観ですな」


 見知った顔もあるし、とんでもない顰めっ面のおじ様もいる。

 顰めっ面はもちろんエスパール伯。

 そんな顔で睨まれたら怖くて護衛を放棄しちゃいますよ?

 

「ヘッセリンクの。下手くそな挨拶などせんでいい。さっさと森の中に入らせてくれんかのう」


 舞台の上と下で睨み合っていると、今回の参加者で最年長のカナリア公爵がそう催促してくる。

 久しぶりに会ったけど相変わらず元気なお爺さんだ。

 ヘッセリンク派騒動の時に何度も行動を共にして顔見知りの護衛のおじ様が、申し訳無さそうに頭を下げている。

 

「カナリア公、落ち着いてください。すぐに終わりますので。では、開催に先立ちまして、ゲルマニス公爵閣下より一言ご挨拶をいただきたいと思います」


 来賓挨拶兼選手宣誓です。

 カナリア公でも良かったんだけど、余計なこと言い出しそうなので貴族の中の貴族様にお願いすることにした。

 僕と入れ替わりにステージに上がるゲルマニス公は、今日も堂々たる男っぷりだ。

 

「あー。ゲルマニス公爵、ラウル・ゲルマニスだ。狂人殿の呼び掛けに応じた酔狂な諸君。まあ、一部強制で連れてこられた者もいるようだが、言いたいことは二つ。この森で貴族などという肩書きは一切効力を発揮しないと知れ。そして、絶対に死ぬな。以上だ」


 シンプルという言葉では足りない程シンプル過ぎる挨拶には、僕からも伝えたかったことがギュッと凝縮されていた。

 流石はゲルマニス公。

 挨拶慣れしていらっしゃる。


「素晴らしい訓示でございました。このレックス・ヘッセリンク。感動で涙が出そうです」


「世辞のセンスは驚くほどないな、レックス殿。さ、堪え性のない老人がウズウズしている。早速始めようじゃないか」

 

「誰が堪え性のない老人じゃ!」


 ゲルマニス公の煽りに光の速さで反応するカナリア公。 

 最上位の公爵同士が仲良しなのは、イベント主催者としても安心です。


「貴方以外に該当者がいるか? 頼むから、はしゃぎ過ぎてヘッセリンク伯に迷惑をかけないでくれよ?」


「本当に可愛げのカケラもないクソガキじゃな貴様は」


 煽る、煽られる、煽る、煽られる。

 僕は何となくこのやりとりが強めのじゃれ合いだとわかるが、一部参加者とその護衛の皆さんが本気で公爵VS公爵かと焦っていらっしゃるようなので、強制的に進行していくことにする。


「はいはい! そこまで。そこまでですお二人とも。では、事前にお渡しした書面のとおりに、浅層に向かう皆さん、中層に向かう皆さん、深層に向かう皆さんに分かれて出発していただきます」


 全員で固まって動いてもいいんだけど、それだとスリルが足りない。

 なので、班を難易度で三つに分けて我が家からの護衛は二人ずつにする。

 全員で動いた方が安全が確保できるという声ももちろんあった。

 しかし、わざわざこんな危険なイベントに参加表明した、どこかクレイジーなおじ様方だ。

ほとんどは『スリルがある方が楽しくないですか?』からの、『仕方ないな』のワンラリーで納得していただけた。

 僕の化けの皮を剥ぐとか、真価を見極めるとか、参加者の意図に考えを巡らせてたけど、案外本当にオーレナングに来てみたかっただけなのかもしれない。

 一部抵抗の激しかった方もいるが、懲罰対象なので黙殺しておいた。


「浅層にはこのフィルミーとクーデルが。中層にはオドルスキとメアリ。深層には私とジャンジャックがそれぞれ護衛として帯同いたします」


 ジャンジャックとオドルスキには流石の反応が起き、メアリとクーデルにもその美貌から声が上がる。

 比べてフィルミーへの反応は小さかったが、その代わりに特定のおじ様方からの熱い視線が注がれていた。

 先日彼に殴り倒された挙句こんな僻地に強制連行されてきたエスパール伯と、そんなフィルミーの品定めついでにイベント参加中であるセアニア男爵だ。

 

「くれぐれも言っておきますが、我が家の家来衆の指示には必ず従っていただく。従わない方は見捨てて構わないと伝えているのでそのつもりで。先ほどのゲルマニス公のお言葉ではないが、貴族の面子など魔獣には通用しない。平民に従いたくないと言うのであれば、どうぞご自由に魔獣の餌になってください」


 100%本音です。

 指示に従ってもらえさえすれば全力で護衛するけど、僕は貴族だぞ、偉いんだぞ! という態度の親父は躊躇わず見捨てろと通達済みだ。


「挑発的じゃのう、ヘッセリンクの。安心せい。流石にそこまでの阿呆は……おらんじゃろ? なあお主ら」


 カナリア公の鋭い眼光が居並ぶ参加者を貫くと、いい年した大人全員が一斉に背筋を伸ばした。

 これが年の功か。

 唯一寛いだ姿勢なのはゲルマニス公。


「カナリア公。急に威圧などしないでくれ。楽しい雰囲気が台無しだ。まあ、皆はしゃぎ過ぎないことだな。先ほど死ぬなと言ったが、馬鹿な真似をした場合はその限りではない。不幸な事故が起きないことを願っている」

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