第169話 中層 森に神はいるか? ※主人公視点外

「ふむ。メアリだったか。以前顔を合わせた時よりも、より研ぎ澄まされたように見えるが」


 ゲルマニス公爵の護衛、ダイファン殿が脅威度C、マーダーディアーの後脚を一振りで断ち斬り、バランスを崩した鹿の横腹を蹴り飛ばしながら微笑むと、


「そうかい? あんまり自覚はねえんだけど。あんたみたいな凄腕に言われるのは悪い気しねえわ」


 我が家の若手筆頭メアリも、別のマーダーディアーの首に無駄のない動きでナイフを突き込んで離脱しながら満更でもない笑顔でそう返した。

 鹿の大群に囲まれてはいるものの、二人に焦りはない。

 ダイファン殿の言うとおり、最近のメアリの成長には目を見張るものがある。

 少し前までは、速さを追い求め過ぎてどうしても軽さが目に付くことがあったが、最近は力強さも備わってきた。

 今後はバランスを考えながら鍛えていく必要があるだろう。

 

「慢心せず研鑽を積むことだ。お前の主人は敵が多そうだからな」


「多そうと言うか、実際多いんだよなあ。その結果がこの悪趣味な催しにつながったわけだし」


 お館様がフィルミーを連れて国都に赴かれたのは、イリナ嬢との婚姻を成就させるための前準備だったはず。

 それなのに、エスパール伯領への侵攻命令が出てフィルミーと入れ替わりで国都に招集され、現在はゲルマニス公爵やトルキスタ子爵、さらにはもうお一方を護衛して魔獣の森、中層に来ている。

 我ながら忙しないことだが、その原因もお館様の敵の多さに起因しているものだ。


「こんな悪趣味な催し、護衛の立場から言わせて貰えば、勘弁してくれと言わざるを得ない。信じられるか? 我が主は文が届いたその夜には早馬に返答を持たせたのだぞ?」


 速いとは思っていたが、即日早馬を飛ばしていたとは。

 

「ああ。参加表明はゲルマニス公爵がトップだったらしいぜ」


「そうだろうな」


 正直言って、私も魅力的な催しだとは到底思わないのだが、やはりこれを楽しいと思えるくらいでないと、貴族の中の貴族と呼ばれるゲルマニス公爵など務まらないのかもしれない。

 今も、話のネタにされているというのに可笑しそうに笑っていらっしゃる。


「恐ろしいものだな、ヘッセリンクの家来衆と言うのは」


「恐縮です」


 この恐ろしいは、褒め言葉だとわかる。

 もし、後ろで震えているトルキスタ子爵からこの言葉が出たなら、それは言葉の意味そのままだろう。


「鏖殺将軍と聖騎士だけでも充分だろうに、そこに闇……、凄腕の若手がいるとはな」


 流石にこの場で闇蛇という言葉を口にしない程度の分別はお持ちのようだ。

 トルキスタ子爵もメアリの出自をご存知らしいが、もうお一方はどうだかわからないからな。

 

「私達年長の者も追い付かれないよう必死です。ついつい張り切りすぎて妻や娘に叱られています。が、ダイファン殿も凄まじい」


 一太刀一太刀に一切迷いが見られない。

 それがそのまま鋭さに反映され、その斬り口は美しいとすら思えるほどだ。

 ダイファン殿の動きは、正しく、『斬る』という行為。

 比べて、私のそれは、『叩き斬る』だろう。

 一対一で勝てるかと聞かれれば、わからないと答えざるをえない。

 それほどの腕前と見た。

 

「ああ。奴は生粋の戦闘狂だからな。この比較的平和な世の中に、人を斬るための古流剣術を極めようとしている変態だ」


 なるほど、それは変態だな。

 この時代に必要とされていない技術の追求など、よほどこだわりがなければ続けられないだろう。

 人を斬ることに最適化されているはずの動きを、現在進行形で対四つ足の魔獣用に調整しながら動いているところも変態的だ。

 もしダイファン殿を人型の魔獣が巣食う深層の奥に連れて行ったら、とんでもない討伐数を残すのかもしれない。

 武人として、憧れる部分がないと言えば嘘になるが……、私はあそこまで変態的にはなれないな。

 

「なるほど。凄みの理由はそれですな。我が家の家来衆で一番気質が近いのはジャンジャック様、か」

 

「だろうな。噂では、鏖殺将軍も笑顔を浮かべながら魔獣を屠るそうじゃないか。うちのダイファンも、ほれ」


 ああ、確かに。

 ダイファン殿が心から楽しそうな顔で剣を振るっている。

 ジャンジャック様は基本的に穏やかに笑ってるいらっしゃる方だが、心からの笑みは森の深層でしか見ることができない。

 

「オーレナングでもなければ、なかなか実戦の機会もないでしょうからな」


 そんな話しをしていると、茂みの奥から突貫してきたマーダーディアーが、メアリとダイファン殿の間を抜けてきた。

 魔獣のやけくそさが不意をついた形だが、まあ、惜しい。

 私も今更マーダーディアーごときに敗れるわけにはいかないため、愛刀を横に薙ぎ、鹿の首を叩き斬る。

 

「悪いオド兄!! 抜かれた!!」


 メアリがこちらを見ずに謝罪してきた。

 ダイファン殿は軽く片手を挙げている。

 すまん、というところか。


「構わん。こちらは私と護衛の皆さんで事足りる。お前はダイファン殿に負けぬよう全力を尽くせ!」


「あいよ!」


 メアリには檄を飛ばし、ダイファン殿には軽く手を振り返しておく。

 実戦で剣を振るっていないのにこのクオリティを維持していること自体、この男の異常性を物語っている。

 敵には回したくないタイプだ。


「こんな場所に来て魔獣の討伐数で競争とは……ああ、神よ!」


 気付かなかったが、鹿の突貫に驚いたのかトルキスタ子爵が尻餅をついていた。

 護衛の男が手を取って立ち上がらせていると、ゲルマニス公爵が興を削がれたとばかりに苛立ち混じりの声を上げる。


「うるさいぞトルキスタ子爵。こんな魔獣だらけの森に神がいるものか。仮にいたとしても、とうの昔に食われた後だ。諦めて楽しめばいいだろう」


 身も蓋もないというか、なんとも酷い言いようだが、森に神がいないという意見には賛成だ。

 しかし、トルキスタ子爵はそんなゲルマニス公爵に腹を立てたように食ってかかる。


「楽しめるわけがないでしょう! こんな、こんな世にも恐ろしい場所!!」


 慣れればそこまで恐ろしい場所ではないのだが、一般的にはレプミアで最も危険な場所とされているからな。

 トルキスタ子爵の言うことも理解できる。

 しかし、そんな子爵にゲルマニス公爵の反応は冷徹だ。


「魔獣の脅威度などまやかしだと、仲良しのエスパール伯は言っていたようだが?」

 

「それは! ……エスパール伯も、本当はわかっていらっしゃるはずなのです。ですが、貴族の習いというか」


 なるほど、トルキスタ子爵自体は魔獣の脅威を理解されているのか。

 力関係で本音が言えないというのは、貴族でも平民でも変わらないのだな。

 その嫉妬にお館様を巻き込まむのはやめていただきたいが、なんともはや。


「それでレプミアの最も危険な場所に連れて行かれては世話ないだろう。流石にエスパール伯を意図的に亡き者にしようとはしないと思うが……なんせ狂人殿だからな」


「そんな、まさか」


 目に見えて狼狽えるトルキスタ子爵。

 その反応からはエスパール伯の身を案じている様子が窺えるが、ゲルマニス公は唇の端を吊り上げて更に言う。


「カナリア公が目を光らせてくださっているから最悪の結果にはならないだろう。あのジジイが楽しみすぎていなければ、な」

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