第165話 イベント開催

「意外に集まるものだな。物好きなことだ」


「嬉々として案内状ばら撒いたのどこの誰だよ。普段あんだけ手紙書くの嫌がるくせに」


 王命により、エスパール伯がヘッセリンク伯爵家の本拠地、オーレナングにやってくることが決まった。

 ヘッセリンク伯爵家への疑念を払拭するため、魔獣の脅威をその身をもって体験させるという体験型の懲罰だ。

 立会人として、近衛や文官の皆さんも一緒に森に入るらしい。

 まあ、脅威度Cあたりの魔獣の前に無手で放り出せば大体わかってくれるとは思う。

 そうすれば、いかに我が家を敵視しているとは言っても、頭を下げるくらいはしてくれるはずだ。

 

 が、しかし。

 それだけだとなんとなくつまらないなあと感じた僕は、いっそこの懲罰をイベント化してしまおうと思いついた。

 題して、『ヘッセリンクと行く! オーレナングの森ツアー』。


【もっと引っ掛かりになるフックが欲しいですね。やり直しです】


 うるさいよ、上司か君は。

 まあ、実態は『ブートキャンプin魔獣の森』だ。

 僕達ヘッセリンク家と、様々な魔獣の皆さんが、訪れるお客様に素敵な時間を提供させていただく。


「確実に楽しいことが起きる未来が待っているからな。それは筆もノるだろう」


「そうかよ。しっかしまあ。兄貴の言うとおり、貴族ってのは物好きだよなあ。何が楽しくてあんな命の危険しかないような場所に行きたいのかね」


 オーレナングに戻った僕は、手当たり次第に思いつく貴族家に手紙をばら撒いた。

 内容はシンプルに、森に行きませんか? だ。

 参加費、宿泊費無料(交通費はお客様負担。日程によっては野営の可能性あり)、さらにはマハダビキアの料理付き。

 必要な持ち物は、恐れない心と命を懸ける勇気だけ。

 そんなふざけた招待状にも関わらず、複数の家から参加希望の返答が届いて嬉しいやら呆れるやら。


「怖いもの見たさか、我が家に懐疑的な見方をしていて化けの皮を剥いでやろうと考えているか。どちらにしても、森の真実を実感してもらういい機会になるだろう」


 地位の高い家も参加を表明してくれているし、その人達の口から魔獣の恐ろしさが伝わることを期待したい。


「それにしてもさ。王様も、まさか兄貴が条件つけてくるとは思わなかっただろうな」


「本当にいいのでしょうか……」


 含み笑いのメアリに対して、浮かない顔なのはフィルミー。

 エスパール伯殴打事件の実行犯である彼は、僕の指示を受けてちゃんと謹慎している。

 事件のことを聞いたイリナは怒るでも悲しむでもなく、貴方は私の誇りですと笑ったそうだ。

 いい話。

 そんなフィルミーがなぜ浮かない顔なのか。


「よっ! 騎士爵様!」


 正式にお貴族様になることが決まったからだろう。


「やめてくれ、みんなにそう呼ばれるたびに胃が痛む」


 平民から貴族にランクアップとか、泣いて喜んでもいいんだよ?

 まあ、胃痛の原因は、結果というよりその手段か。


「いや、言ってみるものだな。まさかこんなにすんなり裁可が下りるとは思わなかった。王城側も意外に柔軟だ」


 エスパールさんのことはわかったので、とりあえずうちの家来衆を貴族にしてもらえませんか? と馬鹿なフリしてお願いしてみたら、即決と言っていい速さでOKが出た。


「よく言うわ。エスパール伯領を人質にとって脅したくせに」


「脅したとは人聞きの悪い。交渉と言ってもらいたいものだな」


「言うこと聞いてほしければこっちの頼みも聞け。断るなら考えがあるぞ! ってのが交渉かねえ?」


 そんな態度をとった覚えはない。

 あくまでも丁寧に、下からお願いしたつもりだ。

 周りからどう見えていたかは、知らない。


「その考えを言語化すると、王命を無視してでもエスパール伯領に攻め込む、ですから。普通なら叱責されて立場を悪くする悪手でしかないのですが……。王城側も、伯爵様なら本当にやりかねないと焦ったのでしょう」

 

 エリクス、正しく言語化するのはやめろ。

 しかし、謝罪もされない、こちらから攻め込むのもダメでは、貴族としての面子が丸潰れだとねじ込んだのが良かったのかもしれない。

 

「ジャンジャック達を国都に呼んでいたのも効いたようだ。なんせ僕は、似たようなシチュエーションでアルテミトス侯爵領にも乗り込んでいるからな」


「あったなそんなこと。既に懐かしいわ」


 あの時はエイミーちゃんとの結婚のため。

 今回はフィルミーとイリナの結婚絡み。

 つまり愛ゆえに、他領に侵攻しているわけだ。


「ああ、フィルミーさんが転籍されるきっかけになった事件ですね。実績があるならなおさら、譲らざるを得なかったのかもしれませんね」


 立場が上の侯爵領に乗り込んだんだから、同格の伯爵領に攻め込まないわけがない。

 そう判断してフィルミーの件を飲んでくれたんだろう。

 

「ま、今回はフィルミーの兄ちゃんにも真っ当な実績があるんだし、胸張ればいいんじゃね?」


 元々なにも功のない人間を貴族にしようと企てたわけじゃなく、フィルミーは先の氾濫収束の立役者でドラゴンスレイヤーだ。

 ヘッセリンクの家来衆かつジャンジャックの弟子というマイナスポイントがあったとしても、騎士爵位なら手が届くと見ていた。


「そのとおりだ。恐らくだが、普通に申請しても認められたと思うぞ? それが早まっただけさ」


「周りからの評判は天地の差です」


「気にすんなって。ヘッセリンクの家来衆になった時点で、好意的な評価なんか期待できないぜ?」


 

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