第164話 王城からの使者

「それで?」


 明るくお軽い伯爵様を自認する僕だけど、現在不機嫌の極みにある。

 原因は、目の前で背筋を伸ばして僕を見据える……、見据えながらも震えているヒョロヒョロした男の発した言葉だ。

 エイミーちゃんと過ごせるし、料理人の皆さんの頑張りでご飯も美味しいし、オドルスキにしごかれてボロボロでヘロヘロなのに毎日通ってくるアヤセには感動を覚えるしで、謹慎中とはいえ充実した毎日を過ごしていたのに。

 思わず威圧的な物言いになってしまうのは仕方ない。


「いや、その。エスパール伯は、絶対に謝罪をしないと、言い張っておられまして。どうも、先日公衆の面前でヘッセリンク伯のご家来衆に殴り倒されたことをだいぶ根に持っていらっしゃるようで」


 あのちょび髭親父。

 譲りに譲って提示した家来衆とパパンへの謝罪を断るんだってさー!!

 ヘッセリンク伯爵家も舐められたものだ。

 よろしい。

 

「なるほど。やむを得ないな。ああ、時に使者殿。貴殿はレプミアの歴史には詳しい方かな?」


「歴史で、ございますか? 職業柄、一通りの歴史は抑えているつもりですが……」


 色白でヒョロヒョロしてるけど、この伝言を任されるくらいだから相応の役職に就いた役人さんなんだろう。

 そんな貴方に教えてほしい。


「それは素晴らしい! では聞くが。レプミアで、貴族同士が最後に武力衝突したのはいつ、どこで、どの家だっただろうか」


「ぶ、武力衝突!? それを聞いてどうなさるおつもりか!!」


 どうなさるおつもりか?

 エスパールさんとこの土地を整地しに行くんだよ。

 言わせるな恥ずかしい。


「いや。我が家の家来衆が言うには、前例があればそれは合法らしいからな。私達がエスパール伯領を更地にするにあたり、前例があるか知りたいのだ。出来れば公爵家同士がぶつかってくれていたりするとありがたい」


 カナリア公のところとか、どこかと喧嘩してませんかねえ?

 うちより地位が高いとこ同士でどんぱちやっててくれれば最高なんだけど。

 男爵対男爵とかだと、お前ら伯爵だろう! って言われそうだし。


「そんな、そんな極論!」


「はっはっは! 極論というよりどう考えても暴論だな」


 もちろんこの役人さんに罪がないことはわかってるので、ここからは持ち前の明るいトーンでお送りしたい。


「まあ、和解の条件を蹴り飛ばされたのであれば仕方ない。粛々と事を進めるだけだ。メアリ」


「御前に」


 メアリが音もなく僕の前に進み出て頭を下げる。

 今日も白シャツに赤いネクタイ、濃緑のベストを素敵に着こなす美執事っぷりだ。

 いいね、狂人の下に使える美しい少年執事。

 

「ハメスロットとエリクスに文を書くよう指示を出す。内容は、エスパール伯領に別荘をお持ちの貴族家の皆様宛だ。皆様が所有される土地が『少し』荒れますがご了承ください、くらいでいいだろう」


 あー、ゲルマニス公もエスパール伯領に別荘持ってるって言ってたな。

 あの層には僕から直接お手紙しておいた方がいいか。


「では、そのように」


「クーデル。待機している二人に伝えろ。仕事の時間だとな」


 メアリが下がると同時に、こちらも濃緑色のメイド服に身を包んだクーデルが進み出る。

 メアリが美執事ならこちらは美メイド。

 テンション高い時には綺麗! お人形さんみたい! と称賛されるだろうけど、今みたいにトーンが低い場では、その美貌が恐怖を煽るのに一役買うな。

 二人とも余計なアクションを起こさないのが、また怖い。

 

「行ってまいります」


「お待ちください! どうか私の話を最後までお聞きください!!」


 二人に見惚れていたのか、口半開きのまま突っ立っていた役人さんがようやく我に帰ったようだ。

 だけど、僕の中で方針は決まった。

 

「使者殿には悪いがそれ以上聞いても不快な気分が増しそうなのでな。ご苦労だった。これは面白くもない報告に足を運んでいただいた駄賃だ。狂人の檻を訪ねてきてくれた勇気ある使者殿の顔は覚えておこう」


 八つ当たり的に威圧した謝罪も込めて多目に握らせておこう。

 賄賂?

 いやいや。

 ハメスロット曰く、これ、貴族としての嗜みらしいから。

 しかし、流石はお堅い王城の役人さん。

 握らせた小袋をやんわり押し返すと、震えながらもしっかりと僕の目を見ながら頭を下げてきた。


「では、その私の勇気に免じてもう少し話を聞いていただくと言うのはいかがでしょう」


「素晴らしい精神力ね。王城勤務の文官ともなると肝が据わっているわ」


「ま、明日の朝には髪の毛白くなっててもおかしくねえけどな」


 我が家に来るのがそんなにストレスかい?

 ストレスだわな、ごめんよ。

 勇気ある役人さんのお名前は?

 トミーさんね?

 OK覚えた。


「よろしい。そこまで言うなら話を聞こうじゃないか。おおよそ、宰相閣下あたりからの伝言なのだろうが」


「いいえ。陛下からのお言葉です」


「それを早く言わないか。陛下のお言葉を無視など首が飛ぶわ!」


 おいおい、勘弁してくれよ!

 首が飛ぶ(物理)が実現するところだったわ!

 ちょび髭親父の回答とかいいからそっちから教えなさいよ!


「聞かなかったのあんただろうよ。すまねえな使者さん。知ってるとおり、うちの大将はお狂いあそばしてるからさ。話し、どうぞ」


 僕があまりにも理不尽だったからか、やむを得ずメアリがそう突っ込んだ。

 いや、まあそうなんだけど。

 熱くなる場面だったんだから仕方ないじゃないか。


「は、はあ。まあ、はい。では、陛下のお言葉をお伝えします。先に申し上げますが、これは、エスパール伯にも伝えられております」


「承った」


 王様から僕とエスパール伯へのお達しね。

 さあ、どんとこい!


「ヘッセリンク伯におかれましては、エスパール伯の回答如何に関わらず、伯爵ご本人、ご家来衆のいずれもエスパール伯領への侵攻を禁ずるとのことです」


「それは」


「また!!」


 それはない!

 王様の言葉だけど、反射的にそう声を上げそうになった僕の声をかき消すトミー氏。

 大人しく話聞け! と言われたようで思わず言葉を切ってしまった。

 本当に流石だよ王城のお役人様は。

 あ、でもまた震え始めた。

 威圧して本当に申し訳ない。


「また、エスパール伯におかれましては、謝罪をするしないに関わらず、速やかにオーレナングの森に向かい、自ら魔獣の脅威度について確認を行うこととされています」


 

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