第163話 常識的判断

 我が家を敵視しているエスパール伯の息子を雇い入れる、か。

 響きだけならとても面白そうだし、確実に面白いことになるだろうなあとは思うけど、やんせ謹慎中だ。

 フィルミーとイリナのこともある。

 ここで求められるのは理性的な判断。


「どうやら聞けない方の願いだったようだな。いかに僕が普通じゃないと言っても、次期エスパール伯爵を文官として雇用できないだろう」


 僕の友人、ロンフレンド男爵家のブレイブがクリスウッド公爵家に勤めてたり、セアニア男爵家の娘であるイリナが我が家でメイドさんをしてたりするのは、彼らが家を継ぐ立場にないから。

 そこと比べて、ダイゼはバリバリの貴族家嫡男。

 しかも、十貴院に名を連ねる大貴族、エスパール伯爵家の後継だ。

 それが他所の家で働きたいですと言われてもほいほいOKは出せないよね。


「やはり、ダメですか……」


 ガックリと肩を落とすダイゼ。

 その姿を見たアヤセが励ますように友人の背中を叩いた。


「当たり前だ。それを受け入れていただけるのなら私がオーレナングに向かうに決まっている」


 その励まし方で合ってる?

 二代後の侯爵様も当然雇えないよ?


「興味本位で申し訳ないのだが、参考までになぜオーレナングに来たいと思ったのか聞いてもいいかな?」


「理由は様々ですが、やはり今回の父の行動と発言でしょうか。なぜオーレナングの魔獣に対してあれほど楽観的でいられるのか。理解に苦しみます」


 あの場にいた武官や文官の方々を問い詰めて何があったか聞き出したらしい。

 あまりの内容に愕然としたそうだ。


「なので、次期エスパール伯爵たる私がオーレナングに常駐させていただき、父に魔獣の事実を伝えたい。護国卿というお役目が、どれだけ命を懸けたものなのか。それを理解してもらいたいのです」


 ヘッセリンクさんとこで働きたいのに理由なんてないっす! とかいうアホな理由じゃなかったのでひとまず安心だ。

 どうやらダイゼ君は真っ当な、心ある若者なようです。


「なるほど。気持ちはわかった。が、結論は変わらない。もし今回の件でダイゼ殿にできる事があるとすれば、何もしないことだ」


 優しい表現だとそうなる。

 言い方を変えると、『マジで余計なことしてくれるなよ!? ヘッセリンクさんとの約束だ!』である。

 同世代とは言っても、真っ直ぐさが暴走しそうで心配だ。


「力がないことがこんなに歯痒いとは思いませんでした」


「まあ、僕もダイゼ殿もまだ若い。いずれ貴殿がエスパール伯爵を継がれた暁には、共に手を取り合って王太子を盛り立てて行こうではないか」


 悔しそうに項垂れるダイゼの肩に手を置き優しい言葉を掛けると、弱々しくはあるが笑顔で頷いてくれた。

 このくらいのファンサービスは構わないだろう。


「承知いたしました。本日は急な訪問にも関わらずお時間を割いていただきありがとうございました」


 硬く握手をして、アヤセにも声をかけておく。

 なんたってやばい集団のトップはこの子だ。

 暴走してくれるなよ?


「従弟殿もご苦労。次の機会には皆で酒でも飲むとしようか」


「あっはっは! ぜひそうしましょう! では、これにて」


 とりあえず、ややこしいことにならなくてよかった。

 二人が屋敷を出たのを確認したところで、メアリが肩をすくめて見せる。


「よかったのかよ。エスパールの息子なんて、取り込んでおくに越したことはねえだろ?」


「根は真面目そうだし、我が家にも好意的なのは間違いなさそうだが、無理だな。どう扱っても周りから見れば人質にしか見えないだろう」


 取り込むという意味では、既にヘッセリンク派と名乗る集団のNo.2にいるのなら取り込み済みと言っても過言じゃないだろう。

 そのうえで手元に置いておこうなんていうのは、ヘッセリンクがエスパールの息子を人質にとったと騒がれかねない。

 その程度には家として好かれていない自覚がある。

 

「いいじゃねえか、人質。エスパールのおっさんに無駄に絡まれなくなる、ダイゼは憧れの兄貴のとこで働ける、我が家は人手不足解消。いい事しかねえよ」


 後ろ指差される覚悟でやれば確かにメリットしかないだろう。

 ただ、僕としてはそのメリットを捨ててでも、新規狂人ポイントの獲得を阻止したい気持ちがある。


「評判を落としてでも彼を雇う何かがあるなら考えるが、今の段階では思いつかないな」


 ダイゼのことをよく知らないしね。

 文官希望ってことは書類仕事とか、裏方の仕事が得意なのかな?

 腕っ節一本の脳筋ではない、と。

 エスパールの将来は明るいな。

 そして、そんな彼が次期伯爵様なことは我が家にとっても明るい材料だ。

 今はそれでよしとしよう。


「うちみたいなやべえ噂しかない家で積極的に働きたいなんていう変わり種、抑えておいた方がいいと思うんだけどねえ」


 おう、やべえ噂しかないなんて言うな。

 その噂、大半が嘘みたいな本当なんだから。


「もしそうなった時、お前達は構わないのか? エスパールの縁者を引き入れても」


 僕もエスパールさんは好きじゃないが、今回の件で特に元闇蛇の家来衆はあのおじさんに嫌悪感が増していることだろう。

 その息子が同僚になるのはいいのかい?


「別に? 親父がうちを嫌ってるってだけであいつ自体は兄貴ファンクラブの構成員だろ?」


 なんだその新しい組織名。

 全くときめかないんだけど。


「兄貴ファンクラブ……。キャッ」


 若干、ときめいてる人がいますが放っておきましょうね。


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